第92話 メイドは片想いは嫌である
「ご馳走様でした! いやー、夕食も美味しかったよ、雲雀。一緒に片付けるな」
「ありがとうございます」
テーブルの上に並んでいた皿やグラスを、私と雄二様は並んで片付けていく。
「今日の唐揚げまじで美味かった!」
「気に入っていただけて良かったです。日を空けてまた同じ物を作っても良いですが、今度はチキン南蛮はどうでしょうか?」
「さ、最高だ!!」
こうして会話も交わす。
ありふれた夕食後のひととき。
けれど私にとっては……少し切なくなる時間でもある。
――ああ、もう今日が終わってしまう。
『先ほどのワガママは流石に困りますよね。雄二様が学校を休むのは諦めます。ですが……今日は早く帰ってきてくれると嬉しいです』
私のワガママから始まり、その言葉を受け入れた雄二様が早く帰ってきてくれた。
だから今日は2人っきりの時間を過ごせて……。
そんな特別な時間がもう終わろうとしている。
明日には、雄二様はまた学園に行ってしまって、私はこの家に1人っきり……。
学園が終わった後だって、雄二様は友達との時間があるかもしれない。
恋というのは、難しい。
「好き」の2文字を正面から伝える勇気はまだないのに……。
もっとずっと隣にいたい。
他の人よりも、私のことを1番に見てほしい。
私だけを特別扱いしてほしい。
そんなワガママな気持ちばかりはどんどん募っていく。
雄二様は鈍感である。
でもそれ以上に……私はワガママで臆病である。
もし気持ちを伝えて、この関係が壊れてしまったら……そう考えると怖くてたまらない。
メイドとしてであっても、雄二様の隣にいられるのなら……。
でもこのままの関係で、誰かに先を越されるのは……嫌だ。
そんな考えの繰り返し。
「ふぅ……」
少し落ち着くためにも、窓の外に目をやると……雨粒がぽつぽつと落ち始めていた。
「お、雨? 今日は雨の予報なんてあったかなぁー」
雄二様も気づいたようで、次にリモコンに手を伸ばしてテレビをつけようとした……その時だった。
空が一瞬、白く光だったと思えば、大きな雷鳴が響いた。
「うおっ!?」
「っ!」
思わず肩が跳ねる。
……昔から、雷はあまり得意ではない。
得意ではないのに、表情には出ないからずっと1人でやり過ごしてきた。
そうだったから、今でも苦手意識が消えないのだろう。
天気予報を見れば、これから朝方まで激しい雨風が続くとのこと。
雷がいつまで続くかは……分からないか。
またゴロゴロと雷が鳴る。今度のは遠くで落ちたのか、音は小さめ……。
けれど、怖いのは変わらない。
耳栓でもした方が良いだろうか……?
1人でどうにかしようと考えていた時だった。
「雲雀……もしかして、雷苦手か?」
「え……」
雄二様がじっと私を見つめて、そう問いかけてきた。
「いや、なんか顔が強張った気がしてな。まあ、雷好きって人もそういないだろうけど」
「……」
確かに、雷は怖い。
けれど、それ以上に……気づいてもらえたことが、嬉しかった。
その「嬉しい」という気持ちは、ただの安心じゃなくて……好きな人が気づいてくれたからこそ、より……。
「はい、私は雷は苦手です」
「そっか、苦手なのか。……って、言っても、俺が雷を止められるわけじゃないしなぁ。俺にできることって言えば、《《雲雀の傍にいること》》ぐらいだし……」
「っ!」
雄二様は顎に指を当て、う〜んと考え込む。
心配してくださっている。
それだけで十分なはずなのに……。
私はその言葉に、自分のもっと傍にいたいという思いを重ねてしまって……《《ある事》》を望んでしまった。
「……あの、雄二様」
気づけば、口が動いていた。
言ってはいけないのかもしれない。
言ったら、メイドとしての立場が守れなくなるかもしれない。
けれど、やはり私は……雄二様に異性として意識してもらいたいから。
また、雷鳴が轟き、ビクッとしてしまう。
でも私は今日から、1人でどうにかしようとしない。
苦手なはずの雷が……臆病な私の背中を押した。
「今日は……一緒に寝てもらえませんか?」
何よりも、片想いで終わってしまうことは嫌であるから。




