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01.恋とか愛とか不必要

 豪勢を詰め込んだようなきらびやかな会場が俺は苦手だ。

 令嬢達の色鮮やかなドレスに、貴族達のギラギラとした装飾品の数々。色が多過ぎてクラクラとする。

 それでも、それを悟らせないように常時顔には笑みを浮かべていなければならない。舐められないように。足元をすくわれぬように。

 社交界は生易しい場所ではない。腹の探り合い。足の引っ張り合い。醜悪で欲深。皆、本性を隠して笑うのだ。

 シャンデリアの光にうんざりして、休憩室へと向かった。その途中でアルフィーに捕まったために、二人で休憩室へと入る。彼はティロンニ侯爵家の長男で、唯一信頼している男だ。

 机を挟んで向かい合っているソファーにそれぞれ座り、煙草を取り出す。俺はパイプを。アルフィーはシガーを。それぞれ用意して、マッチで火をつけた。

 リップに口を付けて、煙を吸い込む。この時間が、一番落ち着くな。ぼんやりと吐き出した煙の行き先を眺めていれば、アルフィーが声を掛けてきた。


「シガーに乗りかえる気は起きないのか?」

「起きませんねぇ。俺は、パイプ一筋なんで」

「時代はシガーだぞ」

「そうですか? パイプの人もまだまだ多いと思いますけど」


 シガーをふかすアルフィーは、様になっている。バイオレット色の瞳が諦めたように逸らされた。次いで、アルフィーは綺麗なシルバーの髪を横に撫で付ける。

 シガーも嫌いじゃなかったけど……。俺はパイプの様々なブレンドを楽しみたい派なんで。


「アルフィーは、結婚相手を決めました?」

「急に何だ?」

「いやぁ……。周りがね。煩いんですよ」

「あぁ、なるほどな。私はまだだ。まだ、運命の人には出会えていない」

「その顔で運命の人とか」

「悪いか?」

「いえ、まったく」


 そうだった。こういった類いの話をこの男に相談しても無意味だった。

 アルフィーは厳格そうな見た目に反して、ロマンチストだ。小さな頃から二十三歳になった今現在も運命の人とやらを探し続けているらしい。

 俺はと言うと、そんなモノとは縁遠い人間である。恋とか愛とか不必要。そんなモノなくても生きていける。

 しかし、俺はこれでも名門ラトラネス公爵家の当主だ。両親は事故で俺が十八の年に亡くなった。その日から、俺がラトラネス公爵を継いだのだ。

 俺もアルフィーと同じ二十三歳。今年で二十四になる。そろそろ身を固めろと周りが口煩く言ってくるようになった。煩わしいが、無下にも出来ない。後継が必要なのは、事実だ。

 とは言っても、結婚に愛などいるのだろうか。答えは、否だ。政略結婚にそんなモノは不必要だと俺は考える。

 気付けば、パイプのボウルの外側を親指で撫でていた。考え事をする時の癖が出てしまったらしい。これがあるから、パイプを手放せないのもある。


「何処かに、いませんかねぇ。俺と政略結婚してくれる人」

「恋をしてみたいと思わないのか」

「恋ねぇ……。想像出来ません」

「なら、公爵家と婚姻を結びたい者などごまんといるだろう」

「面倒なのは嫌です。お金で解決したい」

「まったくお前は……。そんな事を言っていると、妖精に悪戯されるぞ」


 出た。妖精。この帝国では、悪いことをすると昔からそう言われる。妖精に悪戯されるぞ。悪戯と言っても、そんな可愛らしいものではない。妖精基準の悪戯は、人間には少々刺激が強いことが往々にしてある。

 まぁ、俺はお目にかかった事はないが。そもそも“妖精”など存在するのかすら怪しい。正直、俺は信じていなかったりする。

 しかし、ここベネフェアルーシス帝国は妖精によって栄えた国だと言われている。なので、信じていないなどと口が裂けても言ってはならないのだ。


「妖精って、何処で見れるんですかね」

「さぁな。妖精の声を聞いた。実際に悪戯された。そんな話は帝国内でいくらでも聞くが、姿を見た者はいないそうだからな」

「へぇ……」

「そもそも妖精の姿を見ることが出来るのは、女王だけだと言われている」

「そうでした。妖精の女王ねぇ」


 何故か、その女王は人間として産まれてくるらしい。妖精が暴走しないように。人間と共存できるように。様々な説が提唱されているが、真相は分かっていない。女王が人前に現れたことはないからだ。


「お目にかかってみたいですね」


 本当に存在するのなら。

 その言葉は、吐き出した煙に隠しておいた。


 本音を言えば、ずっと休憩室に籠っていたいが、そうもいかないのが現実だ。アルフィーと共に、再びきらびやかな会場へと戻ってくる。

 今日は舞踏会ということもあり、令嬢達の視線が痛い。目を合わせるとダンスに誘わなければいけなくなるので、気づかないふりでワイングラスを手に取った。


「政略結婚の相手は探さなくていいのか?」

「気乗りしません」

「今日も熱烈な視線だぞ? シャーロット嬢」


 その名前に、うんざりして溜息を吐き出す。

 シャーロット・マクダーリド。マクダーリド伯爵と後妻との間に産まれた子ども。しかし、後妻であるジュリア・マクダーリド伯爵夫人がその座についた時には、既にこの世に産まれていたというのだから。呆れる。

