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妖精女王は愛をご所望~「愛する必要はありません」と言ったのは俺なのに~  作者: 雨花 まる
二章:夏

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06.ラトラネス公爵領

 役人達と話し合った結果、予算案を見直すこととなった。それに伴って会場を実際に見ながら様々な意見が欲しいと俺が言えば、役人達は大層驚いていた。まぁ、それがどういった類いの驚きなのかは知らないが。

 そして迎えた視察当日。公爵領の首都アステリ、その中心にある広場が祭りの主な会場になる。祖父の代、王女殿下との婚姻を祝して造られた噴水が広場の象徴となっている。

 随分と、集まったな。意見がある者は参加してくれと言ったのは俺だが、ここまでの人数が集まるとは想定外であった。


「皆、おはよう。今日はよろしくね」

「おはようございます、閣下!」

「早速ですが、会場の設営についての」

「いえいえ、警備についての」


 どうやら俺の想像以上に、年々増える来客者への対応は深刻だったようだ。特に去年は跳ね上がっていたので、現場の者達は苦労したのだろう。

 何としてでも改善して貰わねばという気迫を感じた。我先にと差し出される書類の束は改善点をまとめてあるのだろうとは思うが。

 受け取る前に押し合いで流されていく。見かねて、俺と担当者達の間にエズラが割って入った。


「どうか皆さん、冷静に。順次、確認して頂きますので」

「も、申し訳ありません」

「こんな機会、滅多にありませんので……」


 エズラの冷静な声音に我に返ったのか、場が一気に落ち着く。反省したように、担当者達は少し後ろに下がった。


「やる気があるのは、良いことですから。皆で協力して、今年の祭りも楽しいものにしましょう」


 俺の言葉に、担当者達が顔を見合わせている。大方、どういう風の吹き回しなのかとでも思っているのだろう。まぁ、俺も同じ立場ならそうなる。


「そうだな。まずは、設営について聞きます」

「は、はい! よろしくお願い致します!」


 担当者が前に出てくる。受け取った書類にさっと目を通した。なるほど、よく出来ている。一つ頷いた俺に、担当者がほっとしたのが分かった。

 現場の者達の意見は、即採用のものもあれば要検討、実現不可能なものまで。様々で興味深く面白いものであった。


「これは検討、こちらは不可」

「うぐぅ……」

「次の会議までにより詳細に詰めておいてください」

「承知いたしました」

「よろしく頼むよ。では、次」

「はい!」


 最初は緊張感や硬い雰囲気が漂っていたが、時間が経つにつれ段々と慣れてきたようだ。担当者同士でも意見の交換が繰り広げられている。

 ふと視界の端で見慣れたスカイブルーが揺れた気がして、顔を書類から上げた。そんな筈はない。彼女は今日も邸にいるのだから。

 視線を向けた先には、シンプルでありながら仕立ての良いワンピースを着た女性が立っていた。花のコサージュがワンポイントについたボンネットから見える後ろで一つに編み込まれた髪は、やはり見間違いではなく透けるようなスカイブルーであった。

 俺の視線に気づいたのだろうか。女性がこちらに振り返る。目が合って、彼女のナイルブルーの瞳が驚きからか丸まった。

 勿論、衝撃を受けたのは俺も同じで。脳からの指示が可笑しくなったのか、手から書類が全て滑り落ちていく。


「閣下!?」


 担当者の声に、はっと我に返る。しかし、時既に遅し。書類は全て落ちた後であった。


「どうされたのですか?」

「あー……。エズラ、俺の目がおかしくなったということは?」

「……?」


 エズラが怪訝そうに眉根を寄せる。俺の視線を辿ったのか、微かに肩を揺らした。


「ありませんね」

「ですよねぇ……」

「この場はお任せください」

「いや……」

「よろしいのですか?」


 良いわけがない。逡巡の末、「頼みます」とだけエズラに伝えて彼女に駆け寄った。あからさまに狼狽した彼女は、しかし観念したのか逃げることはしなかった。


「公爵様……」

「この状況の説明はしてくれますよね?」


 彼女の後ろに控えていたメイドに視線を遣る。メイドも私服を着ているのを見るに、お忍びで街へ出たのだろう。


「申し訳ありません」

「えっ、待ってください。ウィロウは悪くありません。私がワガママを言ったのですから」

「どうして?」

「その……。公爵領のことは勉強してきたのですが、実際に自分の目でも見てみたくて」


 気まずそうに、彼女の視線が下がっていく。この行為が悪いことだと考えたのか、「申し訳ありませんでした」と彼女は沈んだ声を出した。

 どうにも怒りにくい。しかし、護衛もつけずに街に出るのは感心しない。何より、俺はそんな話を聞いていないのだ。それが……。これは、何と表現するのが適当だろうか。


「護衛は?」

「勿論、つけております。あちらに一人、そこにも一人、更にもう一人」


 メイドのウィロウが、手で差した所から護衛が顔だけ覗かせる。なるほど。どうやら一定の距離を保ちながら護衛が彼女のことを守っているらしい。まぁ、メイジーやケイレブがいるのだから当然と言えば当然か。


