第二話 無慈悲
二人は店から飛び出し、そのまま路地裏から抜け出す。
周りに光が差し込むと同時に、路地裏にはなかった日常の音が次々と聞こえてくる。
人々の話し声、自動車が前を横切る時の走行音、立体映像から聞こえる広告音声。
いきなり数多くの情報が頭に入ってきて、少しやかましく思えてしまう。
平日だと言うのに人通りは多く、子供たちの姿も見られる。
床などにゴミは一切なく綺麗な道が奥まで続いており、辺りには多くの高層建築物が立ち並び周囲の景色を遮ってしまっていた。
路地裏から抜け出し、少し時間が経った頃、アベルが下を向いたまま喋り始める。
「ごめん、周りを見るまで気が付かなかった。……本当にごめん」
それを聞いたカインは、怒るどころかニカっと笑ってみせ、全く気にしていない素振りを見せた。
「な〜に言ってんだよ。弟は兄に迷惑をかけちまうもんだし、兄はそんな弟の尻拭いをしてやるもんなんだよ。失敗しないやつなんていねぇよ」
「だから気にすんな、な」
そう言うとカインはアベルの頭をポンっと優しく撫でる。
「……ありがとう」
アベルはカインの方を見て少し笑ってみせるが、作り笑いのようになってしまう。
そんな様子を見てカインは何か閃いたような表情をし、その考えを口にする。
「よし、こうゆう時は美味いモン食いに行こう。腹いっぱいになりゃ気分も変わるだろ。早速行こうぜ」
それを聞き、思わずクスッと笑ってしまう。
「もしかして、たこ焼き?」
「俺はあれ以上に美味い食いモンは知らないね」
カインは店へと向かって歩き出し、アベルも遅れないように横に並んで歩き出す。
少し道を歩いた頃、三人の子供たちが二人の前を通り過ぎる。
「まてまて〜」
「わー逃げろー」
その後に親らしき人物が慌てた様子で通り過ぎていった。
それを見たアベルは足を止めたことにさえも気づかず、ただその光景を見つめている。
そして自分の意思に反して、気がついた時には何故か自然と言葉が出てきてしまっていた。
「俺にもあんな時があったんだろうか」
自分がどうしてこんな行動を取ったのか、なぜそんなことを思ったのか、それはアベル自身でさえもわからなかった。
不思議に思いつつも振り返り、やっと距離ができてしまっていることに気がつく。
急いで戻ると、カインが話しかけてきた。
「どうかしたのか?」
「え、いや、え〜と」
カインの当たり前の疑問に、自分ですらわからない答えを必死に探す。
「あー、今の子供達もいつかは悪い人に変わっちゃうのかな〜って思ってさ」
カインが納得している様子を見て、こっそりと安堵する。
「まぁ、今は学校もないし可能性がないと言うことはないだろうな。実際、最近は治安が悪いように思えるしな」
聞き慣れない単語に思わず声に出してしまう。
「学校?」
カインは目を見開き、驚いた様子でアベルを見る。
「マジか!学校知らないのか。それじゃあ店に着くまで昔話をしてやるよ」
カインは一息つくと話し始めた。
「昔はな、学校って言う教育場みたいなもんがあって、そこで勉強したり、人とのコミュニケーションをとったりしてたんだ」
「日本の治安が悪くなったのも、学校を廃止したせいだって言っている奴もいる」
カインはフッとバカにしたよに笑い、言葉を続ける。
「俺はそうは思わないけどな」
カインの言い方に少し違和感を感じるも、気にせず話を聞く。
「他にも、自動車は今みたいに自動運転じゃなかったみたいだし、植物は人工物じゃなかったらしいぜ」
「ふーん、結構変わってきてるんだね。人工物じゃない植物なんてタネしか見たことないな」
「昔と比べると変わってることは結構__」
その時、カインの言葉を遮りけたたましい音が鳴り響く。
後に続いてアナウンスが流れ出した。
「只今から、酸素補給を致しますので、半径500m以内にいらっしゃる方は、速やかに移動してください。繰り返します__」
アナウンスが流れていた方向を見ると、周りの高層建築物に負けないほどの高い煙突が見えていた。
カインはやれやれと苦笑いをする。
「逆に悪くなっちまったもんもあるけどな、あれが都道府県全てにあるなんて信じらんねぇよ」
二人が話しているうちに気づけば目的地であるたこ焼き店が見えてきていた。
その場所は繁華街となっていて先程の場所よりも人通りが多く賑わっている。
周りにはマークだったり生き物だったり、様々な立体映像があちこちに見え、自分たちの店をアピールするために使われていた。
「ここが一番美味いんだよな」
目的地に見え始めた途端、カインの顔に自然と笑みがこぼれる。
その店の前には看板が置かれていて、タコのキャラクターが客足を呼んでいた。
周りを見て客が来ていないことを確認すると、急ぎ足で店の前まで移動し店員に話しかける。
「よぉ、いつもの頼むぜ」
「あいよ、ちょっと待ってな」
そう言うと店員はテキパキとたこ焼きにソースや鰹節を乗せてゆく。
「へいお待ち、兄貴はいつも通りジャンボにしてるぜ」
「サンキューな」
カインがポケットからお金を取り出し店員に渡す。
「いつもわりーな」
「いいんだよ、お前らほどこの店のたこ焼きを美味しいって言ってくれる奴は、なかなかいないからよ」
店から離れる際に、また来いよーと店員の声が聞こえアベルはうれしく思うと同時に、悲しくなり、複雑な気持ちになってしまった。
