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00.フレヤという少女

 小さな頃から、それは普通に見えた。

 でも、お母様には見えないらしかった。それはメイド達も同じようで、私以外は誰にも見えない不思議な友達。

 そのことを口に出すと、お母様は嫌がった。メイド達は嘲笑した。だから、私はいつしか誰にも秘密にするようになった。その方が良いと彼ら彼女らもそう言った。

 彼ら彼女らは、自分達のことを“妖精”だと言った。妖精達の姿形は、私達とそう変わらないように見えた。ただ、とても小さくて耳は尖っていた。そして、背中に羽を持っていた。

 妖精達は、その羽を使って自由自在に空を飛んだ。羨ましいと思った。いったい、どんなに気持ちが良いことだろうかと想像するだけで楽しかった。

 それに、妖精達は不思議な力を持っていた。童話に出てくる魔法なようだと言えば、同じようなモノだと教えてくれた。


《女王様も使えるよ~》

「ほんとう?」

《当たり前だろ。オレらの女王様だぞ》

《そうよそうよ。練習すれば何でも出来るわよ!!》


 三人の妖精達は、ずっと私の傍にいた。何でも教えてくれた。友達だと思っていたけど、妖精達にとって私はそうではなかった。

 私は妖精達の女王なのだと、おっとりした口調でノアは言った。ふわふわとした癖っ毛をした男の子で、髪も瞳も白ぶどう色をしている。

 私の言うことなら妖精達は何でも聞くのだと、レオはきっぱりと言い切った。ツンツンとした短髪の男の子で、髪も瞳もさくらんぼ色をしている。

 私以外の人間はどうでもいいのだと、ミラはクスクスと笑った。ショートボブの女の子で、髪も瞳もブルーベリー色をしている。

 この三人以外にも、妖精達は沢山いた。このマクダーリド伯爵家の邸宅にも。ここベネフェアルーシス帝国の何処にでも。

 妖精達がいるだけで、様々な恩恵が得られるらしい。私は邸宅の外のことはあまり知らないけど、ノアがそう言うならきっとそうだから。


「どうして妖精達は、この帝国にいるの?」

《それはね~。先代の女王がこの帝国に住んでたからだよ~》

《女王の命がなけりゃ、オレらはこの地を動けねぇのさ》

《そうなのそうなの。だから、ワタシ達はずーっとこの地にいるのよ!》


 このまま帝国に住むも離れるも。全ては私次第なのだと三人は言った。でも、そんな選択権を私は持ち合わせていなかった。


「どうしてなの!? どうして、あの人はわたくしの所に帰ってこないの? どうして! どうしてどうしてどうして!!」

「お母様?」

「あの人の興味が引けないなら、貴女を産んだ意味がないじゃない!!」


 お母様はヒステリックにそう叫んだ。いつもの事だった。私はお父様の興味を引くための子だから、お父様がお母様の所に帰ってこないなら存在する意味はなかった。

 お母様はお父様を愛していた。でも、お父様はお母様を愛していなかった。余所に他の愛する人がいるのだと、ミラが教えてくれた。お母様は可哀想な人だと妖精達は憐れんだ。

 だから、私もお母様を大切にした。可哀想な人には親切にするのが人間の普通だと、ノアが教えてくれたからだ。


「フレヤ。フレヤ」

「はい、お母様」

「ヘンリー様は? 何処にいるの?」

「もう帰ってきます。きっと」

「そう。そうよね。あの人はわたくしの夫なのだから」

「はい」

「愛しい人。わたくしの唯一の人」


 私が六歳の時にお母様は体を壊して、ほとんど寝たきりになってしまった。それでも、お父様を待ち続けた。お父様は邸宅には帰ってくるけど、お母様の所には来なかった。


「あいしてる、わ。あのひと、だけ。わたくしの、すべて」


 それが、お母様の最後の言葉だった。最後の最後まで、お父様だけを愛していた。

 私が八歳の冬。お母様は空のお星さまになってしまった。レオがそうなのだと言った。レオはいつも苦々しい顔をする。


「お前の新しい母親と妹、そして弟だ」

「はじめまして、フレヤ」

「……はじめまして」


