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06.ピクニックとかいう未知なるもの

 気持ちの良い風が、彼女の髪を揺らす。幸運なことに今日の空模様は晴天。空に浮かぶ太陽が、彼女の髪を美しく輝かせる。それに思わず見惚れた。

 この前買ったものだろう。花のコサージュがついた白いキャプリーヌハットが風に飛ばされないように、彼女が手で押さえた。

 アルフィーの助言通りに晩食の席で、帝都を巡るのとピクニックと、どちらが良いかを彼女に聞いた。結論を言うと、彼女はピクニックを選んだのだ。だから、こうしてアルフィーオススメのデートスポットとやらにやって来た。


「閣下、準備はよろしいですね?」

「言われなくても、上手くやりますよ。ピクニックで何をするのかは、頭に入れてきましたから」

「左様でございますか。しかし、本来ピクニックとは、そのような仰々しいものではございませんよ」


 エズラはそう言うが、体験したことのない未知のものに対する警戒と言えばいいのか。そういうものを感じるのは、人間の本能だと思う。しかも、今回は俺一人ではないのだから。

 ソワソワと落ち着かない彼女の後ろ姿を見ていると、俺まで落ち着かない心地になってくる。問題ない。事前に知識は頭に入れてきた。大丈夫だ。一週間前から調整して仕事は完璧に片付けてきた。邪魔が入ることはない。

 彼女もピクニック初心者だから、少しくらい可笑しくても誤魔化しきれるはずだ。そんな邪なことを考えていれば、彼女が不意に振り向いた。目が合って、バレる筈もないのに心臓が跳ねる。


「ありがとうございます、公爵様。その。こんな素敵な場所に連れてきて下さって」

「気に入ってくれたなら、良かったです」

「私、初めてのピクニックを公爵様と出来て……。そう。うれしいです」


 辿々しくもそう口にした彼女に、目を瞬く。誤魔化すとかは、やめよう。何となくだけど、彼女にそういうのは、駄目な気がした。


「俺も初めてなんです。ピクニック」

「え?」

「すみません。頼りなくて……」


 思わず、視線を下げる。あぁ、いやだな。彼女の顔が見れない。


 ――出来ないとは罪だ。何でも出来るようにしておきなさい。万が一にも弱みを見せるな。


 できる。何の問題もなく出来る筈なんだ。自信がないなんてことは、あってはならないのだから。


「公爵様の初めてのピクニックの相手が私で良いのかしら……」


 返ってきた言葉が想像していたものと違っていて、ノロノロと視線を彼女に戻した。ぐっと寄った眉間の皺は、不安の表れ。段々と見慣れてきた険しい顔に、俺は逆に安堵を覚える。


「いいです。貴女でうれしい」

「では、“一緒”ですね」


 彼女の声が少し浮わついた気がした。妙な心地になって、癖で手を頭に持っていきそうになる。しかし、「閣下!」というエズラの声にハッとして止めた。危ない。

 今日は特別念入りにやってくれたからな。背後からエズラの圧を感じて、やり場のなくなった手をそっと下ろす。不思議そうに見上げてくる彼女に、へらっと笑みを返した。


「もう少し行った所で、食事にしましょう」

「分かりました」


 彼女と隣り合って、歩き出す。興味津々に辺りを見ながら歩く彼女の姿に、確かにこれは楽しそうに見えなくはないなとケイレブの言葉に納得した。


「何か面白い物はありましたか」

「草木が青々と繁っていて美しいです。自然とは凄いのですね」


 想像していたものと少し違っていた。まぁ、本人は感動しているようなので、別に良いかと苦笑する。


「そうですね。春は心地好い」

「はい、とても」


 自分で言っておいて、春はこんなに心地好い気候だっただろうかとそんな事を考えた。淡々と流れていく毎日を不満に思ったことなどない。別に気付かなくとも支障はない些末な事だ。

