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第90話 メイドは遊びじゃない

「はい、こちら確かに。当マンションにお住まいの方限定のプレミアムカードでございますね。おひとり持っていれば、お連れの方も大丈夫ですので。それでは、サウナルームはご自由にお使いください。……くれぐれも常識の範囲内のご利用を?」


 受付の女性が満面の笑みでカードを返してきた。


 最後はやけに語尾強めだったな。


 俺の手元には、部屋のカードキーとは別に、黒くて高級感のある1枚のカードがあった。


 このカードさえあれば、マンションに併設されているサウナも温泉もジムもバーもカラオケボックスも――つまり、ありとあらゆる施設が使い放題というわけだ。


 雲雀と一緒に施設の方へ向かいつつ、俺は黒いカードを眺めて未だに驚いていた。


「俺が住んでいるマンションって凄いんだな……」


 高級マンションに住んでるってだけで、こんな特典がついてくるとは……。

 いや、高級マンションだからこそか。

 感覚がバグってきそうだ。

 

 改めて、笠島雄二が金持ちのボンボンだということを実感する。

 まあ実際に凄いのは、雄二の親なんだけどな。

 まだ会ったことないんだよなぁー。


 それに、ここはエロゲの世界。

 変にサービス満点なのも、作った人の願望ってやつなのかもなー。


「雲雀がサウナと言った時は遠出すると思っていたが……。まさかこんなに身近にあって、しかも使い放題とは……」

「雄二様、今まで知らなかったのですか?」

「ま、まあな……」


 ある日突然、悪役転生していた訳だし。

 施設使い放題みたいな娯楽をしている場合じゃなかったし。


 元の笠島雄二なら当然知っていたし、すでに何度も施設を利用していただろう。

 

 それこそ、女遊びの場に利用していたに違いない。

 

 その女遊びのターゲットを美人姉妹にしたことで……あの馬乗りされて体力がなくなるまでボコボコにされるバッドエンドになった、と。

 

 あの場面を思い出すだけで恐ろしいよなぁ……。

  

 バッドエンド回避のために迂闊なことはしないし、何より女遊びなんてしない。

 

 悪役行為をしない俺は、ただの強面男子。


 見た目から勘違いされてモテないだろう。

 

 だけどもし、俺のことを見た目で判断せず。

 一緒にいて楽しいって理由で、好きになっていてくれた人がいたのなら――


 いや、変なことを考えるのはやめよう。


 今は雲雀との時間を楽しまないとな!

 

 施設に到着。

 男性用と女性用の入り口がある。


「雄二様。こちらは女性用の更衣室がある方ですから」

「ああ、そうだな」

「だからって入らないでくださいね?」

「入らないわっ」

「今の時間帯はまだ人は少ないと思いますが?」

「覗いて欲しいのっ!?」

「そんなこと一言も言っていませんが」

「言わせたんでしょうが!」


 なんかこのやり取りも慣れたものだな。


「じゃあ後でな、雲雀」

「はい、雄二様」


 雲雀と一旦別れて、更衣室で着替える。

 

 このサウナルームは水着着用が原則とか。


「と言っても、男は着替えが楽だよなー」


 ババっと脱いで一枚履くだけ。

 

 灰色ベースの上に、可愛らしいサメのイラストが描かれたハーフパンツに着替えた。


 これは夏休み中に雲雀と選んだやつだ。

 プール以外にも使い道ができて嬉しい。


「さて、俺の方が早いだろうし先に中に入っておくか」


 サウナルームに足を進める。

 扉を開いた瞬間、全身を包むむわぁっとした熱気。


「おお……これぞ、サウナだよなー。サウナとか久しぶりだなぁー」


 ここは家族や団体で貸し切りできるタイプの個室サウナで、そこまで広くはないけど2人なら余裕でくつろげる。


「って、サウナだけじゃないよな。あとは……」


『雄二様は私の水着姿、見たいのですか?』


 雲雀の言葉を思い出す。


 まさか、雲雀の方からそんなことを言ってくるとは……。

 

 それも、揶揄いを含んだものではなくて。

 やけに真剣な声色だった。


 水着なら来年は一緒にプールや海に行くからその時でもと思ったものの……。

 ここは余計な口出しはせず。


 まあ、雲雀がやりたいことなら優先するんだけどな。


「雄二様。水着の感想を教えてください」

「そうだよな。水着の感想も言わないとなぁ……。って、うおっ!?」


 後ろから声がしてそちらを向けば、雲雀がいた。


 静かに。でもじーっと俺を見つめている。

 

 サウナにいるので、雲雀の格好は当然、水着になっているわけで……。


「似合っている、可愛い以外でお願いしますね」

「とんでもない先手だな」


 とはいえ、ありきたりな言葉だけじゃダメだよなとは思っていた。


 なので、ちゃんと雲雀の水着姿を見て感想を言うことにしよう!


 艶やかな黒髪のショートヘアはサウナの熱気により、少し湿気を含んでおり、しっとりとしている。

 

 そして……水着。


 雲雀の水着は、シンプルな黒の三角ビキニタイプ。

 雲雀の透き通るように白い肌と美脚にすごく合っている。

 

 見慣れたはずの雲雀が、まるで別人のように感じる。


 加えて、サウナの熱気で身体が汗ばんで、その水着も湿ってきてやけに艶かしく……。


 いやいやいやいや!

