逃亡
吾輩は猫である。名前はマダナイ。何処で産まれたかとんと見当がつかぬ。水面に反射して映る白と黒の斑模様。御膳上等な耳を視界に確認した時、吾輩は己が猫だと知った。
だが、吾輩はただの猫でも野良猫でもない。
吾輩は猫の神。猫神様である。
故に人の思考を読む事など造作もない。読者がイケメンと美女が頬を赤らめ、一糸纏わぬ姿でまぐわう、乳色薄本が大好きな事くらい、いとも簡単に分かってしまうから、隠し事は出来ぬと心せよ。
猫神様と言ってしまえば大層立派で御利益満点の響きだが、八百万の神々の内、吾輩は猫の為に存在している限定的な神様なので、人間如きが慈悲を求め、吾輩を拝んでも、夕飯に取って置いた煮干しを数匹分けてやる程度の事しか出来ぬから、期待はするでないと心せよ。
さて、取説はここまでにして、吾輩は神様であり。偉く。高貴な存在と言うのは読者にも十分理解できたと思うのだが。実のところ現在我輩は、妻である女神イシスに命を狙われておる。
何故に? とツッコミたくなる気持ちも分からんでもない。それは話せば永くなる諸事情があるのだ。つまりだな、猫じゃらしが目の前でブンブン振り回っておれば、ジッと出来ぬが猫の性であるように。吾輩はもどかしさの余り、爪を出してオイタしてしまったのだ。
要約すると、吾輩が家を抜けだし、下界にお散歩しておった所、偶然遭遇してしまった、可愛い子猫。メンフィアちゃんをナンパしているのが妻にバレ、吾輩は天界を追われてしまう事になったのだ。
この場を借りて妻に弁明をさせて頂ければ、今でも妻を愛しておるのは紛いもない事実。許して下され、神様仏様イシス様。お願いです。い、言い訳がましいですが、吾輩も立派な一物が付いた雄猫の中の雄猫である。少し。ほんの少しだけ、メンフィアちゃんの透き通る白いモフモフとキュートにくねらせる尻尾に心が奪われてしまっただけなのだ。そこに愛や恋など存在せぬ。本能なんだ。未遂なんだ。脚気の検査のように無意識に反応してしまっただけのことなのだ!
当時。そんな弁明をすればするほど、妻の優しい乙女の顔は般若に変わった。最終的に「あなたを誰かに寝取られるくらいなら、いっそ剥製にして私の傍に肌身離さず置いておくわ!」と、性行為後に相手のイチモツを切り落とし、笑顔で所有していた。阿部定にも引きを取らないサイコパスな笑顔で、妻は吾輩の喉仏目掛けて千枚通しを突き刺した。
いやぁー! 思い出すだけでも身も毛もよだつ。猫だけに。吾輩は喉から流血し、命さながら天界を追われ、満身創痍で下界に繋がる天界の外れへと逃げ走った。
下界と言っても八百万の神々の数だけ下界は存在する。身を隠す為に、どの下界に隠れるか迷ったが、考える暇もなかった。振り向けば鬼さえ恐れる般若の形相。捕まれば身ぐるみはがされる所の話ではない。五臓六腑全てくり抜き空っぽにされてしまう。
吾輩は走った。四足歩行と高所を歩ける体幹を活かし、執拗な妻の追跡から振り切ることに成功した。
怒髪天を衝く妻イシスは人脈ならぬ、神脈を使い、躍起になって吾輩を天界の節々まで探し回っていた。その捜索部隊と陣営規模の大きさは吾輩の想像を優に超えた。
和洋折衷。冥界のハーデス。東洋の黄泉大神。妻の両親である大地の神ゲブ様。天空の女神ヌト様まで、それは怖い怖ーい神様総動員。
出世意欲がひたすら強かった妻イシス。現在、ラーの御神名を授かる候補である為、妻は天界の地位が超絶高い。
その為、多くの神々は媚びを売ろうと集まり、吾輩の捜索に力を貸していく。妻イシスは多方面の神々を呼びに呼び。なんと一時間も経たずに神々の数は万を超えていた。
ちょっと待てよ。いくら何でもやり過ぎだ。と、と、と、とりあえず、落ち着きません? 一端の猫神と女神の痴話喧嘩なんですから。
形振り構わない妻。怨みの強さは捕まった後の恐ろしさを物語っていた。
これから戦争でもおっぱじめるつもりか? 粉ふるいの目も通さない監視体制。
このままでは吾輩の首チョンパも時間の問題だ。
くそ、どうすればいい!
