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妖精女王は愛をご所望~「愛する必要はありません」と言ったのは俺なのに~  作者: 雨花 まる
二章:夏

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00.ラトラネス公爵家と妖精達

 よく笑う人なのだなと思った。


《嘘くさ~い》

《侮れない類いの人間だな》

《まぁまぁかしら。王子様って感じではないわね》


 以上が、妖精達の公爵様への第一印象だ。たぶんだけれど、今もそんなに変化はないのではないかと思う。

 私も概ね変化はない。公爵様はよく笑う。けれど、困っている時でもお疲れの時でも、誤魔化すために笑っていることもよくあるのだと知った。それが良いのか悪いのかは、季節が一つ過ぎ去った今もまだ分からない。

 あと、公爵様は恥ずかしいと口元を手で覆って隠す癖がある。最近はそれを見ていると、私もとてもソワソワとした心地になってしまう。


《真っ赤になってる。面白~い》

《んんっ、こちらまで照れ臭くなる!》

《良いわ良いわ、甘酸っぱい!》


 三者三様に、みんなは公爵様を楽しんでいるらしかった。レオは楽しんでいるのとは少し違う気もするけれど。

 みんなは、各々に公爵家を堪能している。最初は警戒していたけれど、公爵家の人々が私に親切にしてくれると分かり、警備も完璧だと分かると少しずつ三人のうち誰かは遊びに行くようになった。

 妖精は“気に入った人”か“気に食わない人”の側にいることが多いとノアに昔教えて貰った。だから、三人がよく一緒にいる人を私は注意深く観察したのだ。

 その結果、ノアはエズラ。レオはケイレブ。ミラはメイジーが好きなのだと私は思っている。

 ノアが時折、エズラに軽い悪戯を仕掛けている所を見る。けれど、エズラは顔色一つ変えない。ノアはそれが楽しいらしい。


《もうちょっと凄い悪戯してみたいな~。だめ?》

「駄目よ、ノア」

《女王様がそう言うなら仕方ないか~。次は何してみようかな~》


 レオはこっそりとケイレブの仕事を手伝っているらしい。でも、ケイレブは勘が鋭いからたぶん気付かれているとは思う。


《ケイレブが磨いた銀食器の輝きは凄いぞ。オレもやってみたが、同じにならなかったからな》

「ピカピカよね」

《次こそは、オレも同じに仕上げたいものだ》


 ミラはメイジーのセンスがお気に入り。周りを飛びながら、これは可愛い。綺麗。素敵と言いながら、時々それを持って帰ってきてしまう。


《ねぇねぇ、本当にメイジーはよく分かってるのよ。この小物のセンス見て見て!》

「とっても素敵ね。でも、勝手に持ってきては駄目よ」

《でもでも、少しだけ! 後で戻しておくから》


 妖精は悪戯好きだけれど、本人は悪戯だと思っていないことも往々にしてあるのだということを公爵家に来てから知った。あと、三人の中で悪戯が一番好きなのはノアだということも。


「みんな、公爵様のことは好きではないの?」

《ディランは女王様のだからね~》

《そうよそうよ。取ったりしないわ》

「なるほど。そういうものなのね」


 別に取られたなんて怒ったりしないけれど。みんながそういうなら、私は特に何も言わない。


「じゃあ、公爵様に悪戯しないのも?」

《ディランは王配になるかもしれないからな》

《女王様が一番だけど、一応は王配も大事にしないとね~》

「王配……」

《だってだって、女王様と婚姻を結ぶんでしょう? なら、私達にとっては王配じゃない》


 そうはっきりと言われると、何だか恥ずかしくなってきてしまう。ソワソワとしている私を見て、ノアはその顔に心配を滲ませた。


「ノア?」

《……覚えておいて、女王様》

「何を?」

《女王様の求めている“愛”とは別に“恋”って呼ばれてるものがあるんだ~》

「こい?」

《それはね。愛と似て非なるものだから、惑わされちゃだめだよ~》


 ノアが言うならそうなのだろう。素直に頷いた私に、みんなはほっと安堵の息を吐く。そんなにも“恋”とは危ないものなのだろうか。


「恋とはどんなもの?」

《そうねそうね。恋とは人を狂わせるものよ》

《だから、妖精は人間の恋が大好きなんだ~》

《愛とは違い、恋は身勝手だからな》

《だから、人間も恋が大好き~》

「……? 身勝手なのに?」

《身勝手だからだ》

《楽しいんだよ~》

《そうなのそうなの》


 一変して、みんなは楽しげにクスクスと嗤う。人間も妖精も恋が大好きなのに、危ないなんて可笑しな話で。私は理解があまり出来ずに、パチパチと目を瞬いた。


「恋はそんなに駄目なもの?」

《恋に溺れると身を滅ぼすのよ》

《愚か者を幾人も見てきた》

「妖精は、どうして恋が大好きなの?」

《決まってるでしょ~? 妖精は、人間の(よく)が大好きだからだよ~》


 ノアが言うことには、妖精の力と人間の欲は相性がいいと。レオが言うことには、それは良い意味ではないと。ミラが言うことには、お互い満足なんだから大丈夫と。

 幼い頃からずっと聞いてきたそれを思い出して、私は納得する。悪戯とは別物の遊び。人間の恋とは、妖精の玩具に成り得るものなのだろう。


《ボクらの女王様が、恋に現を抜かして~なんてさ。絶対にダメだよ~》

「気を付けるね」

《まぁ、ディランならば大丈夫だろうとは思うがな》

《えぇ~……。まぁ、女王様に悪いことはしないかな~とは、ボクも思うけど~》

《そうねそうね。というかそもそも、ディランも恋なんて分かってないわよ》

《だめだめ~》

《ほんとほんと、だめよね~》

「そうなのかしら……」

《んん……。さて、どうなのだろうな》


 ノアとミラがやれやれと肩を竦める。レオはただ一人、困ったように目蓋を閉じた。


「公爵様は、その……。いい方だと思うわ。とても親切にして下さるもの」

《親切な人間がいい人とは限らないよ~》

「難しいのね……」

《迷ってるんでしょ~?》

「……え?」

《ボクらのことを教えるのかどうするのか~》


 図星をつかれて、私は思わず口ごもってしまった。誰も信じてはくれなかった。でも、もしかしたら……。公爵様なら信じてくれるのではないか、などと。


「やめた方がいいかしら」

《女王様の好きにするのが一番だよ~》

《そうだな。何かあれば、オレ達が守り抜く》

《そうよそうよ。女王様に酷いことしたらギタンギタンにしてやるんだから!》


 妖精達は、いつでも私の味方。だから、私は堂々と背筋を伸ばす。みんなの敬愛に応えるために。


「そうね。うん。しっかりと考えるわ」

《それがいいよ~》


 ノアはいつも通りに、おっとりとした口調で私を肯定してくれた。

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