第79話 「いつか、現れる人」
『それでは大技行きますよー! それ〜!』
飼育員の合図に合わせて、イルカたちが大ジャンプ。
それから、大きな水飛沫をあげて華麗に水の中へ潜っていく。
「おお! イルカすげー!」
隣には、キラキラした瞳でイルカたちを見る雄二様の姿。
高校生らしい、年相応の反応だ。
「いやーっ。雲雀の水族館ってチョイスはほんといいなっ」
「ありがとうございます」
雄二様はまたイルカたちに夢中になる。
「……」
私がお出かけ場所として、水族館を選んだ理由。
それは……昔、水族館に来たことがあるから。
思い出として、濃く脳に残っていたから。
私には、二つ上に姉がいる。
性格は真反対。
友達はおらず、休日はずっと家にいるような私とは違い、姉は明るく人気者。いつも誰かと一緒に遊んでいる人だった。
そんなある休日。
両親が忙しく、朝から私とお姉ちゃんの2人っきりだった時。
「ねぇ、雲雀〜。水族館行かない?」
「水族館? 何故ですか?」
「うーん、行きたくなったから? それじゃあ行こう!」
「え、ちょっ……」
お姉ちゃんのいつもの思いつき。
毎回、振り回される。
今回も私は、なすがままに支度して、外へ連れ出された。
「可愛い雲雀とはぐれないように、お姉ちゃんが手を繋いどかないとね〜」
「私、もう中学生なんですが……」
「関係ないよ〜」
水族館に着くまで。
そして水族館に入ってからも、お姉ちゃんは私の手をずっと握っていた。
「ほら、雲雀。お魚が綺麗だよ〜」
「そうですね」
「あっ、こっちはチンアナゴじゃん。卑猥だね〜」
「そうですね」
「こっちはサメだ! うわっ、怖い〜〜」
「そうですね。あと、館内なのでもう少し声を小さくしてください」
「あはは〜。ごめんごめん〜。あっ、これからイルカのショーがあるみたいだよ! 行こう! 雲雀!」
また、手を引かれる。
バシャーン!!
「おお! すごーい!!」
隣のお姉ちゃんはキラキラした瞳でイルカたちを見ていた。
周りのお客さんもみんな……表情から声から、楽しそう。
対して私は……。
「ん? どうしたの雲雀?」
「いえ……。お姉ちゃんはなんで私と水族館に? 友達と来たら良かったじゃないですか」
真顔で反応の薄い私よりも、いつもワイワイしている友達の方が絶対楽し——
「そりゃあ、雲雀と来たかったからだよ。アタシは雲雀といたいの。だって、こーんなに可愛い妹いないも〜ん」
頬をすりすり、とやられる。
正直、このスキンシップはあまり好きではないのだが……この時だけは、どこか嬉しかった。
「……でも」
「ん?」
「私となんかといたいと思ってくれる人は、お姉ちゃんくらいですよ……」
「そう? 雲雀は可愛くていい子だけどなぁ〜」
「……たとえ可愛くて、いい子だとしても。私は愛想もないし、いつも真顔だし、面白いことも言えない……」
小さい頃から周りには気味悪がられ、理解されなくて、孤立していた。
『いやー、雲雀さんって話せば返してくれるけどさぁ……いつも真顔なんだよなぁ』
『いくら美人で優秀でも、反応ないとなんか……つまんないよねぇ』
『ちょっと笑ってくれればこっちも接しやすいんだけどなぁ』
『高嶺の花だし、そもそも仲良くなるのもおこがましいけどさ……』
それは中学生になってからも同じ。
私は学校で孤立していた。
結局、こんな私といてくれる人なんて———
「別に、雲雀が無理に変わろうとしなくてもいいんじゃないかな?」
「……え」
予想外の言葉が返ってきた。
思わず、お姉ちゃんを見つめる。
「だってお姉ちゃん。今の雲雀がすっごく好きだもん。だーかーら〜。たまには、待ってみるのもいいかもよ。いつか、《《雲雀のことを楽しませてくれる人》》が現れるのを」