吾輩は短時間で最適解を求めるが為に、普段は体たらくで全く使っていなかった低スペック脳ミソを雑巾絞りのように振り絞り、死に物狂いで働かせた。
そして閃いたのだ。
妻が血眼になって探しているからこそ、見つからない裏をかく作戦。それは灯台下暗しとでも言おうか。吾輩はあえて、妻である女神イシスが管理している、魔法を司る世界、魔法界に身を隠す事にした。
〇
天界の東のはずれにある、エデンの園のこれまた東の雲の切れ端。
そこにあるのは下界と天界を繋ぐ孤高の大鳥居。
名を則天門と言う。
今宵の則天門の警備は万年亀の所沢氏が担当していた。と言うか、ここ二百年はずっと所沢氏が警備している。
所沢氏は万年に渡り、波瀾万丈な乱世を生き抜いた屈強な精神をお持ちの亀の神様。見た目から察するに、きっとゾウガメの一種だと思うが、夥しい苔の生えた岩にしか見えないゴツゴツ老いた甲羅と、皮膚は万年の月日が年輪のように、きめ細かなシワとなって犇めき合っている。見た目通りのかなりのご老体だが、万年生きたとなれば、こんな成りでも若く見えてしまうのが摩訶不思議であり、度を超えた魑魅魍魎の類いである。
所沢氏は亀と年齢が相まって、動きはとてもノロく。百メートル走はダンゴムシの方が速い。先ほども則天門にたどり着いた吾輩に、気付いたと思いきや「あ、貴君はマダナイではないか、久しぶりだな、数百年ぶりか?」っと声を掛けるまで約二十秒程の時間を要した。
ちなみに、所沢氏とは先週にも会話したばかりである。
ボケが留まる事を知らない老亀一匹で天界の玄関警備が務まるのか? 考えれば考える程、甚だ疑問だが、天界を攻め込む阿呆はこの世に居ないと踏んでいる吞気な天界の神々。
だからこそ、今現在、この則天門には吾輩と所沢氏しかいないのだ。なんとも手薄で間の抜けた警備だ。無用心極まりない。
しかし、そのおかげでこうして吾輩が気軽に、なんの許可なく下界に逃げ要る事が出来ているのだから、暫し目を瞑ろう。
所沢氏は労わるべきご年配だ。万年生きてきたからこそ、所沢氏の懐は海より、いや銀河系のひと宇宙ほど心が広い。
度々、吾輩の下界遊郭散歩への出入りに目を瞑ってもらう代わりに、吾輩の犯してきた阿呆な武勇伝を聞かせ、いつもノッホッホと笑いに笑う。
そして度々「貴君は愉快痛快底無しの馬鹿猫じゃの。これからも、美味い酒のツマミ話を頼むぞ」っと、吾輩を煽てるのだ。
真面目ばかりが目に余る天界の民達だからこそ、その気さくな老亀との馬鹿げた与太話は満更不快でもなかった。むしろ時折の楽しみでもあった。最近ボケが酷いが所沢氏とは馬が合う間柄だ。
今日も「不倫がバレて追われている」と答えたら、ノッホッホと笑いながら「なら貴君にはこれを渡しておこう、きっとさぞ愉快な土産話に替わる事だろう」と、ニヤニヤしながら陶器で出来た酒瓶を門の脇から取り出した。その銘柄を拝み吾輩は驚愕する。
それは亀族に代々伝わる秘蔵の酒。「もう、二度と目覚める事はないでしょう」っと、医者から宣告され、冬眠してしまった拵えジョニーも、飲めばびっくり。ご来光の初日の出のように拝みたくなる程、一物を元気にしてくれる。伝説の酒。濃縮還元スッポン酒「絶・倫次郎」だった。
