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妖精女王は愛をご所望~「愛する必要はありません」と言ったのは俺なのに~  作者: 雨花 まる
二章:夏

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01.愛も恋も難解

 迫ってくる木剣を正面から受ける。小気味良い音が鍛練場に響いた。

 皇帝陛下の生誕パーティーでの約束通り、今日はグレシード公爵と剣の鍛練をすることとなったのだ。


「少々、鈍っているのではないかね?」

「最近は忙しいもの、で!!」


 何とか距離を取り、態勢を立て直す。息を吐きながら、剣を構えた。


「君の活躍は耳に届いているよ。手広くやっているようだね」

「えぇ、まぁ……」

「しかし、秋には建国祭だ。狩猟大会のために、体を動かしておくべきだな」

「だからこうして、時間を作ったんですよ」


 今度はこちらから攻め込む。軽くいなされて、奥歯を噛んだ。流石は帝国の剣。相も変わらず、衰えを知らない方だ。


「いつもより、熱が入っているようだ」

「なんっ!?」

「それ、隙あり」

「え!?」


 気付いた時には、手に持っていた筈の木剣が弾かれ宙を舞っていた。後ろの方で、地面に落ちた音が鳴る。


「そ、れは、どうなんですか……」

「心は?」

「戦場で乱すな、です」

「よろしい」


 グレシード公爵にニコニコと意味ありげに微笑まれて、居たたまれない。思わず目を逸らしてしまった。


「くくっ、奥方に格好をつけたかったかね?」

「やめてください!」


 そんなことはないと、はっきり言い返せなかったのが気恥ずかしくて口を引き結ぶ。自然と、見学していた彼女の方へと視線を遣ってしまった。

 思いがけず目が合って、一瞬固まってしまう。しかし直ぐに持ち直し、誤魔化すようにへらっと笑っておいた。

 彼女はキョトンと目を瞬くと、不思議そうに首を傾げる。さらりとフレヤの透けるようなスカイブルーの髪が肩を滑り落ちた。

 それに、周囲にいたグレシード公爵家ご自慢の騎士達が、見惚れたような息を吐いたのが聞こえる。それに、浮かべた笑顔が崩れそうになった。


「ふむ、この前も感じたが……。やはり母親によく似ているな」

「そうなんですか?」

「君は、彼女が父親に似ていると思うかね?」

「それは、まぁ……。思いませんけど」

「そうだろうとも。ただ、そうだな。彼女の母親の髪は、緩く波打っていたがね」

「随分と詳しいんですね」


 特に他意はなかったのだが、何とも言えない沈黙が落ちる。グレシード公爵は、昔を懐かしむように遠い目をした。


「そうだな。私と同じ年代の者は皆、詳しいだろう。何せ、彼女は社交界の華であったのだから。彼女と踊りたい者は、大勢いたよ」


 フレヤが母親に似ているのならば、グレシード公爵の話は本当であるのだろう。何故なら椅子に座っているだけであるのに、今日も彼女は眩むほどに華やかなのだから。


「彼女が微笑めば、男共は見惚れたように息を吐いた。今のようにね」


 途端に意地の悪い笑みを向けてきたグレシード公爵に、頬が引き攣る。「そうですか」としか返せなかった。


「何故マクダーリド伯爵なのかと、皆が口を揃えたよ。それが、結果として彼女の幸せを奪ってしまったのかもしれないがね」

「伯爵が甲斐性なしだっただけでしょう」


 気付いた時には、そう口をついて出ていた。フレヤの母親のことは詳しく知らないし、正直に言えばあまり興味はない。彼女の口から聞かないのも興味を抱かない要因ではあるが。

 では何故そのような事を言ったのか。伯爵のことが気に食わないからだろう。あと、そのせいでフレヤが伯爵家で肩身の狭い思いをしていた可能性があるので。


「ほう? 自分はそうはならないと?」

「……人が悪いですよ、公爵」

「いやはや、どうもな。君を小さい頃から見ているからね。どうにも心配してしまうのだよ」


 返事に困り、頭に手をやりそうになった。しかし、出先で髪を乱す訳にもいかず、不自然に手が宙をさ迷う。最終的に頬を人差し指で軽く掻いて誤魔化した。

 彼女の隣には俺こそが相応しい。なんて大口を叩くつもりはないが……。

 彼女の隣に俺以外が立つことを想像すると、表現出来ない何かドロリとしたドス黒いものが湧き上がってくる気がするのだ。それに名前を付けてしまうと、後戻り出来ないような。得体の知れない焦燥感に支配される。


