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08.妖精女王の祝福

 暗い。


――祭りに行きたい? 勝手にしなさい。


『あの、父上も一緒に』


――私がそんなに暇に見えるのか?


『いいえ、ごめんなさい』


 寒い。


――星流祭? いいわよ、好きになさい。


『母上は、回らないのですか?』


――当たり前でしょう。挨拶に顔を出したら帰るわ。つまらないもの。


『そうですか』


 痛い。


『……ははっ』


 期待とは、なんと無駄な感情なのだろう。


『くだらない』


――公爵様。


『……?』


 耳に心地よい声がする。


「大丈夫よ。きっと、ね? ……いいの」


 誰かが会話をしているのだろうか。分からない。夢か現か。俺は今、何処で何をしていたんだったか。


「心配しないで、ノア」


 ノア? 知らない名前に疑問符を浮かべる。


「公爵様に祝福を。どうか……。泣いてくださってよろしいのよ」


 どこまでも暖かい手に頭を撫でられたような気がした。


《おはよ~。朝だよ~》

《寝坊だぞ》

《そうよそうよ。そろそろ起きた方がいいわ》

「んんっ」


 何やら騒がしい。聞き慣れない声が微睡みから無理やり意識を引きずり出す。それに、瞼を開けた。

 いつの間に寝ていたのか。椅子に座ったままベッドに伏す体勢で眠っていたようだ。ブランケットを掛けてくれたのは、エズラかケイレブか。

 緩慢に上体を起き上がらせると、体が少しの痛みを訴える。その割には、熟睡していたようだ。頭が妙にスッキリとしていた。

 ぼんやりと瞬きを繰り返しながら、状況を把握する。部屋が薄明るい。最後の記憶は闇夜だったから、眠っている間に夜は明けてしまったらしい。


「フレヤ……」


 彼女は何も変わらず、ベッドの中で眠っていた。規則正しい呼吸音に、ほっと安堵する。

 いったい彼女の身に何が起こっているのか。昨日のあの光は何だったのだろう。分からないことが多すぎる。


「俺は、どうすればいいですか」


 何でもするから。だから、どうか目を開けて。祈るように彼女の頬に触れる。そのまま指の背でゆるく撫でた。


《別にどうもしなくていいよ~》


 おっとりとした口調だった。幼い男の子のような声音が耳朶に触れて、目を丸める。この邸にいる筈もない類いのそれに、音の出所へと顔を向けた。

 俺の右側、斜め上。宙に浮くそれの黄緑色の瞳と目が合った。


「な、ん……っ!?」


 得体の知れないそれに、本能だろうか。危険を感じた体は立ち上がり、またしても椅子が倒れる。自然にそれと彼女との間に立ち塞がっていた。

 一気に目が覚める。何だ、これ。


《寝坊助ディランは寝惚けてる~》

《止めてやれ。当然の反応だろう》

《そうねそうね。説明してあげないとね》

「増え、た……?」

《最初からいたぞ》

《あらあら、やっぱり寝惚けてるの?》

《ひとまず座りなよ~》


 その声と共に、倒れていた椅子がふわりと浮き上がる。そして、何事もなかったかのように元通りとなった。


《ん~? 座らないの~?》

「いや……」

《まぁ、いいけど。ボクはノア~》


 俺を置いてきぼりにして、マイペースに自己紹介を始めたそれに眉根を寄せる。ノア。ノア? 何処かで聞いたような。


《オレはレオ》

《上から読んでも下から読んでも~》

《無視してくれていいぞ》

《そうそう。ワタシはミラよ》

《あぁ、そっか~。分かった。ボクらは君たちが妖精と呼ぶ存在だよ~》

「ようせい……。妖精!?」


 思ってもみなかった言葉に、声が裏返った。それに、ノアと名乗ったそれは可笑しそうに目を細める。


《不思議だね~。どうして急に見えるようになったんだろうね~》

《どう? どう? びっくりした?》


 クスクスと笑いながら、楽しそうにノアとミラが俺の周りを飛ぶ。それにレオは呆れたような溜息を吐き出した。


《妖精とはこういう状況が好物なんだ》

「あー……。なる、ほど?」

《む? 誰か来たな》

《たいへ~ん。ボクらのことが見えるようになったのは、ディランだけだからね~?》

「え?」

《誰にも言っちゃダメ》