噂でしか知らなかったが、まことしやかに存在するとは。かのゼウス神がこの酒を飲んでジョニーが暴走する余り、下界に数多の女と床入りしてしまったと言う。溢れ出た練乳シロップは下界の大地に落ちて、アーモンドの森を築いたと言うのは、知る人ぞ知る伝説。
読者もむやみに口外するでないぞ。伝説が伝説でなくなる。
吾輩も阿呆であるが所沢氏も指折りの阿呆だ。普通、首から流血する手負の友人に物を手向けるならせめて傷薬とか、お見舞いの花束ではないのか? 不倫がバレて命を狙われている友人に精力剤を提供する。まるで離婚届にサインするか迷っている友を、婚活パーティーに誘うような物。まさに火に油を注ぐ行為だ。読者には実に不愉快に感じると思うが、吾輩は破顔一笑した。これが阿呆な老亀所沢氏なのだ。そして受け取り喜ぶのが阿呆な吾輩なのだ。
「しばらく会えんのは寂しいがのう、この酒を使って漢気な武勇伝を仰山待っておるぞい」
「ありがとさん。所沢氏の手向けとなれば受け取るしかあるまい。皮肉だが行為には感謝する。所沢氏も体にお気を付けて、土産話をお互い冥土で話す事になったらシャレにならんからな」
「ノッホッホ! 言うてくれるわい! ワシが冥界に参る時は笑いに笑って大往生と決めておる。上物話を待っておるぞ、では、貴君を望み行く下界に則天門を繋ぐ」
吾輩は手向け酒瓶を担ぎ則天門を後にした。
〇
魔法界に辿り着いた時には既に夜。人気と神々の監視を避ける為、文明と呼べる建造物が全く存在しない、緑生い茂る野山に身を潜める事にした。
これから妻のほとぼりが冷める間は派手な事はできぬ。仕方なし原始生活を余儀なくされた吾輩。まぁ、気にする事はない。何処で生きようが吾輩は吾輩である。腹が減れば子ネズミを探し。子ネズミを見付ければ食らいつき。子ネズミを喰らって満腹になれば丸くなって寝ればいい。そして孤独な寝床に寂しさを感じれば子猫ちゃんを口説けばいい。
そう、吾輩は猫である。
猫が故に自由気ままに過ごせばいいのだ。女神との夫婦生活も嫌いでは無かったが、久しぶりに味合う自由と言う名の二文字。今宵は全身全霊で楽しみ、謳歌したい所存。
夜行性と蝉時雨が相まって瞳孔は開きっぱなし、高ぶる鼓動は虫や子猫を狩りたい気持ちで溢れていた。読者が考える孤独とは全くの無縁だ。
辺りを見渡せば、蛍のような淡い若草色に光る優雅な蝶が水辺一面に飛び交っていた。満点の星空と相まって蝶の潤沢な輝きは闇夜に幻想的な世界を与える。一言で言えば美しい世界が目の前に広がっていた。吾輩はこの光景を見た事は無かったが、以前、妻が吾輩に「見せたい見せたい」っと小声で酸っぱく何度も聞かされていたから頭の片隅に覚えていた。
この蝶達の名は灯火蝶。今宵は年に一度訪れる繁殖期の宴のようだ。川の畔に無数に飛び交い、つがいのお相手を探して、お相手が見つかった蝶のカップルは水面に降り立ち、大人な男女が大好きな例の行為を繰り広げる。
なに? 詳細が知りたい?
