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15.星流るる夜

 彼女と休憩を挟みながらも祭りを見て回っていれば、あっという間に日は傾き夕刻を迎えていた。こんなにも一日は短いものであったかな。

 街路に立つガス灯に点灯夫が明かりを灯している。それを見た街の人々も家の飾りに使っていたランタンに火を灯していった。

 この暖かく揺れるランタンの火は、流星の代わりにと灯し始めたものだ。流星群によって街が明るく照らされたからなどと理由は諸説ある。


「見てください、公爵様」


 楽しげな声に、ランタンの揺れる火に向けていた視線をフレヤへと移す。彼女が何かを指差していたので、それを辿って顔を上げた。

 使用人の誰かが飾りのランタンに火を灯していっているのか、次々に明かりが揺れだす。それに、周りから歓声が上がった。


「ええと、その……」

《綺麗~?》

「そう。とても、きれいですね」


 心底、そんな表現がしっくりくるだろうか。彼女の嬉しそうな声音とゆるりと咲いた笑みに、自然とこちらの目尻も下がる。


「そうですね」


 俺の声が情けなく揺れたのは、どうしてなのだろう。ただ……。そう、ただ不思議なだけだ。この時間に街の中から、公爵邸を見上げているのが。


「……」

「公爵様?」

「あなたに、見せたい景色があります」

「私にですか?」

「はい。あなたに、あなただから……」


 不自然に言葉を切った俺を、彼女は何も言わずに見上げる。こういう時ばかり、妖精達も何故か静かになるのだから。……困る。


「い、っしょに、一緒に見たい」


 何とかそれだけ絞り出す。どうにも不格好で決まらないことだ。


「――はい。私も見てみたいです」


 フレヤの弾むような声に安堵して、ほっと息を吐き出す。こんなにも緊張するような事ではない筈なのに。ままならない。


「では、行きましょうか」


 差し出した手に彼女の手が重なる。きっと大丈夫だ。フレヤが一緒ならば。

 俺が馬車に向かったので、そんなに遠いのかと彼女と妖精達は目を瞬いていた。馬車は真っ直ぐに公爵邸へと戻っていく。


《公爵邸へ向かってるね~》

《ねぇねぇ、ディランの様子が変よ》

《そっとしておいてやれ》

《人間は、弱いからね~》


 声を潜めるでもなく喋る妖精達に、苦笑する。弱い、か。その通りなのかもしれない。


《ね? ディ~ラン?》

「……そっとしておいてはくれないんですね?」

《女王様と一緒なんだよ~? 楽しませるための話術とか得意でしょ~?》

《ダメダメなのよ、ディランは。女性を楽しませる話術なんて、得意な筈ないわよ!》

《言ってやるな……。オレもミラが楽しめるような話題は分からんぞ》

《ミラを楽しませる必要ないじゃ~ん》

《なっ!? 何ですって!?》


 ミラがノアに飛びかかる。しかし、それをノアは軽い身のこなしで避けていた。

 クスクスと小馬鹿にするように、ノアが笑う。それに、ミラは顔を真っ赤にして怒る。レオは止めることはせずに、二人のやり取りを呆れたように見ているだけであった。


「相も変わらず愉快だなぁ」

「いつもこうです」

「おっと……。口から出てました?」


 本気で口に出すつもりはなかったが、敢えて意地悪く笑ってみせる。フレヤは一瞬きょとんとしたが、直ぐに可笑しそうに目を細めた。


「はい。出ていました」

「思わず本心が」

《愉快で何か悪いですか~?》

《そうよそうよ! 愉快に生きるのが一番よ!》


 ノアとミラの言葉に、レオはやれやれと首を左右に振る。それを見た二人は、標的を俺からレオへと変えた。

 馬車の天井付近をぐるぐると妖精達が飛び回っている。一気に騒がしくなった空間に、彼女と顔を見合わせ笑ってしまった。

 そうこうしている間に、馬車は公爵邸へと到着する。馬車を降りて彼女をエスコートしながら向かったのは、展望台になっている一角であった。


「このような場所があったのですね」

「えぇ、ここは……。祖父が祖母のために作らせた場所だそうです」

「公爵様のお祖父様が」

「祖母は体が弱かったそうで。祭りに参加出来ない代わりに、ここからの景色を二人で楽しんだのだとか」


 言い終わるタイミングで丁度よく柵まで辿り着く。眼前には首都アステリの街が広がった。

 夕闇の中にランタンや街灯の明かりが揺れている。それはまるで星空のようだと、俺自身は思っていた。


「まぁ……」


 暖かい色味を映した彼女の瞳が緩やかに弧を描く。それに、どうしようもなく胸が詰まった。


――つまらないよ。


 不意に聞こえた幼い声に、彼女とは逆隣へと顔を向ける。柵に両腕を乗せたいつかの俺が、独り泣きそうに景色を眺めていた。

 あぁ……。だから来たくなかった。いや、恐れていたのかもしれない。この場所には、苦く寂しい記憶しか存在していない。

 いつからだったかな。祭りの日を屋敷で引きこもって過ごすようになったのは。


「公爵様?」


 不思議そうに名を呼ばれ、取り繕うように笑みを張り付ける。彼女に戻した顔は、しっかりと笑えていただろうか。


「何でも、ありません」

「……そうですか?」

「はい。本当に。何でもないんです」


 今は、貴女が隣にいるから。


「綺麗な景色でしょう?」

「はい、とても」

「俺は……。よくここからこの景色を見ていました」


 それは、慰みだったのか。願いか祈りか。ぼんやりと滲んだ景色は、酷く美しく切ない。しかも、泣きそうになったというだけで父に叱責されるので、必死に我慢して隠したものだ。


