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14.妖精の悪戯

 邪魔なので退け。などと口に出すわけにもいかず、目の前の貴族達に笑みを返した。挨拶だけで終わる筈もなく、彼女のことや新規事業のこと。探りを入れてくるのを適当にあしらう。

 手に持つグラスが二つなのを見て、察してくれないだろうか。早く彼女の元へ戻りたいのだが……。内心で、深々と溜息を吐いた。

 あの後、リグトフォスト辺境伯ともう少し話をしようと思っていたのだが、皇太子殿下が呼んでいると殿下の侍従が言付けを持ってきた。そのため、あの場は解散となったのだ。

 リグトフォスト辺境伯はグレシード公爵に用があると、名残惜しそうに去っていった。その際に、「大切なお話が。またお手紙をお出ししますので、お会いしたい」と、俺に耳打ちしてきたので、了承した。

 十中八九、彼女についてだろう。いや、マクダーリド伯爵家全体についての可能性も多分にあるか。

 アルフィーも、挨拶回りがあるからとその場で別れた。まぁ、婚約者のいる女性と二人っきりになるのを避けたのもあるのだろう。

 必然的に彼女が一人になる。俺としては、それは出来れば避けたかった。しかし、俺だけに用事があるとかで。彼女がいて困る話とはなんだろうか。先程、挨拶した時にこっそり話せば良かったのでは? 流石に、駄目か。

 仕方がないので、「手短に済ませてきます」と約束して皇太子殿下の元へと向かった訳だ。彼女は「大丈夫です。無理はしません」と言ってくれたが……。心配だ。

 結果として、皇太子殿下のお話は至極つまらない内容だった。何故、俺を態々呼んだのか。まぁ大方、自分の側に引き込みたいのだろう。

 第二皇子殿下の勢力も油断ならないからな。ラトラネス公爵家は、中立。争いに首を突っ込むつもりはない。王命ならば、従うが。

 失礼のない程度に、しかし早々と切り上げて彼女の元へと戻ろうとした。お詫びにもならないが、最近人気の飲み物を二つ。使用人から受け取った所で、この状況になったと。


「そろそろ失礼しますよ。俺も忙しいもので」

「そ、そうですか」

「お引き留めしてしまいましたな」

「いえ、構いませんよ」


 感情を隠して、笑う。その他大勢には、こうも上手くやれるというのに。ままならないな。

 視線を感じるが、気づかない振りで足早に歩を進める。話し掛けるなという雰囲気を出せているのか、誰も話し掛けては来なくなった。

 もう少しで彼女の元へと辿り着くという所で、声を掛けられる。何処かで聞いたことがあるような、ないような。誰だったかな。

 無視するわけにもいかずに、足を止める。目の前までやって来た人物に、思わず顔を顰めそうになって耐えた。


「これはこれは、マクダーリド伯爵。ご機嫌いかがですか?」

「とても良い夜ですね、ラトラネス公爵」

「そうですね。それで?」


 俺の問いにマクダーリド伯爵は、どこかオドオドとし出す。仮にも伯爵家の当主だろうに。返答を待つように黙れば、マクダーリド伯爵は泳がせていた視線を俺に戻した。


「む、娘はご迷惑をお掛けしておりませんか?」


 何を言うかと思えば……。呆れを感じつつも顔には笑みを浮かべる。


「まさか。貴方も見たでしょう?」

「そ、そうですか。それならば、良いのですが……」


 まだ何か言いたげな顔をするマクダーリド伯爵をただ見下ろす。……ふむ。マクダーリド伯爵に興味はないが、一つ気になっていることはある。

 ここで、問いただすのは愚策だろうな。何せ、今日は皇帝陛下の生誕パーティーだ。騒ぎになるのは避けたい。


「話はそれだけですか?」

「え!? いや、その、ですね……」


 何の用かと考えて、直ぐに思い当たる。あぁ、なるほど。かなりの額を渡したと思っていたが、足りなくなったらしい。公爵相手に金の無心とは、厚顔なことだ。

 もう放っておこうと、顔を上げる。視界に彼女を捉えて、思わず眉根を寄せてしまった。彼女の周りに、令嬢達が(たか)っていたからだ。

 その中心にいる令嬢に見覚えがありすぎて、嫌な予感が頭を支配する。「何もないなら、これで失礼しますよ」と言い捨てて、マクダーリド伯爵から離れた。

 途中でグラスを使用人に押し付ける。しっかり受け取ったのを確認して、彼女に視線を戻した。瞬間、令嬢がグラスの中身を彼女に向かって浴びせかけたのが見えた。


「……は?」


 意味が分からなさ過ぎて、呆気に取られる。令嬢は嘲笑するような笑みを顔に浮かべていた。随分とふざけた事をしてくれるものだ、シャーロット・マクダーリド。

 一気に、怒りが湧き上がる。衝動のまま、足が勝手に動き出した。


「感謝するわね、シャーロット」


 聞こえてきた彼女の声は、堂々としていた。それに、こちらも冷静になっていく。


「公爵様がドレスを沢山くださったのよ。他のものも着たいと思っていたの。これで、着ることが出来るわ」

「な、なにを」

「貴女のおかげね。だから、ありがとう」


 後ろを向いていた彼女が、立ち去るためにこちらに振り返る。最後に令嬢達を一瞥して、「ごきげんよう」と優雅に微笑を浮かべた。

 シャーロット嬢が何か喚いているが、彼女は気にした様子もなく歩きだす。俺にはまだ気づいていないらしい。近づいてきた彼女が、眉根を寄せて険しい顔をした。久しぶりに見たな、彼女の不安そうな顔。


