第86話 悪役はぼっち飯とはならない
昼休みになり、俺は屋上へ向かった。
いつもなら結斗と一緒に飯を食べているが……今日は結斗が熱を出して学校を休んでいる。
そのため、青空の下。ほどよく風が吹く屋上で1人弁当を広げていた。
「はぁぁ……。1人で飯って、やっぱり寂しいよなぁー」
と言いつつ、実は田嶋や里島からは「一緒に食おうぜー!」と誘われいた。
だが、今日はなんだかそういう気分じゃなかったので「また今度な」と断ってしまったのだ。
それにアイツらと食う時は、結斗も揃った方が話が盛り上がりそうだしな。
なのでぼっち飯……とはいえ、弁当のおかずを1口食べると、すぐにその寂しさもどこかに消えていった。
「うまぁー」
味の染みた豚バラと大根が口の中でじゅわっと広がる。
「やっぱり雲雀が作ってくれるご飯は最高だなぁー」
次はメンチカツを食べ、すかさず大きめに握られたおにぎりを頬張る。
「むぐむぐ……うまぁー」
食べる手が止まらない。
今日の弁当は、豚バラと大根の炒め物にメンチカツ2つ。ふんわりとした卵焼きにほうれん草のおひたし、きんぴらごぼう。おかか入りのおにぎりが2つ……ボリュームも栄養バランスもばっちりで、味も絶品。
青空の下で食べるっていうのも、美味しさを引き立たせる1つになってきた。
「雲雀は将来、いい奥さんになるよなぁー」
将来ずっと、雲雀のご飯が毎日食える男が羨ましいな。
ばくばくと食べ進め、弁当の中身が残り半分ぐらいになった時だった。
「あ、いた」
屋上のドアがギィィと音を立てて開き、声が聞こえた。
声の主は……。
「え……り、りいな!?」
思わず、驚きの声が漏れる。
結斗がいる時ならまだしも、俺1人の時になんでりいなが……と思ったが。
「ハッ! もしや……」
俺はすぐに察して……弁当を片付け始める。
「ちょっと、なんで片付けてんの?」
「いやだって、今から屋上、告白現場になるんだろ?」
美少女、昼休み、屋上――となれば、告白が始まるのが王道だろ。
しかも、りいななのだから間違いないはず。
さすがの俺も告白現場を見ながら飯をかき込む趣味はない。
「強面な俺がいたら相手がビビって逃げるだろうし、さっさと退散から安心しろっ」
グッと親指立て、立ち上がる。
しかし、俺の予想は外れたのか、りいなの顔が険しくなった。
「……何言ってんの。私、告白なんかされないし」
「いやいや! 今日は告白されないにしても、りいなみたいな美少女なら男に告白されたことはあるだろっ」
「……。はぁ」
りいなが盛大なため息を漏らした。
と……何故か、俺と少し間を開けた隣にりいなが腰を下ろした。
「座りなよ」
「いや、だが、今から告白現場になるんじゃ……。もしかして、見られるのがお好き?」
「……」
「……ごめんなさい」
りいながキッと険しい表情と無言の圧を掛けてきたので、俺は大人しく座ることにする。
すると、りいながため息をついた後、口を開いた。
「だから、私は告白なんかされないって。告白より、しつこいナンパの方が多いし……。大体、告白されるって言うならお姉ちゃんの方。私みたいな軽そうな女はナンパされることが多くて、お姉ちゃんみたいな高嶺の花が告白されるの」
りいなが少しふてくされながらそう言った。
確かに、まひろはそのイケメンなルックスとキザっぽいながらも優しげな口調で、1年生ながらも学校で一目置かれる存在で告白も絶えず、ファンクラブも拡大中と聞く。
つまり、王子様系として人気がありつつも、どこか高嶺の花なまひろは、わざわざ呼び出して告白されることが多いってことか。
一方で、小悪魔系でフレンドリーな雰囲気のりいなは、その場で声をかけられるナンパの対象になりがちということだな。
なるほどなぁー。常に注目を集める美人姉妹でも、個性が違うとモテ方も違うのかぁ。
ということは、屋上は本当に告白現場にならないみたいだ。
「んじゃ、引き続きここで飯を食わせてもらうぞ」
「どーぞ」
俺は安心してお弁当を広げる。
って、あれ……?
「じゃあ、なんでりいなはここにいるんだよ?」
りいなは今、座っており、帰る様子もないし……。
でも告白されるでもないみたいだし……一体、なんの用事だ?
「昼休みなんだからお弁当食べるに決まっているでしょ」
「どこで?」
「屋上に決まっているでしょ。だからわざわざここに……。何よ、私がいたら悪いの?」
「い、いやぁ……悪くないが……」
りいながどこで弁当を食うのかは自由だと思うが……俺としては意外過ぎた。
だって、告白されなくとも、ナンパは頻繁にされるりいなは、男子人気は間違いないだろう。
それなのに、ナンパするぐらいの男どもが、昼休みという貴重な時間を逃すはずがない。1人になるなんてないと思うのだが……。
「他のやつとは食わないのか? それこそ、男どもにお昼誘われたりとか?」
「食べるわけないでしょ。一度でも一緒に食べたら、俺も俺もって続いて……キリがなくなるし、面倒くさいし」
「なるほどな」
りいなが苦い顔になったことから、そういうことを実際に体験したからこその言葉だろう。
モテるっていうのも、大変だなぁー。
よく見れば、りいなの隣には保冷剤バッグがあり、そこから弁当を取り出した。
本当にここで弁当を食べるみたいだ。
「じゃあ私もここで食べさせてもらうから」
「どうぞ」
そういや、結斗の話題以外でりいなとこうして会話が続いたのは初めてかもしれない。
前に話した時。それこそ、りいなが林間学校の時のお礼として手料理を振る舞いからと家に行った時は……。
『たとえばどういうところがカッコいいんだ?』
『人を見た目で判断しないところがまず一個』
『丁寧に一個目って言ってくれてありがとう。あー、確かに。アレは惚れますわ』
『笠島もやっぱりゆいくんを狙って……』
『男としての尊敬みたいな感じで!!』
的な感じの話をした。
結斗の魅力の話には、俺もかなり同感できたな。
りいなといえば、結斗の隣に俺がいるから仕方なく、俺にも話してるってイメージがあった。
なのに今は……。
「そうだ。これからアンタのこと、《《雄二》》って呼ぶことにするわ」
ふと、りいなが箸を止めてこちらに告げる。
『俺がりいなのことをこうして呼び捨てにして、でもりいなは俺のことは笠島と名字呼び。これだと……』
『これだと……?』
『俺がりいなのことを勝手に呼び捨てにしている痛々しい奴じゃないか! いずれ、近寄るなとか脅すな、まとわりつくなどの罵詈雑言を言われるに違いない! 俺はそれが嫌だ!』
ああ、そういえば、夏休みの時になんか、何か別の名前で呼んでくれって言ったんだっけ?
それも俺から。
俺の呼び名、決まったみたいだな。
「お、おう。それが俺の名前だからな。じゃあそれで頼むわ」
「……」
「……?」
なんだ、この沈黙は?
りいなは不満げな目をしてるし。
「いや、もっと大袈裟にリアクションしなさいよ」
「なんでだよ!?」
自分の名前を普通に呼ばれたくらいで、どう大袈裟に反応すりゃいいんだ。
「ふ、ふんっ。やっぱり私とアンタじゃ合わないみたいね」
「ええ……これ、俺が悪いのかよ……」
りいなが黙々と弁当を食べ進め、俺もゆっくり箸を進める。
てか、これ俺……りいなと一緒にご飯食べてる????