 新芽が出始めた木々。足元に咲く名も知らぬ花。暖かい気温。晴れた空。春の匂いがする。そうか。今は、春なのか。


「見てください、公爵様」

「何ですか?」

「花がたくさん咲いています」

「これは……。話には聞いていましたが、壮観ですね」


 アルフィーがオススメする訳だ。ロマンチストの彼が好みそうな花畑に、あからさま過ぎないかと彼女の様子を窺う。

 彼女は花畑に目を奪われているらしかった。それに、ほっと息を吐き出す。どうやら、気に入ってはくれたようだ。それなら、良い。


「あそこの木陰で食事にしましょう。エズラ」

「畏まりました」


 エズラが手際よく準備をしてくれる。敷物に腰を降ろして、コックが今日のためにと腕によりをかけた昼食を楽しんだ。

 ここまでは完璧なはずだ。しかし、食事のあとにゆっくり歓談とは……。何を話すのが正解なのかよく分からない。どうするべきか。

 作物の収穫量が……。いや違うな。ワインの値段が……。これも違うな。侯爵家が新しい事業を始めたらし……。絶対に違うな。

 困って考え込んでいれば、彼女が「あの、公爵様」と声を掛けてきた。それに、助かったと返事をする。


「公爵様は、タバコを吸われるのですよね」

「はい? あぁ、はい。吸いますけど、よく知ってましたね」

「香りがしたので」

「……嫌ですか?」


 そんなに、匂うだろうか。自分では慣れすぎていて、よく分からないのだが。彼女の前では吸わないようにしていたけど、どうやら衣服に匂いが移ってしまっていたらしい。


「いえ、そのような事はありません。寧ろ、見てみたいです」

「はい??」


 彼女は何にでも興味を持つようだ。まるで純粋な幼子のように、じっと見つめられて少したじろぐ。どうしたものだろうか。

 そもそもマクダーリド伯爵は、煙草を吸わない人だったかな。いや、嗜好品は結構な値段がするから吸えなかったのかもしれない。彼女が煙草を見たことがなくても可笑しくは、ない、か?


「面白い物じゃありませんよ」

「駄目ですか?」

「駄目とかでは、ないですけど……」


 まぁ、会話に困っていたから良いか。丁度吸いたいと思っていたのもあって、パイプを取り出した。


「パイプタバコという物ですか?」

「そうです。最近は、シガーが人気ですけど」

「公爵様は、こちらの方がお好きなのですね」

「はい。パイプは様々な形の物があって、集めるのも楽しいんですよ」

「たくさん持っていらっしゃるのですか?」

「まぁ……。大体の物は揃ってます。邸にあるので見ますか?」

「はい、是非」


 こんな話が本当に面白いのだろうか。無理に合わせている……訳ではないな。彼女の様子を見るに、それは大丈夫そうだ。

 ボウルに煙草の葉を詰めて、火をつける。いつもの匂いが広がった。


「公爵様の香り」


 その言い方はちょっと……。どうなんだろうかと思いながらリップに口をつける。気恥ずかしさを誤魔化すように煙を燻らせた。


「ふしぎ……」


 上へ登って消えるパイプの煙を追いかけて、彼女は顔を上に向ける。引き寄せられるように煙に手を伸ばして、掴むような動きをした。まぁ……。煙が掴めるわけもないので、彼女の手には何も残らないのだが。

 不思議なのは貴女だと、言いたい気持ちを煙に混ぜて吐き出す。伯爵家で彼女が虐げられていたのは確実だろう。しかし、何かがおかしい。何がと聞かれると答えられないが。

 立ち入った話をするには、少々早すぎるだろう。いや、そもそもする必要などあるのか。別にそのような事を知らなくても問題なく暮らしていける筈だ。

 自分で面倒な方向に行こうとしている気がする。ぼんやりと彼女を見ていれば、目が合った。微かに首を傾げた彼女に、自然と眉尻が下がる。難しいな。

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