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「どうしたの?」


 手を組んで祈りを捧げていたゆかが、まっすぐに美鈴を見た。身長の差があるため、だいぶ下を見る。


「なんで綿貫さんは、わたしがかわいいって言うの?」


 尋ねられたゆかは一瞬硬直して、歩みまで止まった。


「わたしなんかより、綿貫さんとか天沢さんのほうが美人だよ?」


 美鈴からすれば、ゆかや薫の方が憧れの美人像に近い。ゆかは陸上部のトップエースで、全国大会記録保持者である。


 先月隣町の高校の女子生徒に告白された。少女のような可愛らしさはあまり無いが、男女問わずに美人と認められるだけの容姿は備えている。


 薫は発育のいい体と、いかにも人好きのするやさしい顔。長い癖ッ毛が歩くたびにふわふわと動いて、その周りまでもが暖かくなるような雰囲気を持つ。まして成績優秀で家柄もいい正真正銘のお嬢様で、その容姿は他校にまで知られていて、先週も他校の学生から告白を受けたところだ。


 そんな二人に比べればと、美鈴はどうしても自分の価値を見出せず、いつもゆかがほめてくれるのが不思議で仕方ないのだ。


「背だって小さくて、よく小学生と間違えられるし。先生に目つき悪いって怒られるし」


 突然歩みを止めたゆかに遅れて、半歩前に出た美鈴は振り向いて下から彼女の顔を覗きこむ。その瞬間固まっていたゆかは全身をわななかせて、そして爆発した。


「何をいうかこの天然子猫娘がぁあああッ!」


 火山噴火のような勢いでゆかは叫び、目の前でびくと肩を震わせた美鈴に飛びついた。


 小さく悲鳴を上げた美鈴にかまわず、彼女の全身を撫で回して頬擦りしまくる。その場に押し倒さんばかりの勢いだ。


 美鈴は卑屈に言うが、それはもはや嫌味に取れなくも無いレベルだ。


「こんなにかわいいものが他にあるかってんだいちきしょうめ。謙遜激しすぎて嫌味だぜお嬢ちゃんよぉ!」


 全身くまなくまさぐられて、髪の毛や制服の裾が激しく乱れる。


 くすぐったい上に、興味深そうにじろじろと見てくる周囲の視線が恥ずかしい。


 慌ててスカートの裾がまくれ上がらないように押さえようとしたが、どうやらもうだいぶ手遅れらしく、その裾が本来の位置よりもずいぶんと高いところある。


「わ、わたぬきさん!」


 混乱して呂律の回らない叫びを上げても、暴走したゆかは止まらない。強い抱擁はやがで首筋に顔を埋め、熱い吐息となにかが首の皮膚に触れる。


「この腕に収まりきるのがたまらねぇ!」


 意味の分からない叫びを上げる彼女を止められるのは薫だけだが、その彼女は居ない。


 本格的な身の危険を感じて身をこわばらせた刹那、ぬっと暴走するゆかの背後に影が伸びた。


「こら、暴走しない」


 がつんと音がして、ゆかの手が止まった。その隙にさっとその影が拘束の手を解いて、美鈴を開放した。


 涙目になっていた美鈴が顔を上げると、乱れた彼女の服をすばやく直す薫の顔が見えた。


「あまさわさん!」


 委員の仕事で忙しいはずの彼女がどうしてここに居るのかは分からないが、それでも身の危険を救ってくれた相手に敬意の念で見上げた。


「まったく。二組の図書委員の子に言われて来てみたら……」


 どうやら来るのが遅い美鈴を探しに来たらしい。


 ため息をついて肩を落とした薫。その背後に美鈴はさっと隠れて、隙あらばと身構えるゆかを見つめる。


「だいたい何してるのよ、こんなところで……」


 尋ねられると、ゆかは目を光らせて拳を握った。


「聞いてよ! この子ったら自分なんかかわいくないとか言うんだよ! そんな勿体無いおばけが出るようなこという子は、このゆかお姉さんがお仕置きですよ!」


 独裁者の演説のように力説するゆか。それを冷めた目で見つめていた、薫は頭を振って額に手を当てる。ちらりと自分の二の腕にしがみつく美鈴を見て、ふっと息を吐いた。


「まぁ、言いたいことは分かるけれど、あまり騒がないでね」


 大型の肉食動物を観察する小動物のような美鈴の肩に手をまわすと、一瞬びくりと肩を震わせたたがすぐに上気した顔を上げて薫を見つめてきた。大きな瞳をめいっぱいに潤ませて上目遣いに見上げられた薫は、保護欲にかきたてられてぐいと回した腕に力を込めた。


「あれは、病気が治るまでそっとしておいて、図書室にいこうね」


 美鈴はこくんとうなずいたが、すぐに小首をかしげた。


「綿貫さん、病気なの?」


 その言葉に小さくふき出して、薫は美鈴の背中を押して図書館に向かった。


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