読者も物好きな阿呆だな。だがそんな阿呆は大好きだ! よし、実況してやろう。
灯火蝶と言う名もあって、優しくも淡い光とは裏腹に、蝶達の瞳に映る灯はバチェラーの如く、男女の色恋で燃え上がっている。彼ら蝶にとって今宵は宴であり誕生祭。しいて読者に分かりやすく例えて言うなら、今宵はクリスマス。そしてこの水辺はラブホ街の中心と言った所か。何処も満員御礼だ。
そしてお相手が見つかった雄は大きく羽を広げ、背中を水面に貼り付かせ、蓮の葉となり、降り立つ雌蝶を支え、行為を繰り広げる。
受粉! っと言っても行為自体は五秒と涙早漏。読者が求める官能小説が如く生々しい実況をしたかったが、相手の雌蝶とはそれっきりのドライな関係性。まるでAVのダイジェストを見ているかの如く物足りなさを感じてならない。
だがしかし、彼ら灯火蝶にとってチョメチョメ自体はおまけに過ぎず、これから先の行為が本当の愛の形なのかも知れない。
雌から卵を託され、受け取った雄は卵を羽で包み、抱き閉めながら川底に沈む。そして羽を優しく瑠璃色に輝かせる。
この灯りは水性生物が嫌う敵避けの灯火。その灯火を己の命尽きるまで光らせ、河底で子を守りながら雄蝶は光と共に一生を遂げる。今も、そして今も、一匹一匹が我が子に希望を託し、河底の光となって眠りに付いている。
なんとも尊く儚い死に際だ。彼らの眠る河はまるで帯びただしい光で満ちた天の川。無数に広がる光り一つ一つが生命の輝き。
あまりの美しさに吾輩の涙腺ダムは崩壊した。全米が泣いた所では済まない感動の世界が広がっている。これにて一匹の雄蝶の物語の実況を終了する。お、お疲れ様です。ゆっくりお休み蝶達よ。
流石、妻が作りし魔法界だ。妻が理想とする男女の有様を蝶の生態を使ってマジマジと見せつけられている気がする。この世界は男が女を想いやると言う、万物の理を基盤にして作られた世界なのだろう。他の種族は分からぬが、きっと七割近くは男が女の為に一生を捧げるのは当たり前なのかもな。
まさに尽くしてくれる男の最終形態と言っても過言ではない世界。世の女性が灯火蝶の美しさと生き方を見れば、さぞ幻想的で、さぞロマンティックな光景に映るであろう。
雌を想い、来世に願いを託し、河底で健やかに眠る雄蝶達に吾輩は敬礼する。
だがしかし、尊敬の念を抱いたのも束の間。妻である雌蝶はスッキリした顔して次の雄を漁りに行くではありませんか。卵を授けては次の雄へ、卵を授けては次の雄へ……。その光景を目の当たりにして、吾輩は呆気に取られてしまった。
悲しい因果だ。例え雄と雌の個体数比率やバランスを変えた世界を構築しても、結局生命として種を残す為に最善の進化をしているだけ。妻が相思相愛の思想を詰め込み作った世界でも、理想通りの世界にはならぬという事のようだ。
世界の創造とは本当に難しい。
いずれ神様間でマニュアルを作って世界創造の規格を作らないといけないんじゃないか?
そんな事を他人事のように考えてはみたが、正直どーでも良かった。それよりこの世界の美しさに吾輩の胸は高鳴りが止まらない。
雄が雌を思いやる世界を作ってしまったが為に、雌がビッチ化しているなら、ここは吾輩にとっては桃源郷でしかなかったのだ。
もし猫族がこの世界にいれば、きっとビッチに違いない。そしてカワイイ子猫ちゃんが居れば完璧だ。ビッチの猫ちゃんなら、他の世界のように雌猫の所に通いつめ、必死にマタタビや煮干しを貢いだり、ご機嫌取りをする必要がないからな。きっと逞しい雄を演じて居ればきっと尻尾を絡めてくるはず!
想像するだけで涎が止まらない。
求める先は猫の猫神による猫の為のハーレム。ニャンニャンハーレム!
毎日毎日数万と言う子種が実る吾輩の一物を有効活用する時が遂に来たのだ!
