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02.夏の星流祭

 今日のアフターディナーティーの紅茶は、グレシード公爵に頂いたもの。お菓子は紅茶に合うようにと、ケイレブが用意したカヌレだ。

 ティーカップを持ち上げた腕が、痛みを訴える。俺は良いと言ったのだが、呼ばれた医者曰く「運動不足でしょう」とのことだ。まぁ、それ以外にないだろう。


「筋肉痛のお加減は如何ですか?」

「……大分、いいですよ」


 彼女も同じことを考えていたらしい。情けなさから、視線を逸らしてしまった。日頃から、適度に体は動かしておくべきだな。


「それは、良かったです。私もダンスの練習を始めた時は大変でした」

「待ってください。そんな話は初耳ですよ!?」

「公爵様のお耳に入れるようなことではないかと思いまして」


 彼女が反応に困ったように、眉尻を微かに下げる。報告にも上がってきていないということは、皆フレヤの味方をしたということか。それとも……。


――いちいち、そのような事の報告は不要だ。命に関わらないのならば、どうでもいい。


――体調を崩した? あの人もそんなことになるのね。まぁ、大丈夫でしょ。


 両親共に、相手のことなど興味がなかったからな。それに邸の者達は、俺が婚約にやる気の欠片もなかったのを知っている。

 メイジーはメイド長だ。やるべき仕事は多いため、彼女に付きっきりという訳にもいかないだろう。さて、この件に関わったメイドは誰なのか。


「あの……」

「はい、何ですか?」

「私が大丈夫だと言ったのです。お医者様をお呼びするほどではないと」


 つまりは、医者も呼んでいないと。まぁ、流石に医者を呼べば、メイジーかケイレブの耳には入るだろうから。それはそうか。


「そういう時は、遠慮せずに言ってください」

「その……」

「じゃあ、俺も秘密にしようかな。いいですか?」

「それは……いや、です」


 言い慣れない言葉を口にするような辿々しい声音とは裏腹に、俺を見つめる彼女の瞳はどこまでも真っ直ぐで。

 今回の件を彼女に言うつもりなどは別になく、医者を呼んだためにたまたま伝わっただけだというのに。我ながら、何とも……。


「分かりました。ちゃんと言います」

「約束ですよ」


 彼女がしっかりと頷くのを確認して、ほっと息を吐く。途端に、胸中を渦巻いていたモヤモヤとした何かが晴れていく感覚がした。


「なんだ……?」

「……?」

「あぁ、いえ、何でも。そうだ。その時に、使用人が何か言ったりしませんでしたか?」

「……いいえ」

「本当に?」

「勿論です」


 嘘か真か。彼女のそれを見抜く術を俺はまだ持ち合わせていない。やはり、アルフィーに相談するべきか。

 優雅に紅茶を飲む彼女を盗み見る。微かに伏せられた瞳には、何の感情も乗っていないように感じた。本当に何もなかったということだろうか。


「あの、公爵様。領地のお祭りについて教えて頂けるというお話でした」


 ティーカップを置いた彼女が、一変してソワソワとした雰囲気になる。それに思わず、キョトンと目を瞬いてしまった。


「公爵様?」

「あぁ、はい。そうでしたね」

「そうでした」


 フローレンス嬢のお茶会を断わる口実にした領地での祭り。ずっと気にはなっていたらしいが、聞いて良いものかと悩んでいたと。今朝、朝食の時に教えてくれたのだった。


「毎年、ラトラネス公爵領でのみ行われる伝統的な祭りなんですよ。夏の星流祭と、皆は呼んでいます」

「せいりゅうさい」

「何でも昔、その日に流星群が降り注いだとかで。その流れる星に願ったことが実際に叶った。そんな伝承に準えたものです」

「とても素敵ですね。では、お祭りの夜は流星群が?」

「残念ながら、俺は見たことがありません。今年も流星群は期待できないかと」

「……なるほど。流星群はとても珍しいものなのですね」


 興味深そうに頷いた彼女に、安堵の息を吐く。ここで、物凄く残念そうな顔をされたら困ってしまう所だった。流石に流星群はどうにも出来ない。


「その代わりに、街の至るところに色とりどりの星飾りを付けるので、目を楽しませてくれると思いますよ」

「そうなのですね。では、私はその飾り付けのお手伝いをすればよろしいですか?」


 まさか過ぎる彼女の言葉に、面食らう。毎年、公爵家はお金を出すだけ。仕事はどこにどれだけの費用が必要なのかの打ち合わせを役人達と会議するくらいなのだが。

 母は、何かしていただろうか。


「ええっと……。そうですね。まぁ、公爵家の飾り付けをしたいので、あれば?」

「頑張ります」


 フレヤが楽しそうなので、それで良しとしよう。特に止める理由もないので。


「あぁ、そうだ。それなら、星飾りに願いを込めてはどうですか?」

「星飾りに? ですか?」

「特別な星飾りがあるんですよ。その星飾りに願いを込めて、家の出入口に飾るんです。そうすれば、その願いは叶う。なんて言われてます」

「願いが叶う」

「本当に叶うかどうかは何とも。保証はしかねますけどね」


 彼女は何事かを考えるような間のあと、苦笑気味に笑んだ。緩く首を左右に振ると、視線を俺へと戻す。


「どうかしました?」

「いえ、公爵様らしくて私は良いと思います」

「……んん??」


 何の話なのかと、疑問符が頭の中を占めた。そこでふと、アルフィーに“ロマンの欠片もないな”と言われた事を思い出す。

 もしかしなくとも最後のは余計だったか。叶う叶わないの問題ではなく、それをやることに意味があるとかそういう……。


「叶うと、いい、ですよね」


 これでは録なフォローには、ならなさそうだ。へらっと誤魔化した俺に、彼女も目を細める。


「はい、叶うといいと私も思います」


 何故だろうか。彼女に非難をされた訳ではない。しかし、誰かに小馬鹿にされている気がするのは。気のせいなのだろうとは思うが。

 不意にフレヤが衝撃を受けた顔をしたかと思えば、「そんな!?」と声を上げた。両手で口元を隠して、悲しげに眉尻を下げる。


「どうしました!?」

「公爵様は、お忙しいのですね」

「……?」

「いいのです。お祭りは、誰か……。メイジーに頼めば行ってくれるかしら」


 彼女の中で何がどうなってそのような結論に達したのかは分からない。分からないが、俺は祭りを一緒に回ってくれないことになったらしい。


「待っ、てください。待って」

「……? はい」


 いや、確かに。両親が仲良く祭りを楽しんでいた記憶はない。俺も祭り当日に屋台を巡るなどという行為は、久しくしていない。しかし、出来ないともしないとも言ってない。


「大丈夫です。時間なんて、いくらでも作ります」

「本当ですか? でも」

「行きましょう。一緒に。俺が、行きたいんです。そう、一緒に。駄目ですか?」


 じっと彼女の顔色を窺う。妙に緊張したのは、脳裏に過った両親の面倒そうなものを見る瞳のせいだろうか。


「うれしい、です」


 柔い。優しい。そんな笑みだった。それに、こちらも目尻を下げる。


「うん。……うん。じゃあ、そうしましょう。俺も祭りの準備、頑張ります」


 ただ漠然と、いつも通りにこの季節がやってきたからと、淡々と祭りの準備を進めるつもりであったのに。

 楽しみだ。なんて、星流祭を待ち遠しく感じたのは、いつ以来なのだろうか。

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