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第85話 悪役。メイドか主人公かを選ぶ

「………」


 俺は今、教室に入ることに緊張している。

 何故かって?


『夏休み明けはもっと関わろうぜ』

『またお話ししてねっ』


 夏休み中の登校日。  

 その時期から結構、時間は経っているが……あの日、クラスの皆の俺への印象が変わり始めていたのは間違いない。


 しかし、時間が経ったことにより、元に戻っている可能性も否めない……。


「それを確かめるためにも、早く教室に入らないとな……」


 ごくり、と唾をひとつ飲み込んでから……俺は重い足取りで教室に入った。

 すでに数人の生徒が登校しており、雑談したり、自分の席で各々の時間を過ごしているのが横目に見える。


 そんな中、俺は浅く深呼吸してから。


「お、おはよう……」


 特定の人に話しかけるのはさすがに怖がられると思ったので、開口一番に皆に向けて挨拶してみる。

 

 変わりたいのなら、自分から行動を起こさないとな。


 と、自分を奮い立たせるようなことを思いつつ、うちに秘めている不安は隠しきれなかったみたいで……ハッキリと挨拶したつもりが声がか細くなっていくのが自分で分かる。


「……」

「……」

 

 途端、クラスがシーンとなった。

 皆、無言で俺を見ている。


 やっぱり、強面&悪い噂効果が継続しているのか⁉︎

 時間を置いたら元に戻ったのか⁉︎


 皆の反応を見るのが怖くなり、目を逸らした次の瞬間。


「おう、笠島おはよう!」

「お、おはよう、笠島くん!」


 俺の耳に届いたのは……挨拶を返してくれた声。

 見れば、2人の生徒が俺を見て笑みを浮かべていた。


「おはよう笠島っ。いきなり皆に挨拶するからびっくりしたじゃねーか!」

「だ、大丈夫っ。私たち笠島くんのこともう誤解してないからっ」


 先に返してくれた2人のおかげで、次々とクラスメイトたちが声を掛けてくれる。


「皆……」


 これが待ち望んだ結果であるとはいえ……驚いてしまう。

 目頭が熱くなる。


 前世なら、挨拶を返してくれる。話しかけてくれるなんて当たり前だと思っていた。


 しかし、笠島雄二というその強面な見た目と悪い噂で距離を置かれがちな悪役に転生して……色んなことが当たり前じゃないと気づいたし、苦労もした。


 だからこそ、この瞬間が何よりも嬉しくなった。


 俺が席に着いても、わざわざ話しかけてくれるクラスメイトもいた。

 

 その賑わいも、彼女たちが来れば一変して———


「おはよう、皆。今日は随分と賑やかだね」

「おはよ、皆〜♪」


 爽やかな笑みを浮かべるまひろと愛想良く手を振るりいな。 

 美人姉妹の登場に教室は分かりやすくテンションが上がる。

 

 誰もが目を奪われ、我先にと話しかけている中……俺は、違和感を抱いた。


「あれ、結斗がいない……?」


 そう。結斗の姿がどこにも見当たらないのだ。

 いつも3人仲良くイチャイチャしながら教室に入ってくるというのに、その中心にいる結斗がいつまで経っても現れない。


「結斗は……どこだ?」


 俺のその呟きが聞こえたのか、まひろとりいながこちらにやってきた。


「やぁ、笠島くん。おはよう。君は気づいたみたいだけど、実は結斗は……熱を出して今日は休みなんだ」

「結斗が熱を出した!?」


 まひろの言葉に驚く。

 そりゃ、誰にだって体調を崩すことがあるとはいえ……。


 素直な性格をしている結斗なら、連絡の1つくらいくれるのかなと思っていた。


「私たちも気づいたのは今朝だよ。集合時間になっても結斗が現れないから不審に思ってね。それで、電話を掛けてみたんだけど……。結斗はなんともないと言いつつ、途中途中で咳き込む音はするし、呼吸は荒いし……。それで問い詰めるように再度、聞いたら38度の熱があったみたいだよ」


 スラスラと語るまひろ。

 王子様のような煌びやかな容姿に余裕のある口調に目がいきがちになるが……まひろのやつ、観察力半端ねぇな!