「気に入って頂けましたか?」


 縋るような声音になったのは、ノアの言うように俺の弱さ故なのだろう。一人、向き合うことも出来ずに。こうして彼女を巻き込んだのも。

 フレヤは何を思ったのか。じっと俺を真っ直ぐに見上げる。見つめ返したナイルブルーの瞳が、ふっと優しい色を宿した。


「私は、この美しい光景を公爵様と一緒に見ることが出来て、その……っ。これ、これは、この気持ちは、何と呼ぶのが相応しいのでしょう。わたし、私は――」


 フレヤがもどかしそうに眉根を寄せる。あぁ、彼女も一緒だ。不馴れな感情の名をいつも探している。俺がもっと……。ちゃんと、出来れば。


《た~よりないなぁ! もう!》


 業を煮やして声を上げたのは、ノアだった。俺とフレヤの間に飛び込んできたノアに、驚きから二人して体を後ろに引く。


「の、ノア?」

《ディランはダメダメ~!!》

「ぐうの音も出ません」

《仕方がないから、助けてあげる~》


 自身に満ちた顔を向けられ、思わず目を瞬く。何をする気なのかと目で問うたが、答えは返ってこなかった。


《レオ~、ミラ~、準備は~?》

《はいはーい! いつでも大丈夫よ!》

《こちらも問題ない》


 戸惑ったようにフレヤがオロオロとする。彼女もノア達が何をする気なのか知らないようだ。


《ゆ~め夢現~。妖精の幻を人間は奇跡なんてお綺麗に呼ぶのさ~》


 ノアはまるで歌うようにそう言うと、両腕を広げた。瞬間、夜空に眩い光の線が走る。それは、途切れることなく幾重にも降り注ぎ、夜空を明るく彩った。


「流星、群……?」


 最初に浮かんだのは、否定の言葉。しかし、隣の彼女が嬉しそうな声を上げたことによって、それはいとも容易く掻き消える。

 ノアの言う通り、まるで夢現。俺自身も目の前の光景に、感嘆の息しか出てはこなかった。


「凄いわ、ノア。どうなっているの?」

《妖精が沢山集まれば、これくらいはね~。出来ちゃうのさ。因みに、首都にいる人間全員に見えてるよ~》

「本当に凄いですね」

《ふふんっ! そうだろ~》


 ノアは得意気に宙返りして見せる。他の妖精に指示でも出していたのか、散り散りになっていたレオとミラもこちらへ寄ってきた。


《星流祭の由来だろう?》

《そうよそうよ! 最後はこうでなくちゃ!》

《女王様が見たがってたからね~》

「ありがとう、皆」

「今年の祭りは歴史に残りますね」

《人間は語り継ぐのが好きだよね~》


 理解できないと言いたげにノアが肩を竦める。それに、苦笑を返しておいた。やはり妖精は長命なのだろうか。語り継がなれば、直ぐに忘れ去られ消えてしまうのが人間だ。


「すてき……」


 フレヤが夜空に向かって手を伸ばした。まるで掴むような動きをしたが、流星を掴める筈もなく。握られた手の中には何もないのに、それでも嬉しそうに頬を緩めた。

 目を奪われるとは、こういうことを言うのか。そんな事を頭が冷静に考えた。流星群がぼやけてフレヤが鮮明に映る。


「綺麗だ……」


 思わず口から出たそれに、フレヤの視線がこちらを向いた。そよ風が彼女の髪を揺らすのが、やけにゆっくりに見えて。


《ぎゅぎゅっと!! するのよ!!》

《ミラ~?》

《ぴえっ!?》

《断る!!》

《まだ、何も――。じゃなくて! ろま、ロマンチックじゃない! 抱き締め合うべきよ!!》


 なるほど。一般論として、ロマンチックではあるだろう。抱き締め合う“べき”かどうかは、甚だ疑問に感じるが。


「ええと……?」


 フレヤは困ったように小首を傾げる。それに、ノアとレオが反対するように首を左右に振った。


《何よ何よ! ディランも男ならガッといきなさいよ!》

「許可なく女性に触れるのはどうかと」

《紳士なのね!?》


 ミラは納得してくれたのか、それ以上は何も言わなかった。それに、やれやれと溜息を吐く。


「では、あの、許可があれば良いのでしょうか?」

「……はい?」


 至極真剣に落とされたフレヤの言葉の意味を上手く処理できずに、妙な間が空いてしまった。そんな俺の胸中など知る由もない彼女は、逡巡するように手をさ迷わせたあと、おずおずと俺の手を握る。

 彼女が俯いたため俺からは表情が窺えなくなってしまった。まるで幼子がするような繋ぎ方がどうにも気恥ずかしい。しかし、ここは握り返すのが正解なのだろう。

 慣れないそれに、こちらも恐る恐るの動きになる。そもそも、本当にそれが正解なのか。自分の都合の良いように考えてるだけでは……。

 そんな一抹の不安を抱えながらも彼女の小さな手を握り返した。それに、フレヤの顔がパッとこちらを向く。

 照れたように、けれど心底嬉しそうに、フレヤがふわっと笑んだ。それにどうしてか眉尻が勝手に下がる。しかし、嘘偽りのない素直な感情のままに、俺も笑みを浮かべたのだった。

ブックマーク、評価、ありがとうございます!

このお話楽しんで頂けてるんだなぁと“いいね”がつくたびに喜んでおります。

誤字脱字もご報告有り難いです。どこかに必ずあるのなんとかしたいですね……。


これにて、第二章は終了となります。第三章開始まで、少々お待ちくださればと思います。

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