「フレヤ!」


 妙な焦燥感に突き動かされて、気づけばそう口走っていた。それに、やっと彼女と目が合う。


「公爵様?」

「大丈夫じゃないですね。早く着替えに行きましょう。湯浴みの準備をさせますから」


 彼女の透けるようなスカイブルーの髪が、赤紫色に染まっている。この香り……。ワインか? 飲めもしない癖に、彼女に掛けるために手に取ったのか。忌々しいな。


「……申し訳ありません」

「貴女が謝る必要はありませんよ」

「公爵様色のドレスだったのに……」


 その言い方はどうなのだろう。いや、間違ってはいないのだが。

 彼女が悲しそうに目を伏せるものだから、何とも言い表しづらい感情がぐるぐると回る。ここで、“喜ぶ”を選択するのは不謹慎だな。確実に。

 どう声を掛けようか考えあぐねていれば、不意に悲鳴が耳を打った。俺も彼女も驚いて、悲鳴の方へと顔を向ける。


「え?」

「まぁ……」


 悲鳴の主はシャーロット嬢であった。頭からワインを被ったようで、滴が床を汚していく。

 問題があるとすれば、彼女の頭上だ。シャーロット嬢は金切り声をあげながら、頭上を見上げる。そして、間の抜けた声を出した。

 それは、そうだ。何故なら、ワイングラスが宙に浮いているのだから。


「な、何なの!? どうなって、ぶっ!?」


 彼女の声を遮るように、今度はワインボトルが宙でひっくり返る。重力に従って落ちてきたワインがシャーロット嬢の顔に直撃した。


「きゃあ!?」

「な、何だ!?」

「ワイングラスが!」


 それを合図にしたように、周囲から次々と悲鳴があがる。ホールは一瞬にして混乱に包まれた。

 人々の悲鳴の合間に、鈴を転がすような笑い声が聞こえだす。心底、可笑しいと言うような。楽しいと言うような。嘲るような笑い声だった。


「よ、妖精だ!!」


 誰かが、叫ぶ。ようせい。妖精? まさか本当に、実在したのか。

 宙をグラスや瓶が愉快そうに舞う。そのせいで、人も床も全てが赤紫色へと染まっていった。


「うわっ!?」

「公爵様!?」


 それらに気を取られ過ぎたらしい。俺もワインを頭から被ってしまった。情けない。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。心配しないで」


 へらっと笑いながら彼女の方を向く。彼女の背後にワインが注がれたグラスが見えて、体が勝手に動いた。

 彼女を抱き寄せて、体を翻す。背中にワインが掛かった感触がして、我に返った。腕の中には、フレヤ。しかも、咄嗟の行動だったからか、守るように彼女の頭を片手で抱き込んでいた。


「あー……。えっと、大丈夫ですか?」


 恐る恐ると手を離す。顔を上げた彼女と至近距離で目が合った。


「あっ、その……。はい」


 照れたように目を伏せた彼女に、こちらも視線を逸らす。

 ワインを頭から被った俺は濡れているのだから、抱き寄せたら彼女まで濡れるだろう。いや、そもそも彼女は既に濡れているんだった。でも、それとこれとは話が違うわけで……。

 まぁ、今回は間に合ったので良しということにしておこう。そう結論付けて、ぐだぐだと考えるは止めることにした。


「素晴らしい!!」


 皇帝陛下の歓喜の声が、ホールに響き渡る。それに、その場にいた全員が動きを止めた。


「宮殿に妖精が現れるなど、初めてのことだ!! しかも、俺の生まれた日にとは! 何と喜ばしいことか!!」


 この惨状が喜ばしいこととは……。よく言えるものだ。少々、理解に苦しむ。

 皇帝陛下の喜び様とは裏腹に、宙に浮いていたグラスやワインボトルは、静かにテーブルへと戻っていく。まるで、妖精達が興醒めしたかのようだった。


「さぁ! パーティーを続けよう!」


 まぁ、そうなりますよね。皇帝陛下は妖精達の悪戯に大層お喜びだ。ここで、パーティーをお開きになどされないだろうとは思っていた。

 予備の正装を用意している貴族がどれだけいるのか。正装は決して、安くはないからな。

 我が公爵家のメイジーとエズラは優秀なので、用意は完璧だ。こんなことなど、滅多に起こらないのに。今日はどうなっているのか。


「着替えに行きましょうか」

「私が部屋を使ってしまっていいのでしょうか?」

「勿論ですよ。見たところ皇族には掛けていないようですから、公爵家が最初です」


 彼女が頷いたのを確認して、手を差し出した。腕を組むのは俺が濡れているので、良くないだろう。

 出来れば帰ってしまいたいが、彼女が折角ああ言ったのだ。他のドレスもシャーロット嬢に見せてさしあげようではないか。

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