第91話 悪役とメイドの関係は
俺の「親父」という呟きを否定せず、目の前の強面の男が次に言ったのは……。
『雄二。お前……女遊びは相変わらずか?』
そう言われた瞬間、ゾワリと鳥肌。
結斗、まひろ、りいな――この世界のメインキャラたちと出会う前に……俺は、悪役の笠島雄二に転生した。
本来なら破滅ルート一直線だったけれど、なんとか今は回避できている。
幸いなことに、出会う前だったから。
悪役をしていた頃とは言動が違うからだ。
しかし、親という存在は違う。
生まれた頃から一緒。
過去も、失敗も、悪いところも……今までの過程全て見てきている。
言い訳など通じない相手。
それが悪役ならなおさらだ。
つまり今の状況、かなりヤバい。
もし親父の目に、俺が「昔と変わらない、女遊びばかりの息子」に映っているのだとしたら……。
何より、隣にいる雲雀の立場まで誤解されてしまう。
俺は、そんなの嫌だ。
それに今日は……。
『先ほどのワガママは流石に困りますよね。雄二様が学校を休むのは諦めます。ですが……今日は早く帰ってきてくれると嬉しいです』
より、特別な日だから。
俺が口を開こうとした、その時だった。
「今の雄二様は、そのようなことはなさいません」
静かな声で割って入ったのは……雲雀だった。
親父の鋭い視線が、すっと雲雀へ向く。
「ほう。俺は雄二に問いかけたつもりだが……君が答えるのか?」
「はい。お傍にいる私が答えた方が良いかと思いまして」
雲雀は一歩も引かず、凛とした態度でそう返した。
「もう1度、申し上げます。雄二様はもう、そのような振る舞いはなさっていません。家では家事を手伝われ、学校では真面目に学び、友人との関係も円滑に築いておられます」
「ほう……君の言葉を信じろと言うのか?」
「では、言葉を付け加えましょう。これはメイドとしてではなく、一個人としての視点からです。そして……」
雲雀はひと呼吸置いてから。
「私は、雄二様と出会って、初めて……素直になれました。だからこそ、貴方が雄二様をそのように決めつけるのが……どうしても許せません」
「……ほう」
「雲雀……」
俺は思わず、雲雀を見つめてしまう。
普段のクールな顔も、怒りを含んでいるような気もした。
って……見つめている場合じゃない!
雲雀にこのまま庇われてどうする。
これは俺の問題だ。
「親父」
はっきりとした口調で言えば、親父がこっちを見る。
「俺は女遊びなんてしてない。でも……今まで迷惑かけてごめん!!」
そう言って俺は……深く、深く頭を下げた。
ゲーム内の悪役、笠島雄二はそりゃもうやりたい放題だった。
だからこその、あのバッドエンドだ。
ゲーム内はそれで終わり。
だが、それが現実になった今。
見方も変わる。
雄二は、親に迷惑を掛けていたのだろう。
過去の雄二が何をしてきたかは関係ない……はずだった。
でも、これから俺が笠島雄二として生きるなら、その責任は引き受けるべきだと……そう思った。
「ふっ、何を今更……」
親父が鼻を鳴らした次の瞬間――がしっと俺の頭を掴んできた。
「雄二様っ」
雲雀の焦った声が聞こえる。
でも俺は、雲雀に向かって片手を軽く上げて「大丈夫」とアピール。
雲雀を巻き込むわけにはいかない。
何よりも……。
「俺のことはどうにでもしていい。けど……雲雀にだけは、絶対に手を出さないでくれ」
冷静に言ったつもりだったが……出た声は思ったより低くなっていた。
「そうか。なら、俺が頭を上げろというまでそのままにしていろ」
「……。分かった」
俺は、深く頷く。
「質問に答えろ、雄二。お前の目の前にいるのは誰だ?」
「父親、だけど……」
「そうだ。俺はお前の父親だ。そして、俺にとってお前は子供だ」
「だからな」という言葉ととも、親父の手には力が入り……。
「子供が迷惑かけるのは……親だけでいい。だから、気にするな」
「っ!」
そう言いながら、親父は俺の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でた。
予想外すぎて、唖然とする。
てっきり……殴られるかと思っていた。
「顔を上げろ」と言われ、ゆっくりと顔を上げると……強面の親父の口元がほんの少しだけ上がっていて。