「幸いにも薬は常備しているみたいで今日はそれを飲んで安静にしているみたいだ」

「なるほど。それは安心だな」


 まひろの説明を聞き、ホッとする。


 熱を出したのは心配だが、それならば明日には少しずつ体調が戻っていそうだな。

 その間、結斗が学校にいないのは寂しいが……。


「それで、笠島くん」


 結斗の説明は終わったので席に戻るのかと思いきや……まひろは続きがあるかのように言葉を重ねて。


「良かったら、私たちと一緒に放課後、結斗の見舞いに行くかい?」

「え……」


 まひろからの突然の誘いに、俺は呆然とした。

 絶対言われないだろうなと思っていたまさかの言葉だ。


「君は結斗の大事な友達じゃないか。だから、誘っても不自然ではないだろう?」


 そんな考えが顔に出ていたのか、まひろがクスッと笑みを漏らした。


 まひろがそう思ってくれた上で誘うってことは、彼女にとっての俺の印象も良くなっているのだろう。

 でも今はそこに喜んでいる暇はなく……。


『ですが……今日は早く帰ってきてくれると嬉しいです』


 瞬間。頭に過ったのは、今朝の雲雀の言葉と自然に出た笑み。

 そして、その言葉。


 早く帰ってきて……。

 でも結斗のところに行けばその約束は守れない。


 だから、今日行けるのはどちらか一方のみ。

 雲雀か、結斗か……。


 雲雀の方は今日じゃなくて、明日でも良いかもしれない。


「そうだな。結斗は大事な友達。そんな結斗の見舞いには絶対行かないとな」

「だよね。じゃあ——」

「でも、すまん」


 俺は強い口調でまひろの声を遮った。

 まひろとりいなが静かに俺を見つめる。


 俺は一息ついてから、続きを話した。


「結斗の見舞いは明日行こうと思う」

「……。何か、理由があるのかな?」


 まひろが短い間を開けた後、聞いてきた。


 以前なら、「俺は悪役だから主人公のそういうイベントには下手に突っ込みたくない! バッドエンドは回避するんだ!」といった理由をつけて断っただろう。

 いずれも、悪役の立場としての考え方。


 でも俺自身は……。

 

『ですが……今日は早く帰ってきてくれると嬉しいです』

  

 今日だからこそ、雲雀はそう言ってくれたと思った。

 だから俺は、そんな雲雀のことを優先したいと思った。


「今日は、どうしても外せない約束……大事な人と放課後は約束したんだ」


 俺はまひろとりいなの目を見て、ハッキリと言った。

 しかし、2人から見れば俺のこの発言は印象が悪くなるだろう。


 大事な友達を放っておいて、他のことを優先させている。


 そう見えてもおかしく——


「——先約があるなら仕方ないね」


 そう言ったのは、今まで黙っていたりいなだった。


「それに、ゆいくんが熱で苦しんでいる時に3人で家に押しかけたら逆に気を遣わせちゃうかもだし。ゆいくんは優しいからねぇ〜。だから私も、今日はパスしよっかなー」

「えっ、りいなも結斗のお見舞いに行かないのかい?」


 まひろは驚いたようで、目を見開いている。


「今日は、ね? 明日はゆいくんの体調も良くなっているだろうし、絶対行くけど。絶対に」


 俺とりいなの言葉を受けたまひろは、何か考えるようにしばらく無言の後。


「分かった。じゃあ今日は代表して、私1人で結斗の家に行くとしよう。事情も聞かずに誘ってしまってごめんね、笠島くん」

「い、いや……。こっちこそなんかごめんな」

「君が謝る必要はないよ。それじゃあ明日は頼んだよ」


 まひろは柔らかに微笑み、自分の席に向かった。


「良かったね」

「あ、ああ……ありがとう」


 りいなも自分の席に戻る。

 

 それにしても今、りいなが俺のことを助けてくれたのか……? 

 とにかく助かった。


「はぁ………」


 ふと、重いため息が漏れた。


 自分の意見を言うことに少し緊張したみたいだ。

 それともう1つ。緊張したこととは別の鼓動の早さも感じた。



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