 これはよく見ちゃいけないやつ!!

 

 俺は慌てて視線を上へとズラす。

 それこそ、天井を睨みつける勢いで。


 早まった鼓動をなんとか落ち着かせて……。


「何故、私から目を逸らすのですか?」

「っ!?」


 その言葉に思わず、雲雀を見てしまう。


「雄二様は、私の水着姿を褒めてくれないのですか?」

「いやぁ、褒めたいのは山々だが……」


 いつもと同じ2人っきり。

 いつもと同じで悪役とメイドの関係。

 

 なのに……平常心にはなれない。


「では、私と2人っきりで……ドキドキしてくださいますか?」

「っ、そりゃ、まあ……ドキドキするに決まっているだろうっ」

「私にドキドキしてくれるんですね」

「ま、まあ……雲雀は普段から綺麗で……。今は水着になっていてそれが凄く似合って……はダメだったか。と、とにかく! 俺は今の雲雀の水着姿を見てドキドキしている。そのぐらい雲雀の水着姿は良いってことだなっ」


 早口になってしまいちゃんと感想になっているかは分からないが……。

 似合っていると可愛いを封印されたら結構難しくないかっ。


「私も同じです」

「え?」

「私も……雄二様にドキドキしていますよ」

「お、おう。そうか」


 雲雀も……ドキドキしているのか。

 まあ、サウナで男と2人っきりだもんな。

 緊張もするか。


「……。勘違いされていそうですね」

「え?」

「いえ。水着のお披露目も終わりましたし、後はサウナで汗を流しましょうか」

「そ、そうだなっ」

 

 俺と雲雀は肩を並べて、汗をかく。

 

 しっかし……雲雀とサウナに入る日が来るとは。

 なんというか、考え深いものだ。


 最初の頃は、ご飯も一緒に食べていなかったし、交わす会話も最低限のもの。


 その頃のことを思い返すと、今この状況が嘘みたいで。


 ……けれど、嘘じゃない。


 少しずつ、少しずつ……俺と雲雀は変わってきた。


 俺は、前ほど周りに見た目で勘違いされることも減ってきたしな。


 雲雀も、最初こそは真顔で何考えてるかさっぱりだったけど。

 最近じゃ、言葉とか表情に柔らかさが出てきた気がする。


 前よりずっと話しやすいし、距離も縮まったっていうか。

 一緒にいて、なんか心地いいというか。

 

 そして今、こうして同じ空間でこんなにも無防備な姿で近くで――


「雄二様?」

「あっ、いやっ! 1回水風呂に行こうかなって……!」

「早くはありませんか? まだ5分も経っていないような?」

「なんか今日は身体が熱くなるのが早くてなっ。すぐ戻る!」


 焦り気味に答えながら、俺はそそくさとサウナを後にして……冷たい水風呂に身を沈める。


「ふぅ〜〜〜〜っ……」


 キーンと冷える水に一気にクールダウン。

 なのに、胸のあたりだけ……おかしいくらいに騒がしい。


 ――なんで、こんなにドキドキしてるんだ?


 いやまあ、あれだよな。

 雲雀の水着姿、普通に……いや、かなり……うん。破壊力高かったし。


 でもそれだけか? 


 なんか最近、変なんだよな。

 

 雲雀と一緒にいると、やけに胸がざわざわするっていうか……変なとこで動揺して、視線を逸らしたくなったり。


 でもまあ、別に悪い感じでもないし? 

 むしろ、どっちかって言うと……心地いいというか。


「ははっ、俺……なんなんだろうな」


 水面に映る自分の顔が、ちょっと赤い気がしたのは……きっと顔はまだサウナの熱が残っているからに違いない。


◆◆


 サウナ室からマンションのロビーへと戻ってきた。


「いやー、サウナもたまにはいいものだな〜」

「そうですね」


 温かいお湯に浸かるのとはまた違った感じ。

 入った後はスッキリ爽快。


 さて、部屋に戻ってからまた雲雀のやりたいことを――


「――随分と遅かったな、雄二」


 低くて渋い声が耳に入る。

 

 反射的に振り返れば……男の人がいた。


 黒髪のオールバックに鋭く切れ長の目。

 

 ビシッと仕立ての良いスーツを着こなしていて、立ち姿からして只者じゃない雰囲気が漂っている。


 第一印象は、怖そうな人。

 見るからに威圧的なその人物に、俺は息を呑んだ。

 

「っ……」


 不意に横に目を向ければ……雲雀の表情がわかりやすく変わった。


 あのクールな雲雀の表情から、簡単に感情が読み取れるのだ。


 雲雀は明らかに、困惑と……どこか怯えた様子だった。


 この人物が誰なのか、その表情から読み取れる。


 俺はエロゲの悪役、笠島雄二に転生した。

 悪役とはいえ、雄二はまだ子供。


 最初から悪だったわけじゃないだろう。


 そうなった理由がどこかにあるはず。


 それこそ――育ての親の影響とか。


「親父……」


 ぽつりと、俺は言葉が漏れていた。

 

 その男の人は、俺のことをひと睨みしてゆっくりを口を開いた。


「雄二。お前……女遊びは相変わらずか?」







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― 新着の感想 ―
 雲雀さん推しです。親父に負けずに頑張ってくれ、主人公。そして、上にのっちゃえ雲雀さん。
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