第89話 ここからはメイドのターン
「……」
俺はしばらく、雲雀を見つめることしかできなかった。
でも、頭の中ではしっかりと思い返される。
『だって、早く帰ってくれば……貴方と早く2人っきりになれるからですよ』
これはいつもの爆弾発言というより……。
破壊力がヤバい。
まあ、なんだ。
俺は、動揺しているのだ。
もちろん、雲雀がそう言ってくれたってことは嬉しい。
俺と過ごすのが楽しいと思ってくれているからこそ出てきた言葉だろう。
最近こそ、雲雀の感情も顔から多少は読み取れるようになったとはいえ……基本的に彼女は無表情でクールだ。
だからこそ、こうして言葉に出して伝えてくれたのは嬉しい。
……嬉しいんだけど。
なんだろうな。
この、どうしようもない動揺は。
いつもなら「ありがとうな!」って、言葉がすぐに出るのになぁ……。
今日の俺……おかしいのかな?
普段は見慣れない、私服姿の雲雀だからなのか、いつもよりも鼓動が早くなるのを感じる。
チラッと雲雀に目を向ける。
「……」
俺が黙っていると言うことは、雲雀も黙っているということ。
雲雀は俺の次の言葉を待つように、俺の顔をじーっと見上げていた。
そりゃ、そうだよな。
俺の反応が気になるよな。
「雲雀は……その、俺と一緒にいたいの?」
なんとか口にしたのは……確認の言葉だった。
「はい」
「そ、そうか」
即答された。
いや、最初からお世辞とは思っていたわけじゃないけどな。
だが、こうも早く返されては……俺はまた、動揺してしまう。
「……」
「……」
お互いに無言になる。
って、いつまでもこれじゃダメだな!
こんな俺だと、さっきの私服のくだりの時みたいに逆に雲雀に気を使わせてしまう!
俺はひと呼吸置いてから。
「そ、それで早く帰ってきたわけだが……俺と2人で何かしたいことでもあったのか?」
こっちも大事だ。
なので、俺から聞いてみる。
雲雀がわざわざ早く帰ってきて欲しいって言ってくれたんだ。
なら、早くしたいことを実践しないとな!
「したいこと……」
「ああ、したいことだ」
「……」
「……?」
ん? 今度は雲雀が黙ってしまった。
「ひ、雲雀?」
「……。何も考えてませんでした」
真顔でぽつりと言われた。
「ああ、そうなんだな。じゃあ……一緒に考えて決めるかっ」
「はい」
俺がそう言えば、雲雀は微笑を浮かべて頷いた。
「って、言っても何するか迷うよなぁー」
俺は腕を組んで考える。
いざ時間ができたときに限って、「あー、何しようかなー」って、何をするか思いつかない現象あるよな。
名前つけたい。
多分、雲雀も同じ感じなのだろう。
やることが浮かばないなら……やり残したことがら詰めていけばいいだろう!
「なあ、雲雀」
俺は雲雀に問いかける。
「雲雀さ、この夏やり残したこととかある?」
「この夏できなかったこと……」
雲雀はしばらく考えてから、静かに口を開いた。
「やはり、プールですかね」
「ほう、プール」
『変質者にでもなるおつもりですか。そういうのはご自宅だけにした方がいいかと』
夏休み中に俺は結斗たちとプールに行った。
雲雀に水着を届けてもらったけど……結局、雲雀はプールでは泳がなかったし、水着姿でもなかったな。
「来年は絶対に2人で行こうな!」
「はい」
雲雀もさっきよりも大きく頷いてくれたような気がした。
まじで来年は、雲雀とプールに行かねば。
雲雀となら絶対楽しいよなー。
開放感ある海でもいいけどな。
それにしても、雲雀の水着姿か。
雲雀は一体、どんな水着を……。
って、いかんいかん!