 お父様は直ぐに女の人を連れてきて、そう言った。ミラが後妻というのだと教えてくれた。その人が、お父様の愛する人なのだとも。

 二つ下の妹と、三つ下の弟が出来た。でも、私はその二人の事をあまり知らない。継母がやって来た次の日には、私は離れに閉じ込められたからだ。

 メイドはご飯を運んでくるだけで、会話なんてなかった。別に寂しくはなかった。今までの生活とそこまで変わらなかったのだから。

 離れには沢山の本があった。元々、離れはそれように作られたものらしい。

 私は沢山の本と妖精に囲まれて、大きくなった。本を読みながら、妖精達と色々な話をした。それで良かった。

 ただ、一つだけ。一つだけ、欲しいモノがあった。


「お前のせいだ!!」


 お父様が離れに時折やって来た。妖精達が守ってくれたので、私に実害はほぼなかった。

 レオは幻を見せるのが得意だった。お父様はその幻に向かって、いつも怒鳴っていた。虚空に向かって拳を振るうこともあった。

 そんなお父様を見て、妖精達は“醜い”と“滑稽”だと、クスクス嘲笑った。妖精達は悪戯が大好きだった。

 お父様だけではなかった。継母も異母妹も異母弟も。時折、離れにやって来ては虚空に向かって何事かを吐き捨てて帰っていった。


「あれは、何をしているの?」

《さぁ? 弱き人間の性じゃないの~?》

《気にするな。馬鹿なだけだ》

《そうよそうよ。女王様が気にする価値のない人間どもよ!》

「そうなのね」


 妖精達がそう言うなら、きっとそう。私は気にせずに、本を読み続けることにした。

 一度だけ、私は離れから出された。デビュタントだけは、参加しなくてはならなかったらしい。

 マクダーリド伯爵家はお金がないのだとミラがせせら笑った。貧乏伯爵家だと。だから、お母様と結婚したらしい。

 お母様はリグトフォスト辺境伯の娘で、結納の際に大金を。その後もお金の無心を何度か繰り返したそうだ。

 そして、今でも。お祖父様は私を可愛がって下さっているらしい。デビュタントの衣装なども全て、お祖父様が用意してくれたと。全部ミラが教えてくれた。

 だから、私をデビュタントに参加させない訳には行かないのだろう。マナーも何も学んでいないのに。お父様は私を社交の場に立たせた。

 でも、私は慌ててなどいなかった。だって、マナーはノアが教えてくれた。本を見ながら、丁寧に何度も。デビュタントの事もしっかりと知っていた。

 その時に、初めてお祖父様と伯父様に会った。二人は困っていないかと私に問うた。私は特に困っていなかったので、首を左右に振った。

 私が離れから出たのは、その日だけ。それでも、私は平気だった。妖精達が傍にいてくれたから。


「ねぇ、ノア」

《なぁに~?》

「愛とはどんなモノ?」

《愛か~。難しいな~》

「レオは知っている?」

《知ってはいるけどよ……》

「ミラは?」

《そうね、そうね……。その物語に出てくるような愛のことよね?》

「うん。皆が私に向けてくれるのは愛ではないの?」


 その日読んでいた本には、王子様とお姫様が出てきた。物語の終わりに、二人は愛を誓っていたから。何となく聞いてみた。


《ちょっと違うかな~》

《そうだな。違うな》

《そうよねそうよね》

「どこが違っているの?」

《確かに、ボク達は女王様が好き。でも、これは敬愛だからね~》

「けいあい?」

《女王様が求めてるのとは、ちょっと違うんだよ~。その物語に出てくるのは、最愛かな~? 純愛かな~? そんな感じ~》

「そうなのね」

《その愛をくれる人が現れたら良いね~》


 ただ、一つだけ。それだけは、今でもずーっと貰えないまま。私は、その愛をくれる人を待っている。私はそれが、欲しい。


「フレヤ! フレヤはどこだ!!」

「はい、お父様。ここにおります」

「お前を嫁に出すことになった」


 それは、十八歳の春のこと。私はお金のために、名門ラトラネス公爵家へ嫁ぐこととなった。《売られたんだよ~》とノアは、馬車の中でいつも通りにそう教えてくれた。

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