妻が作った世界で夫が不倫しまくる。そして妻は夫の命を狙う。
読者も無様に思う末期の夫婦間であろう。いい意味でも悪い意味でも自身の結婚感の参考にしないでおくれ。
だが、神様がこんな事言うのもなんだが……欲って皆、誰しもあるよね。これだけ偉く、高貴で、威厳のある猫神様でも煩悩まみれなんだから、人間如きがそれを取り除けるなら苦労はしないと思うぞ。
吾輩と妻の煩悩と煩悩が綱引きをしている今現在。折り合いが付いていたら命が狙われる大惨事になっておらん。妻は吾輩を殺してまで吾輩を我が物にしようとしておるのだから、逃げても仕方あるまいではないか。吾輩は灯火蝶にはなれん。アイデンティティを変えて剥製覚悟で妻に添い遂げるつもりは毛頭ない。てかその気があったら不倫などしとらん。こうなったら! とことん謳歌させてもらうぞ!
どうせ殺されるなら死ぬまで遊んでやる! っと開き直った矢先。何処に向かえば猫ちゃんに会えるのかと作戦を考える吾輩。
丁度傍に腰掛けになりそうな切株が目に留まり、吾輩は腰掛けて考える事にした。
「よっこいしょ……あれ?」
まずは寝床の確保と考えるのも束の間。気付いた時には時すでに遅し。視界の映る蝶達が三重にブレ、吾輩は全身の力が抜け、膝から崩れ落ち、草むらに倒れ込んだ。
「ち……力が入らない」
喉仏に感じる痺れと痛みに気付き、吾輩は我に返った。
そう、吾輩は既に妻に殺されておったのだ。
天界では飲まず食わずで生きられる神様のみが許される不死の体。その神の力と尊厳の源であるのが喉仏。その魂の権化と言っていい喉仏を潰されてしまい、吾輩は神としての不死の力を失っていたのだ。
不死の力を失えば、どれだけ偉く、高貴で、威厳のある猫神様もただの猫。
吾輩は喉を潰され今にも死にかけている野良猫に成り下がったのだ。
普通極まりない斑模様の猫になった、と同時に感じる今まで味わった事のない心臓の鼓動。
これが生き物に宿る生命の鼓動なのか? そして同時に感じる妻の怨念とでも言おうか、喉に突き刺さった焼き切れる程の絶え間ない痛み。胃を掻きむしる程飢えに苦しむ空腹。今眠ってしまったら二度と目覚められないであろう強い睡魔に誘われる。そして、先ほどまでは手で押さえずとも留まっていた喉の血が、栓が外れた風呂釜のように溢れでて来た。吾輩を軸に大輪の向日葵の如く咲き広がる夥しい血溜まり。
痛い。痛い。痛い。痛い! た、助けて、誰か助けてくれー!
吾輩は神様に願った。神様が神様に慈悲を請うなどプライドもクソもないが、藁にも縋る思いで潰れた喉仏を無様に必死に唸らせた。
「ゴロゴロフンにゃー」
吾輩の一生で始めて訪れた生命と死。
たった数十分で吾輩の命は終わってしまうのか?
くそ!
吾輩は深く後悔した。どうせ殺されるなら、あの時、未遂ではなく、メンフィアちゃんを冥土の土産に抱いておけばよかったなと……。
あっ、そっち? っと思った読者よ、吾輩はプライドよりも大きいイチモツを持った雄猫の中の雄猫であり、阿呆の中の阿呆である。
闇夜の中に下心と意識と命が消え掛けた刹那の瞬間。吾輩はふぃっと体が浮く感覚を感じた。これが冥界に誘われる魂の分離と言う奴か? 吾輩が覚えているのはここまでである。今思い出せば、出来ればここで死んでおく方が吾輩にとって幸せな一生だったかもしれない。
体が浮き上がる感覚。これはあ奴が重力を意のままに操る、「魔法」という力で吾輩を持ち上げ連れ去ったからだ。
神様を誘拐する。
これが非道で無情で欲情に満ちた極悪な魔法使い、脱法ミントとの出会いだった。
「神様捕まえた!」