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天沢薫は、中学生に見えない成長の早い少女で、私服で歩いているとやはり高校生と間違えられることが多々ある。さらに言えばゆかと二人だとカップルに間違えられる事もある。
生まれつき色の薄い髪と肌が特徴的で、栗色の髪はゆるいウェーブがかかっていて背中の中ほどまである。
人の良さそうな優しい顔と口調で、生徒と教師の両方から人望が厚く、当然のようにクラス委員を務め、さらに全学年のクラス委員を束ね上げる学生委員長という役職も持つ。
「うん」
薫に尋ねられて頷いた美鈴は、ちらりとぶーぶーと文句を言っているゆかを見た。
「んにゃ? やーん、こっち見たー!」
にんまりと笑顔になったゆかは、手を伸ばして美鈴の顎をなでる。それが妙にくすぐったくて、美鈴は目を細めた。
「かわいいぃいいッ! ごろごろ鳴いてぇん。もってかえりたーいっ!」
怪しく身悶えて、荒く吐息を漏らすゆかが美鈴にはよく分からない。
もともとコミュニケーション能力があまり高くないのもあるが、美鈴には彼女達のことがよくわからない。
なぜ自分のような地味で、可愛げがないものにこうしてやさしく接してくれるのか、まるでわからなかった。
「ほら、もうやめなさいって……」
後ろから襟首を掴んで飛びつかないようにする薫は、呆れてため息を吐いた。
「にゃーっていって、にゃーって。そしたら満足するからぁ!」
しかし注意されたゆかはお構いなしで、さらに熱く顔を上気させる。その熱意と対処法が分からない美鈴は彼女の要望を聞き入れた。
「にゃぁ」
美鈴は小首をかしげながらも、右手を猫の手にし顔の横に掲げて精一杯猫の真似をしてみた。一瞬ゆかは固まり、そしてぷっと音を立てて鼻から鮮血をほとばしらせた。。
「ちょッ!? どれだけお熱なのよ!?」
さすがの薫も、あわててポケットティッシュを取り出す。
「見よ、かのものここにあり。この者こそ」
まるで天に召される聖人のように祝福に満ち満ちたゆかの顔を見て、薫は肩をすくめた。そしてティッシュでごしごしと乱暴にふき取り鼻の穴に丸めて押し込んだ。
「この色ボケ中年オヤジ」
ばしりともう一度頭を叩く。しかし当の本人は満面の笑みを崩さない。
「綿貫さんは女の子だよ?」
二人のやり取りを黙って見ていた美鈴は、小首を傾げて尋ねた。それに一瞬きょとんとなった薫は、次の瞬間堪えきれずに笑う。
「この子は天才なんだか、天然なんだかわからないんだから」
くすくす笑う薫。それを見てまた自分が何か変な事をしてしまったのかと困惑した。
美鈴の机に身を寄せて、少し遅れて昼食を始めた三人はいつもこうして昼食を摂る。
昼食を談話しながら終えると三人は立ち上がり、手際よく片付けていく。それぞれ昼休みには用事がある。そのため長々と教室に居座らないのだ。
「私は仕事があるから」
薫はまたねといって弁当箱を自分のカバンに入れ、教室を出て行った。
他校で云えば薫の役職は生徒会長という事になる。彼女自身が世話好きなためいくつも仕事を背負い込んでいて、当然忙殺されそうなほどに忙しい。
おかげで教師達からは生徒以上の信頼を得ている。嘘か誠か通知表の備考欄は彼女が書いているという噂すらある。
薫を見送ると、美鈴とゆかも教室を出た。
「あーなんでこの子はこんなにかわいいんだろうか。どうか、わたしに下さりませんか神様」
ひどく歪んだ祈りをあげるゆかを、美鈴は横目でちらりと見て、ちいさく唸った。