私のことを、楽しませてくれる人……。
「そんな人……。お姉ちゃんは絵本やゲームの中の話をしてませんか?」
「雲雀はネガティブ過ぎだよー。もっと自分に自信持って。たとえ、絵本やゲームの中くらいの可能性でも。白馬の王子様でも……100%ないとは、限らないでしょ?」
「……それは」
お姉ちゃんは言い返せない私に微笑み……イルカたちに視線をずらした。
「またいつか、雲雀が水族館に来る時は、好きな人と一緒なんだろうなぁ」
「……好きな人?」
「だって、水族館なんて特別な人としか行かないでしょ? 雲雀の場合には特に」
「……そうですね」
友達はおらず家に篭ってばかりの私が水族館という、賑わっている場所には1人では来ない。
もし、行くとしたら誰かと一緒。
その誰かは……。
「ふふ。その時が来たら、お姉ちゃんにも紹介してね?」
「私には縁がないと思いますが」
「それはどうかなぁ〜? ふふふっ。アタシは楽しみにしてるからね」
私を楽しませてくれる人。
そんな都合のいい人、現れない。
現れるはずないと……思っていた。
『ラストの3連続大ジャンプでした! ありがとうございました〜』
「っ!」
パチパチパチパチと大きな拍手が聞こえて、我に返る。
イルカのショーがいつの間にか終わっていた。
「イルカのショーって久々に見たけど面白かったなぁー。さて、次は……」
雄二様が立ち上がりながらチラシを見ている。
ふと、見上げている私と視線が合った。
「ん? どうした雲雀?」
「……」
「?」
私は今、雄二様と水族館に来ている。
今更気づいた現状。
昔あんなだった私が今、人と水族館に……。
「……え」
思わず、声が漏れた。
目の前の雄二様が……手を差し出したから。
「イルカのショーが凄すぎて腰抜かしたのか? なーんてな。ほら」
私よりも大きく、ゴツゴツした手。
でもどこか、温かさを感じる手が差し伸べられる。
「……雄二様はどちらかというと、白馬よりもバイクの方が似合ってますね」
「ん?」
「いえ。なんでもありませんよ」
私はその手を握り、立ち上がる。
「行きましょうか。それと……」
「ん?」
「水族館の次は雄二様の選んだ場所ですよね? 楽しみしております」
「おうよ! 任せとけ!」
歯を見せて笑う雄二様に、どこか微笑ましくも……。
「……熱い」
何故か、胸が熱くなるのを感じた。
◇◇
「水族館も満喫したし……そろそろ出るかと言いたいが……。その前にトイレ行ってきていいか? 確かこのエリアの近くにあったはずなんだよな。絶対すぐ戻ってくるから!」
「ナンパのことならご心配なさらなくても大丈夫ですよ。1人でも対処しているので」
「その1人で対処の心配なんだけど……」
雲雀は容赦なく、男の股間を蹴りあげるからなぁ……。
なんか股間を蹴られて苦しむ男を想像したら鳥肌が……。と、尿意も迫ってきた。
「じゃあ行ってくる!」
「ごゆっくりどうぞ」
俺は急いでトイレへ。
前に3人くらい並んでいたが、このくらいならすぐに順番が回ってくるだろう。
順番が回ってきて、さっさと用を済ませる。
「さすがに水族館で雲雀をナンパする男なんていないよなぁ……。水族館はそういう場所じゃないし。……いや、ここはゲームの世界……。ゲームの世界といえば、やたらとナンパが多い!」
そんなことを思いながら、雲雀の待つ場所へ行くと……嫌な予感が当たった。
「ええ……まじかよ……。ん? でもナンパか……?」
視界には雲雀。そして……男女3組がいた。
雲雀に話しかけているのは、中でもブランド物を身に付け、いかにもお金持ちそうな金髪の男。
「雲雀ちゃん久しぶりじゃ〜ん!」
その男は、雲雀のことを知っている口調でいた。




