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04.デートの計画は難しい

 宮殿の庭にある東屋。ここは隅の方にあるため、なかなか人は来ない。俺の憩いの場。

 先程まで開かれていた会議を思い出して、深くパイプの煙を吸い込んだ。同じような事を何度も何度も何度も。堂々巡りで結局、碌に話が進まなかった。

 吸い込んだ煙に苛立ちを紛れ込ませて、吐き出す。あれ程までに、無駄な時間があるだろうか。まぁ、俺には関係ないことだ。どうせ、下らないことしか議題に上がらないのだから。

 そんな事よりも、俺にはもっと重要なことがある。何とかして、彼女の求めるモノを提供しなければならない。“愛”なんて目に見えないモノをどうやって差し出す?

 大体、そういう類いのモノが面倒で彼女と婚約したというのに。しかし彼女も、別にどうしてもとは言っていない。今朝だって、特に触れていなかった。

 このまま有耶無耶にしてしまおうか。彼女が文句を言うとは、どうしてか思えない。でも、本当に? 本当にそれで、良いのだろうか。


「ディラン!」


 大きな声が聞こえて、ハッと我に返る。顔を上げると、そこにはアルフィーの姿があった。


「どうかしたのか? そんなに考え込んで」

「え? 考え込んでました?」

「何度も声を掛けたんだぞ」

「それは、すみません。気付きませんでした」


 アルフィーは溜息を吐くと、俺の正面に腰掛ける。懐からシガーの入ったケースを取り出した。どうやら、アルフィーも一服するらしい。


「それで? 何かあったのか」

「ちょっと、会議の内容を」

「嘘を吐くな。あの程度の内容で、お前が頭を悩ませる訳ないだろう」

「そんな事ないです」

「どうだかな。お前が本気を出せば、もっと会議は進んだと思うぞ」

「買い被りですよ」


 一瞬アルフィーは呆れたような顔をしたが、直ぐに頭を軽く左右に振ってその表情を消した。代わりにシガーをくわえて、ふかし始める。


「結婚が嫌になったか」

「は!?」

「何だ。当たってしまったか?」

「いやいや、別に……。嫌にはなってませんよ」

「ほう?」

「……笑いません?」

「どうだろうな。約束は出来ないが」


 本当にアルフィーは素直な男だ。そこは、適当に合わせておけばいいのに。

 アルフィーに誤魔化しは利かないようなので、早々諦める。どこまで言おうかと、パイプのボウルを丸みに沿って親指で撫でる。


「実は……。二人で出掛けてみようかと」

「マクダーリド伯爵令嬢とか?」

「はい」

「ふぅん? どんな心境の変化だ?」

「いやぁ、婚姻前にお互いを少しでも知っておいた方がいいのかもしれないと思って」


 アルフィーが胡乱気に見てくる。その視線に、へらっと笑みを返した。


「まぁ、いいんじゃないか?」

「そう思います?」

「あぁ。正式な婚姻までに、すり合わせは必要だろうからな」

「ですよね……」


 やはり、放置するのは駄目だよなぁ。なんて、煙を吐き出す。出来れば“愛”以外のモノを提示してくれると有難いのだが。


 ――この程度で喜ぶな。お前は公爵家の後継。出来て当たり前なのだから。寧ろ、もっと上手くやりなさい。


 上手く。上手くやらないと。このくらい簡単に出来る筈だ。出来ないと可笑しいのだから。

 頭に激痛が走って、思わず呻きそうになる。それを眉間に皺を寄せて、耐えた。あぁ、情けない。駄目だ。出来る。本当に?