 つまりは、元婚外子だ。まぁ、もう婚姻は結んでいるので、その辺は有耶無耶だが。しかも後妻は子爵家の長女。有耶無耶が正解なのかもしれない。

 伯爵家ならば、政略結婚の相手として不足はない。ないが、どうにも派手で全てにおいて面倒そうなのが滲み出ている。はっきり言って、ごめん被りたい。


「シャーロット嬢は人気だぞ」

「顔がですか?」

「失礼な奴だな。甘え上手で云々かんぬん」

「アルフィーも興味ないじゃないですか」

「私の運命の人ではないからな」

「そーですかー」


 確か、マクダーリド伯爵家は困窮していると聞いたけど。シャーロット嬢の服装からは、そういったことは感じられない。娘を甘やかすのも大概にしておいた方がいいのでは?

 まぁ、俺には関係ない事だ。そこまで考えて、ふと思い出す。そう言えばマクダーリド伯爵家には、もう一人ご令嬢がいた筈だと。

 あれは、何年前のデビュタントだったか。最近の話ではあったはず。伯爵にもシャーロット嬢にも似ていない。美しい人形のようなご令嬢だった。

 俺はその時、初めてそのご令嬢の存在を知った。リグトフォスト辺境伯とそのご令嬢が話しているのを見て、後で辺境伯に聞いたら孫だと教えてくれたのだった。

 言われてみれば、リグトフォスト辺境伯爵家の血筋特有の透けるようなスカイブルーの髪色をしていた。真っ直ぐに伸びた髪が、歩く度にサラサラと揺れるのが酷く綺麗だった。

 しかし、筋骨隆々なリグトフォスト辺境伯爵家の血筋とは思えないほど華奢に見えた。まぁ、辺境伯とその息子が逞しすぎるだけかもしれないが。


「アルフィー」

「何だ?」

「見つけました。政略結婚の相手」

「は?」


 リグトフォスト辺境伯爵家の血筋なら、子爵家との間に産まれたシャーロット嬢よりも断然にいい。

 そして、マクダーリド伯爵家は困窮している。お金をちらつかせれば、婚姻は簡単に結べそうだ。

 そうと決まれば、善は急げ。俺はマクダーリド伯爵を探して、視線を巡らせる。比較的すぐに見つけることが出来た。


「マクダーリド伯爵」

「これは、ラトラネス公爵。どうされましたか?」

「マクダーリド伯爵家のご令嬢に婚約者はいますか?」

「はい? え、えぇ、シャーロットに婚約者はおりませんが」

「違いますよ。もう一人のご令嬢です。いますよね? 長女が」

「……え?」


 マクダーリド伯爵の顔色があからさまに変わる。触れられたくない部分だったようだ。まぁ、前妻との間に産まれた子どもだからな。


「あ、あぁ、フレヤのことですか?」

「そうです、フレヤ嬢」

「婚約者はおりませんが、フレヤはその……。不出来な娘で、到底嫁になど」

「そうですかね。デビュタントでは、普通に見えましたけど」


 マクダーリド伯爵の目があからさまに泳ぐ。なるほど。どうやらデビュタント以外で一切姿を見ないのは、箱入り娘で大切にしているからとかではないらしい。

 ならば、彼女もマクダーリド伯爵家から出たいことだろう。好きに出来るお金もなく、肩身の狭い思いをしているのなら、それこそお金で全て解決出来るかもしれない。好きな物を与えれば、面倒な事にはならなさそうだ。


「シャーロットの方がよろしいかと」

「いえいえ、是非フレヤ嬢と婚姻を結びたいと考えているんですよ」

「な、なぜ、フレヤと」

「だって、リグトフォスト辺境伯のお孫さんですよね」

「そ、れは……」


 何故か渋るマクダーリド伯爵に、こちらは笑みを浮かべる。人当たりの良さそうな。無害そうな笑みを意識して。


「結納金は沢山、用意しますよ」

「え!?」

「淑女教育などは、こちらで何とでもなるので。気にしないでください」


 お金の話が出た途端に、マクダーリド伯爵の目の色が変わる。分かりやすい人だな。


「直ぐにでも、ラトラネス公爵家へお願いしますね。婚礼までは婚約者として、公爵家で勉強してもらいますから」

「は、はい。分かりました」

「あっ、先に書類を揃えないとか。まぁ、こちらに任せてください。では、失礼しますね」

「失礼、いたします」


 これで、周りの煩わしい声から解放される。やはり恋とか愛とか、そんなモノなくても生きていける。

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