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第88話 メイドは、メインヒロイン

 雲雀との帰り道。

 

 大通りに出ると、人が多くなる。

 人が多ければ、それだけ注目も集まるというもので……。


「あの女性、めっちゃ綺麗……」

「美人すぎ……。えっ、モデルとかやってるのかな?」

「隣の男の人怖そうだけど、どういう関係なんだろ……?」

「あの強面な男の人の格好、よく見たら学生服じゃん! なになに、あの2人実は姉弟なの? 似てない〜」


 ざわめきが周囲から聞こえてくる。

 

 この手の視線は慣れたものだったが……今日はいつもと違った。


 普段、雲雀が注目を浴びるのは「なぜメイド服?」という疑問と好奇から。


 だが、今日の雲雀は私服姿。


 清楚なのは変わらないはずなのに、雰囲気はがらりと変わっていた。

 

 薄手のブラックニットにベルト付きのロングタイトスカートというスタイルの良さが際立つコーディネートにより、雲雀の美人度が増しているのだ。

 

 さらに、ショートカットの髪からちらちらと見える花柄のイヤリングが華やかさを出している。


 結論、めちゃくちゃ美人である。


 道行く人々が振り返ったり、ヒソヒソ話をしたりするのも無理はない。


 そんな美人な雲雀の隣を歩く俺も注目を浴びるというものだ。

 

 と……まあ、そんな周りの視線を気にするのはここまで。


 俺が1番気にすべきは、雲雀のことなんだから。


「ところで雲雀。これからどこか寄っていくのか?」

「いえ、特に用事はないです。買い物も昨日のうちに済ませましたし、このままマンションへ帰る予定でした」

「そうか。俺も特に用事はないし、今日は真っ直ぐ帰るかー」


 それに、元々早く帰るっていう約束だもんな。


「でも、ちょっともったいないよなぁー」

「もったいない?」


 俺の何気ない呟きに、雲雀が小首を傾げた。


「いや、せっかく雲雀が私服で来てくれたのにもう家に帰るのがなんか……もったいない気がしてな」


 雲雀が珍しく私服に着替え、メイクだってバッチリ決めている。

 

 なのに、もう家に帰るんだ。

 

 これが休日とかなら1日遊びに出かけるんだけど……。


 でも雲雀は元々早く家に帰るつもりだっただろうし、俺が気にすることでもないか。


「……もしかして、気を遣わせてしまいましたか? 私服で来たのは迷惑……でしたか?」


 雲雀が少し目を伏せてぽつりと呟いた。


「ん? 迷惑?」


 俺がそう問い掛ければ、雲雀は表情は変わらないものの……どこか申し訳そうな雰囲気で口を開いた。


「私服で迎えに来てしまったことが、逆に雄二様に気遣わせてしまいましたか?」

「いやいや! 俺が勝手にそう思っただけだからっ。俺の方こそ気を遣ってもらってごめんっ」


 俺は余計なことを口にしたようだ。

 

 俺の馬鹿っ。

 そもそも、雲雀の私服を見た時、1番に掛けないといけない言葉を俺はまだ言っていないじゃないか。


「とにかく、迷惑じゃないから! それに、本当に迷惑って思っているなら、最初から私服で来ることも、メイクもバシッと決めるっていう選択肢もないだろう?」

「そ、それは……」


 珍しく言葉に詰まる雲雀。


 そういう反応するってことは……やっぱり雲雀は自分の意思でおしゃれしてきたってことだよな。


「だからさ、雲雀。今日の私服、すっごく似合ってるぞ。めちゃくちゃ綺麗だ!」

「……っ」


 満面の笑みを浮かべながら、親指をグッと立てる。

 

 ちょっと子供っぽい褒め方かもしれないが……俺の本心からの言葉だ。


 それに、褒め言葉っていうのは実際に声に出して言わないと伝わらないしな。


 雲雀は本来は脇役……いや、原作では名前すら出てこなかったメイドである。


 けれど、こうして実際に関わると分かる。


 雲雀は、メインヒロイン級の魅力があるよな。

 外見だけではなく、もちろん内面もだ。


「こりゃ、ナンパされないように俺が睨みをきかせておかないとな! なーんてな!」


 冗談混じりのことを言いながら、すぐに雲雀へ目を向けると……。


「……」


 雲雀の顔はほんのり赤みを帯びているように思えた。



◆◆

 

「ただいま我が家ー!」


 部屋に入るなり、俺は大げさに腕を広げる。


 悪役として転生してきた当初は、原作知識があるとはいえ、この家さえ違和感だらけだった。


 でも今ではこの家がすっかり安心する空間である。

 それはメイドとして雲雀がいてくれるのも含めてだな。


「改めまして、お帰りなさいませ雄二様」


 雲雀はメイドモードに切り替わったように、丁寧なお辞儀した。


 顔を上げた雲雀が俺をまっすぐ見つめる。


「そして、本日は早めのご帰宅もとい、私のワガママに付き合っていただきありがとうございます」

「おうよ。《《これぐらいのワガママ》》だったら、いつでも聞くぞ」

「これぐらい……ですか」

  

 雲雀が小さく呟いたのが気になったが、俺が聞き返すよりも先に。

 

「雄二様。今朝のことは覚えていますか?」

「ああ、もちろん覚えてるぞ」


 今日、何度も思い返した雲雀の言葉。


『先ほどのワガママは流石に困りますよね。雄二様が学校を休むのは諦めます。ですが……今日は早く帰ってきてくれると嬉しいです』


 言い終わって、雲雀はふわりと微笑んでいた。

 その言葉と笑みが、やけに頭に残っていた。


「私がなぜ、あのようなことを言ったのか……その理由を考えたことはありますか?」

「あー……そういや考えてなかったな」


 俺は腕を組み、頭を捻るも。


「と言っても、雲雀が早く帰ってきてほしいと言ったなら、それが俺が早く帰る理由だったけどな」

「っ……。貴方は本当に……」

「雲雀?」

「こほんっ。別の理由があります。考えてみてください」


 別の理由ねぇ……。


「うーん、家に帰って何かやりたいことでもあったのか? あっ、今日は餃子パーティーとか!」

「では、鈍感な貴方に正解発表といきましょうか」

「うん、間違っているんだな。そして今俺に回答させるの諦めただろ。そんなに俺って鈍感なのか?」

「はい、鈍感です。とても」


 雲雀と顔を見合わる。


 反射的に目を奪われる。

 

 こうして間近で見ると……改めて、雲雀って美人で綺麗だなと思う。


 少し遅れて、雲雀の口が動き出す。


「先に……もう1つ回答してほしいです」

「ん? もう1つ回答?」

「はい」


 ほほう、難しくないといいけど。


 雲雀は少しの沈黙の後……。


「私がメイドじゃなくなっても……雄二様は私のことを見てくれますか?」

「そりゃもちろん」


 俺は即答する。


 雲雀というと、その答えを疑っているのか……伏し目がちになってしまった。


「えと、雲雀?」

「……それなら、良かったです」

「雲雀?」


 ぼそっと呟いたことが気になって、俺は雲雀のことをまじまじと見つめる。


 そんな俺に雲雀は……微笑を浮かべ、さらりとした声で言ったのだった。


「だって、早く帰ってくれば……貴方と早く2人っきりになれるからですよ」







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