何を想像しようとしたんだ俺はっ。
雲雀は俺にそういう目で見られるのは嫌だろうに――
「雄二様は私の水着姿を見たいと思ってくれますか?」
「……っ、え、雲雀?」
どきりとする。
まさに今考えていたことをズバッと聞かれ、今度はそれで動揺を隠せない。
「そんなに驚かれるとは、まるで何かやましいことを考えていたかのようですね」
「い、いや! やましいことの手前で考えを止めたから!」
「それでは、私の水着姿を想像しようとは思ったんですね」
「あっ……」
俺は墓穴を掘ったようだ。
なんだが気まずくなって……俺は視線を逸らす。
「雄二様は私の水着姿、見たいのですか?」
「えっ?」
反射的に俺は雲雀の方を見た。
雲雀は……俺の顔を真っ直ぐ見つめていた。
◆◆
早く帰ってきて欲しいと言った癖に、いざ2人きりの時間ができても、私は何をするか決めていなかった。
そんな私でも……。
「ああ、そうなんだな。じゃあ……一緒に考えて決めるかっ」
雄二様は嫌な顔ひとつせず、私のことを責めることもなく。
いつも通り、屈託のない笑みを浮かべてくれた。
そうだ、貴方はそういう人。
私らしくなくても、大胆な言動をしても……すぐに笑みを浮かべてはちゃんと見てくれる、お人好しで無自覚なとても鈍感な人。
それが、笠島雄二。
「はい」
そうして雄二様の言葉に頷いた私は、自然と口角が上がっているのだろう。
次に、雄二様が質問を振ってくれた。
「なあ、雲雀。雲雀さ、この夏やり残したこととかある?」
「この夏にやり残したこと……」
私は少し考えてから、素直に口にした。
「やはり、プールですかね」
「ほう、プールか」
夏の定番プール。
雄二様の海パンを届けにプール施設には入ったものの、一緒に泳ぐことはなった。
雄二様の前で水着になることはなかった。
「来年は絶対に2人で行こうな!」
「はい」
雄二様の言葉に、私は先ほどよりも自然と大きく頷いた。
たけど……。
――雄二様に水着姿を見てもらうのは来年ではダメ。
ふと、そう思った。
それが口にも出ていて……。
「雄二様は私の水着姿を見たいと思ってくれますか?」
「……っ、え、雲雀?」
言った後で私自身も驚いた。
でもそれ以上に……目の前の雄二様が驚いていた。
私の発言というよりも……どこか、図星といった感じの、どきりとした方の驚き方。
「そんなに驚かれるとは、まるで何かやましいことを考えていたかのようですね」
「い、いや! やましいことの手前で考えを止めたから!」
「それでは、私の水着姿を想像しようとは思ったんですね」
「あっ……」
雄二様は言葉を漏らしては、どこか気まずげに私から目を逸らす。
なのに私の方は……口角が少し上がった。
好きな人に想像されて、嫌な女なんていない。
ましてや、遠慮なんてしない。
「雄二様は私の水着姿、見たいのですか?」
「えっ?」
今度は、自分の意思でそう問いかけた。
雄二様と目が合っても、私はその言葉を取り消さない。
水着になれて、2人っきりになれて……。
ふと、お風呂場を思い浮かべる。
私は一度、雄二様とお風呂に入ったことがある。
とはいえ、湯船に浸かったというわけではなく、雄二様の背中をボディタオルで洗ったというもの。
あの時は互いにバスタオルを巻いていた。
ならば、今度は水着で……。
でも、今日の私はそれだけではどうにも……気持ちが落ち着かない。
理由は分かっている。
『それじゃあ私も用事は終わったし……また明日ね、雄二』
さっきの光景が頭をよぎる。
自分の好きな人が、りいな様に親しげに呼ばれていて……。
私はどうしようもなく、嫉妬しているのだ。
そして、焚き付けられしまったのだ。
だから……《《もう1つの場所》》が浮かぶ。
しかし、こちらを言えば雄二様は絶対に驚くだろう。
さすがに断るかもしれない。
はしたない女だと思われるかもしれない。
けれど……。
貴方の頭の中を私でいっぱいにできるのなら。
私はその機会を逃さない。
「雄二様。今から一緒に――《《サウナ》》に行きませんか?」