「どうなんでしょうね。ただ……彼女と踊るのは、いつでも俺が最初だと決まっているので。いや、決めたと言った方が正しいのかな」


 後半は最早、独り言のようになってしまった。そんな俺の言葉を聞いて、グレシード公爵は「そうか」と溢す。はっとして視線を遣れば、またしても微笑ましいものを見るような目を向けられていた。


「……聞かなかったことにしてください」

「いやいや、良いことだ」

「何がですか」

「誰に何を言われようとも、彼女の隣を譲る気はない。そういう事だろう?」

「……えっ」


 そういうことなのだろうか。よく分からないが、恥ずかしいことを言ったというのは確かだ。羞恥で顔に熱が集まる感覚に、口元を片手で隠した。


「あー……。あぁ、その、ひろってきます」


 我ながら無理があるな。ぎこちなく歩き出した俺に、グレシード公爵は愉快そうな笑い声を上げた。それを背に受けながら、深く溜息を吐く。これは、本格的に情けない。

 緩慢な動きで、地面に落ちている木剣を拾い上げる。軽く振ってみるが、勘を取り戻すにはもう少しかかりそうだ。

 狩猟大会、ね。俺は無難にやり過ごすだけだが、グレシード公爵の言う通り怪我をしないよう適度に体は動かしておくべきか。


「面倒だな」


 そういうのは、俺には向かない。

 ふと彼女の事が浮かんで、視線を遣る。期待を滲ませたナイルブルーの瞳が俺を一心に見つめていた。

 目が合って、今度は軽く手を振って応える。それに、彼女は喜色をその顔に浮かべた。ふわっと破顔した彼女が手を振り返してくる。

 彼女が喜んでくれるのなら、少しは頑張ろうかな。いや、まぁ……。流石に優勝は無理だが。


「父上!!」


 突然、鍛練場に響いた幼さの残る声に目を丸める。聞き覚えのあるそれに、視線をそちらへと移した。


「おや、アーサー。それに、フローレンスも。どうした?」

「申し訳ありません、お父様。止めたのですが、ラトラネス公爵との手合わせを見たいと聞かなくて……」

「少しだけ! いいでしょう?」

「なりませんよ、アーサー。ご挨拶だけという約束だったでしょう?」

「えぇー! 姉上の意地悪!」

「何とでも。今は、座学の時間です」

「ま、まぁまぁ、フローレンス」

「お父様も甘やかすのはお止めください」

「うむ……」


 アーサー卿は今年で十二歳だったか。フローレンス嬢とは、七つくらい差があったはず。

 ちょうど良いかと、エズラに目配せする。エズラは一つ頷くと、彼女に声を掛けた。エズラは正確に俺の言いたいことを読み取ってくれるので助かる。

 彼女が動いたのを確認して、俺も二人へと近づいた。俺に気付いたアーサー卿が、ぱっと表情を明るくさせる。何があってこんなに懐かれているのかは、俺にも謎だ。


「久方ぶりですね。元気にしてましたか?」

「はい! 変わりありません!」

「ご無沙汰しております、ラトラネス公爵」

「陛下の生誕パーティーでは、お見かけしませんでしたが」

「体調を崩してしまい……」

「そうでしたか。もう良いので?」

「はい、回復いたしました。ですので、今日は宮殿の方へ」

「それはそれは、時間は大丈夫ですか?」

「問題ございません」


 フローレンス嬢は、相変わらずの完璧具合だ。会話に入れずに、アーサー卿がむくれているのが見えた。


「では、もう少々お時間を頂いても?」

「……? はい」

「俺の婚約者を紹介しますね」

「こ、婚約者!?」


 急にアーサー卿が大声を出す。直ぐにフローレンス嬢が窘めていたが、どうしたというのだろうか。俺の隣に立ったフレヤをアーサー卿が睨み付けた。


「お初にお目にかかります。フレヤ・マクダーリドと申します」

「わ、わぁ……」


 美しい所作で淑女の礼をした彼女に、アーサー卿の勢いが一気になくなる。頬を赤らめて固まってしまった。


「フローレンス・アト・グレシードと申しますわ」

「あ、うっ、アーサー、です」

「……近々、お茶会でもと考えておりますの。よければ」

「あぁ、すみません。領地の祭りがありまして。彼女も時間が取れないでしょうから、狩猟大会の時にでも」

「そうですか。分かりましたわ」


 嘘は言っていない。しかし、まだ彼女をそういった場に一人で出すのは、俺が嫌なので断っておいた。追々でいいのだ、そんなことは。


「ラトラネス公爵も」

「俺は中立ですので」

「……気が変わられましたら、いつでも」

「皇太子殿下には、婚約者の貴女がいれば何の心配もないでしょう?」

「そうであれるように精進します」


 抜かりのないことだ。そこは譲れないと、一線を引く。笑みを浮かべた俺に、フローレンス嬢は諦めてくれたようであった。

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