「おい。おい! ディラン!!」

「……え、あ、はい」

「デートの計画をそんな顔で考えるやつがどこにいる」


 眉根を寄せたアルフィーが、俺を真っ直ぐに見てくる。それに、目を瞬いた。


「どんな顔してました?」

「死にそうな顔だ」


 尚もズキズキと痛みを訴える頭を無視して、笑みを浮かべた。「いやぁ、難しくて」そう言いながら、頬を指で掻く。嘘は言っていない。


「もっと、単純に考えたらどうだ」

「と言うと?」

「彼女の喜びそうなことは?」

「分かりません」


 アルフィーは「そうだったな」と溜息を吐き出した。思案するように、バイオレット色の瞳が伏せられる。こんな事を一緒に悩んでくれるのは、アルフィーくらいだ。


「お金に物を言わせようかなと最初は思ったんですよ。人気のレストランにでも行って、ジュエリーでも買って」

「お前らしいな」

「でもねぇ。どうにも、彼女の喜ぶ顔が想像できなくて」

「どうしてだ」

「……いらないって言われたんです。何もいらないって」


 何のことか分かったようで、アルフィーは驚いたような顔をした。まぁ、貴族令嬢がドレスも宝石も欲しがらないなんて珍しいことだ。


「何も?」

「はい。あぁ、いや……。一つだけ欲しがりはしたんです、けど、ね」

「ならば、それを贈れば良いだろう」

「そんな簡単なモノではないんですよ。だって……。愛ですよ? 愛なんてどうやって贈るんですか」


 言ってしまった。気恥ずかしくて、こめかみを押さえる。アルフィーが堪えきれずに、くっくっと笑い出したのに口を引き結んだ。


「なるほどな? お前の一番、不得意な分野だ」

「笑わないって」

「言った記憶はない」

「そうでしたね」


 アルフィーは然も愉快だと言いたげに、口角を上げる。それに、溜息を吐いた。


「ふぅん……」

「何ですか?」

「そういうことなら特別に、とっておきのデートスポットを教えてやる」

「アルフィーのですか?」

「そうだ。下見に行ってみたが、かなり良かったぞ。因みに、ピクニックと舟遊びが楽しめる」

「ぴくにっく???」


 思ってもみなかった単語に、声が裏返った。キョトンと目を瞬く俺を見て、アルフィーが不安そうに眉尻を下げる。


「まさか、知らないのか?」

「意味は知ってます。実際にやったことはありませんけど」

「舟遊びは?」

「見たことはあります」

「じゃあ、この機会にやってみたらどうだ」

「ピクニックに舟遊びねぇ……」

「ゆっくり出来るぞ」


 アルフィーの言葉に、ゆっくり出来るのは魅力的だなと揺れる。最近、立て込んでいたから。しかし、俺の事など二の次だ。重要なのは、彼女が喜ぶかどうかなのだから。


「それって、楽しいんですか?」

「私は楽しいと思うがな」

「へぇ……」


 お金に物を言わせてのそれよりは、確かに彼女が喜びそうな気はする。実際は、やってみなければ分からないが。


「んー……」

「聞いてみたらどうだ」

「直接ですか?」

「その方が、確実だろう。驚かせたいのなら話は別だが」

「いえ、別に驚かせたいとかはないですね」

「ロマンの欠片もないな」


 俺にそんなモノを求められても困る。アルフィーはつまらなさそうに、シガーをふかす。俺もパイプを燻らせた。

 晩食の席で聞いてみようか。彼女のために出掛けるのだから、彼女のやりたい事を優先したい。何でもいいですとか言われたらどうしようか。まぁ、その時はその時で考えよう。


「ありがとうございます。アルフィーのお陰で何とかなりそうです」

「そうか。それは、良かった」


 そうと決まれば、早く帰ろう。会議の苛立ちも落ち着いたことであるし。頭は相変わらず痛いが、先程よりは和らいできた。


「そろそろ、帰ります」

「もうか? いつもより早いな」

「そうですか? 彼女に出来るだけ早目に帰ると約束したので」

「なるほどな。それは、良いことだ」

「何ですか、それ」

「気にするな。またな」

「……はい。では、また」


 アルフィーと別れて、歩き出す。二人で出掛けようと言えば、彼女はどんな顔をするかな。少しは、笑ってくれたりするだろうか。そんな事を考えた自分がらしくなくて、苦笑した。

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