 直前までのゆるいノアの声音が一変して、低くなる。急に空気が緊張感で満ちた。何処か値踏みするような視線を正面から受ける。

 瞬間、扉がノックされた。


「旦那様。何かございましたか?」


 気遣わしげなケイレブの声が扉を挟んだ向こう側から聞こえてくる。それに、現実離れしたこの状況の異常さが強調されたような感覚がした。

 ゆっくりと息を吐き出す。平静を装うことには慣れている。何事もなかったかのように、椅子に腰掛けた。


「問題ない」

「左様でございますか」

「医者を」

「畏まりました」


 手短にケイレブとの会話を終わらせる。自称妖精達はそれぞれ顔を見合わせると、何処か納得したような表情を浮かべた。


《まぁ、いっか~》


 ノアの飄々とした声は、何を考えているのか掴みにくい。視線だけでノアを追っていれば、それに気づいているのかいないのか。特に気にした様子もない顔で、ノアは俺の前で止まった。


《ディランはさ~。祝福を受けたんだよ。我らが女王様の》

「祝福?」

《そう。ディランで二人目のはず~。たぶんね~》


 随分と曖昧な情報だな。しかし、情報源が彼しかいないため口を挟むのは止めておく。

 それに、ノアの言うことが正しいのだとすれば、端から見た俺は虚空に話し掛けているように見えるということだ。なるべく声は出さない方がいいだろう。


《祝福って言っても、そんな大層なモノじゃない。ボクらが見えるようになるくらいで~》

「大層ですよ」

《人間にとってはそうかもね~。で? どうする?》

「……?」

《女王様を国に売る?》


 六つの瞳が、静かに俺をじっと見つめた。ノアは誰が女王であるのかは口にしていない。しかし、状況から判断して女王の正体は一目瞭然であった。


「俺が、愛国心のある男に見えます?」

《まぁ……。愛妻家にも見えないけど~》


 頗る軽く明るい声音で落とされた言葉は、俺の心を的確に抉ってくるのだから凄い。


《オレらは、普通に怒ってるからな?》

《そうよそうよ。女王様は心配してたのに!》

「それは、本当に。俺が悪いので……」

《あはは~。とはいえ、女王様も口下手っていうか、ぶきっちょというか~》

《まだまだ手探り。経験が乏しいからな》

《そうねそうね。上手く丸め込めなかったわね》

《でも、ディランもあ~んなに怒鳴らなくてもいいのにね~》


 責めるような視線をしっかりと受け止める。何も反論しない俺を見て、ノアは小馬鹿にしたようにクスクスと嗤った。


《だめだめ~》

《ほんとほんと、だめよね~》

《今回は同意する他ないな》


 ミラとレオがうんうんと頷くのに、眉尻を下げる。居心地の悪さに髪を乱した。


《む、ケイレブが戻ってきたな》


 レオがそう言った直後、扉がノックされる。医者を連れてケイレブが部屋へと入ってきた。


《医者が困ってる~》

《まぁ、本気で急に大きな力を使ったために眠っているだけだからな》

《そうねそうね。治癒の魔法に加えて、祝福まで授けちゃったもの》

《そのうち起きるからさ~。誰も怒っちゃダ~メだよ》


 ノアに態とらしく顔を覗き込まれる。これに反応を返さないというのは、何とも難しい話で。フレヤはどうやっていたんだ。慣れなのか。


「旦那様?」

「……何でもないです。それで?」


 形式的に結果は聞いておく。医者が申し訳ないという顔をしたので、怪しくならない程度に表情を作りつつ気に病む必要はないと伝えた。


《女王様もこれくらい出来ればな》

《無理だよ~。素直な人間じゃないと、ボクらの女王には選ばれないのさ~》

《何それ何それ、初耳よ》

《そうだっけ~? 言ったような言わないような~》

《ちょっともう! 言ってないわよ!》


 妖精達の中でも上下があるのだろうか。感覚的にノアが一番上であるように感じた。

 このまま彼女の側にいるつもりであったが、ケイレブに朝食をと懇願されてしまっては頷かざるを得ない。昨日は結局、晩食を抜いたからな。

 後ろ髪を引かれて、扉を出る前に彼女に視線を遣る。ノアが満面の笑みで手を振っていて、何ともいえない気持ちになった。

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