「それに、ウィロウは護身術を習っていたそうです。ですので、みんなを怒らないでください」


 使用人達との信頼関係があるのは、とても喜ばしいことだ。しかし、何故なのか。必死に庇われている使用人達が……。気に食わない。

 頭に浮かんだ言葉が、思いも寄らない感情で。思わず目を丸めてしまう。形にするべきではなかった。


「公爵様?」

「いえ……。そう、ですね。いや、あー……」


 情けなく口ごもる俺に、フレヤは不思議そうに目を瞬いた。自然と頭に手がいったが、「旦那様!」というウィロウの呼び掛けに止める。外出先で髪を乱すのは、不味いな。


「ウィロウが護身術を習っていたとは知りませんでした」

「……生きていくのに役立ちそうなものは、一通り手をつけましたので」


 ウィロウ・サリニカン。子爵家の三女で、二十一歳。婚約者が見つからずに困り果てた両親が、行儀見習いに出したいと奔走していた。まぁ、要は厄介払いだ。

 しかし、どこも受け入れてはくれなかったらしい。俺の所まで話が回ってきたので、余裕のあった公爵家で受け入れることにしたのはつい先日のこと。

 どうしたものかと、溜息を吐き出す。それに、彼女が不安そうな表情を浮かべた。


「まぁ、街に出るのに俺の許可が必要な訳ではない、です、けど……」

「はい」

「出来れば一声かけてくれると。……安心ではあります」


 そうだ。よくよく考えれば、母は父にそんな報告はしていなかった。俺だって彼女を非難できるほど、事細かに行動を伝えている訳ではない。

 これは、何だろうな。俺だけ除け者にされたようで、不満なのかもしれない。そのような子供じみた感情に振り回されて、みっともないことだ。


「分かりました」

「……え、」

「秘密はなしとお約束しましたものね」


 納得したように彼女が頷く。それに、妙な罪悪感が湧き上がった。これはきっと、良くない。

 それにしても、フレヤは素直すぎる。まるで大切に守られて育った箱入り娘のようだ。どうしてなのだろうか。


「違うんです。いや、違わないのか」

「……?」

「帝都では、敷地内で過ごしていたでしょう? ですから、そう。驚いただけです」


 きっと彼女が街に出ることなどないと思い込んでいた。帝都の盛り場に出掛けた時は、あれほど緊張していたのだから。


「ラトラネス公爵領は、治安がとてもいいと習いました。特に首都アステリは」

「それは、まぁ……」

「あと、練習です」

「……はい?」


 彼女がぐっと両拳を握る。心なしかキリッとした顔に見えた。


「公爵様とお祭りを回ると約束しましたから。人波に慣れておこうかと」

「なる、ほど?」

「少しその……。道を譲りすぎて、ウィロウに迷惑を掛けてしまいました。でも、最初だけです。本番は大丈夫だと」

「迷惑などとは」

「そう?」


 今日はまだ、そこまで人が多いわけではないと思うのだが。道を譲りすぎて進めなくなるとは。オロオロとする彼女が浮かんで、眉尻を下げた。


「心配入りませんよ。本番は俺がエスコートしますから」

「そうですか?」

「えぇ、勿論。それで? 今日の買い物は、楽しめましたか?」


 ウィロウが持つ荷物に視線を遣る。俺に釣られるように、彼女もそちらに顔を向けた。そして、分かりやすく表情を明るくさせる。


「はい、とても」

「それは良かった」

「素敵に飾り付けますので、お任せください」


 ふわっと笑んだ彼女の言葉に、買い物の内容を把握する。どうやら、祭りの飾りを買いに出たらしい。相変わらず、自分の物は欲しがらないのか。まぁ、彼女が満足したのならそれで。


「楽しみにしています」


 諦め手放した感情は、忘れたい記憶と共にある。向き合うには、少しの痛みを伴うのかもしれなかった。

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