「お前が変わったことは知っている。ここに来る前に学校に問い合わせたしな」
「えっ……」
「俺が一部の情報や噂を鵜呑みすると思ったか? ちゃんと確認はする。自分の子供の心配をするのも親の役目だからな。担任教師から話は聞いている。最初こそ、その見た目と悪い噂でクラスから浮いていたが……今じゃ、いい意味で一目置かれている存在だそうだな」
そ、そうなんだ。
クラスメイトたちには声を掛けられ始めたと思っていたけど……。
そっか。
クラスメイトたちに声を掛けられたのは、ただの気まぐれじゃなかったんだな。
「いいことだな。それに、母さんが亡くなってからこうして、お前と面と向かって話すのも、久しぶりだな」
親父の声には、少しだけ柔らかさが混じっていた。
というか、母さんが亡くなってからって……。
ゲームでの笠島雄二の家庭内の事情はあまり明かされていなかった。
だって、所詮はメインキャラを引き立たせる悪役なのだから。
だけど、今のその言葉だけで……なんで雄二がああなったのか、いろんな憶測ができた。
雄二、お前……母親がいなくなった寂しさを埋めるために……。
「君も、すまなかった。言い方が少し強すぎた。……万が一、雄二に言わされている可能性も考慮してのことだった」
親父は雲雀の方を向いてそう言った。
雲雀は少し目を見開いたが、すぐに冷静な顔に戻った。
というか、この人……見た目で勘違いされる系だ。
強面で、その威圧感と物言いで「怖い人」って思われがちだけど……話してみれば筋は通ってる。
思えば、あの言葉だって……。
『雄二。お前……《《女遊びは相変わらずか?》》』
女遊びは相変わらずか? っていう問いかけ……決めつけではなかったな。
親父は、陰ながら慕われているんだろうな。
じゃないと、事業を成功させる金持ちにはならないか。
「さて……俺が雄二に会いに来たのは、実際にどれだけ変わったか、自分の目で確かめるためだった。……で、今のやり取りで十分分かった」
親父は、ふっと息を吐きながらそう言ってから、ちらりと雲雀を見やった。
そして、また俺に視線を戻して何か言うのかと思えば……。
「邪魔したみたいだな。帰る」
「かえ……えっ、それだけ!?」
本当に俺の様子を見るためにわざわざ来たってこと?
「アホか。お前には今からやるべきことがあるだろ」
そう言って、親父はくるりと背を向けた。
……本当に帰る気、満々だ。
けれど、出口に向かう途中でふと足を止めると……振り返って俺の方を見て。
「雄二。女遊びを辞めたとはいいが……女は泣かせるなよ?」
「あ、ああ」
親父の言葉に頷く俺。
けれど女を泣かせるなって……一体、どういう意味なんだ?
◆◆
部屋に戻ってきた俺と雲雀。
お互いに肩の力を抜いてどこかほっとした様子でいた。
「雲雀、ありがとうな。最初は親父にあんなこと言われたけど……真っ先に雲雀が否定してくれて嬉しかった」
俺の言葉に雲雀は1つ頷き……。
「それにしても、雄二様は女遊びはもうされないのですね?」
「あ、当たり前だろっ」
そんなことをしたら、バッドエンドになるし……。
つか、今の俺じゃそんな度胸ないし。
「では、私とこうやって過ごすのはどういう意味合いになるのでしょうか?」
「え……」
雲雀の瞳が、まっすぐに俺を見ていた。
確かに、俺と雲雀は2人で過ごすことが多い。
でもそれは友達と遊ぶとはなんだか違くて。
悪役とメイドとしても……最近はそうじゃないと思っていて。
けれど、その違うのが何なのか……言葉にすることはできなかった。
だけれど。
「雲雀と過ごす時間は楽しいし、特別だ。それだけは、確かに言える」
ようやくの一言を口にすると、雲雀が一歩、俺に近づいた。
「では、私も今、言える言葉を」
「お、おう?」
なんか……妙にドキドキしてきたんだけど。
「私は、雄二様と過ごす時間が……好き、ですよ」
「そうか。ありがとうな」
微笑んでそう返せば……雲雀はまた頷く。
何気ない会話だと思っていた。
それにしては……。
「……」
雲雀の頬がほんのりと、赤くなっていたのが気になったのだった。
大変お待たせいたしました。
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