二人を受け入れてくれる場所というのはほとんど存在せず、正体を知ってもなお歓迎してくれる所など数えるほどしかない。
また、出入りができていたとしても周りの客に気づかれてしまうとすぐに出禁されてしまっていた。
自分たちのせいで店に被害が出てしまい、いつかここも来られなくなってしまうと、悪い考えがどうしても頭に浮かんでしまう。
「食べないのか?」
カインはもらってからすぐに食べ始めていたため、もう3つ目を食べ終わり4つ目を食べようとしている所だった。
アベルはハッとし顔をあげる。
「えっ、いや食べる食べる、食べるよもちろん」
そう言い蓋を開けると、中から鰹節とソースの美味しそうな匂いが立ち込めた。
不思議とさっきまでの嫌な気分は少しずつ薄れていき、自然と笑みが溢れる。
たこ焼きを食べている最中、カインがあることを思い出す。
「そういえば、アベルは明日から仕事か。荷物運びだから疲れると思うけど頑張れよ」
「アルバイトだけどね。だけど大丈夫かな」
「大丈夫だ、きっとできる」
いつものようにカインは励ますが、アベルの不安が消えることはなかった。
もともと、アルバイトはアベルの人間不信を和らげるためにカインが提案した物であり、自分からしようと思ったわけでわない。
ましてや、自分が人に近づくとどんな顔をされるかなんて目に見えている。
だが、逃げてばかりでは何も変わらないことも同様に理解していたため、しぶしぶ提案をのんだのだ。
もしかしたら、そんな心の奥底に秘めた想いを胸に。
「さーて、このあとは何すっかな」
気がついた時には、もうカインはすでにたこ焼きを食べ終わっており、この後の予定を考え始めていた。
「アベルは何かしたいことあるか?なんでもいいぞ」
アベルは少し考え、やがて答えを出した。
「俺は特にはないかなー。それにまだ行ったことない所多いし、カインが行ったことあるところに行ってみたいな」
「OKだ。それじゃあとびっきりの絶景スポットに__」
カインが言いかけた時、突然ポケットから音か鳴り出し言葉を遮る。
「なんだよ〜空気読めよな〜。ちょっと待ってな」
そう言うとカインはズボンのポケットから小さな球体を取り出す。
どうやら携帯電話の着信音だったようだ。
球体が光を放なち、その光から名前と応答するか、拒否するかを選択することができる立体映像が映し出される。
電話をかけてきた相手の名前を見たカインは露骨に嫌そうな顔をし、重いため息をつく。
一度は拒否しようとするものの、出ないとめんどくさいことになると思い直し、仕方なく応答することにした。
「エータダイマデンワニデルコトガデキマセン、ゴヨウケンガアルカタハピート__」
「今すぐに戻ってこい」
カインの言葉を完全に無視し、重圧のある声が聞こえてきた。
「今すぐ戻ってこいだと〜、お前が休んでいいって言ったんだろうが、話が違うぞ!」
「仕事がない間だけと言ったはずだ。今すぐに戻ってこい、これは命令だ」
先ほどよりも声に圧が加わり、相手から最終警告が出されていることがわかる。
それを聞き苛立ちを覚えたカインは、ヤケクソになりながら言葉を続けた。
「そうですか、わかりましたよ戻りゃいいんだろ戻りゃ、俺が戻るまでの間せいぜい首長くして待ってやがれ」
そう言ったあとすぐにカインは通話を切り、乱暴にズボンのポケットにしまう。
先ほどまで態度がでかかったカインだが、今は打って変わって静かになり申し訳なさそうに俯いていた。
そこから少しの間、二人に静寂が訪れる。
一瞬のはずの1秒が今はとても長く感じ、周りの音は先ほどよりも鮮明に聞こえていた。
それはアベルも同様に。
まだ続くと思われたこの空気は、意外にもアベルによって破られた。
「こんなことあまり言いたくはないけど……正直なところ、これだけはどうしても理解できないよ。…………あいつらに従うなんてさ」
カインは何かを言おうとし顔を上げるが、結局何も言わずまた俯いてしまう。
その表情はどこか苦しそうに見えた。
アベルはまたかと心の中で思う。
そんな顔をするのになぜ行くのだろう?二度といきたくない、あの場所に……
アベルがそう思っているとカインがようやく喋り出した。
「すまねぇ、だけど俺は行かなくちゃならないんだ。行かないとダメなんだ」
そう言ったカインの顔はいつもの顔つきに戻りつつあった。
アベルは納得していない様子だったが、少し経った後にため息をつき、引き止めるのを諦めてしまう。
「わかった、だけど怪我しないようにしてよ」
「俺が一回でも怪我して帰ってきたことあったか?そこだけは心配しなくても大丈夫だ」
ニカっと笑い、そのままアベルに背を向ける。
「行ってくる」
そう言い残しカインは走り去っていった。
その様子を、アベルは黙って眺めていたが、次第にカインとは反対方向に歩き出す。
歩いている最中、アベルは気付かぬうちに唇を噛み締めてしめていた。
アベルがそれに気がついたのは少し離れたところから、一際大きな声が聞こえた時だった。
何かと思い、その声のする方に目をやると、どうやら自動車に付いているスピーカーから聞こえているようだ。
「私たちの国、日本をより良くするためには、国民の皆さんの協力が何よりも不可欠なのです。これからも我々は協力し合い__」
自動車は他と同じく自動走行のようだったが、他と違い人の姿は見えず、ただ音声だけが聞こえている。
アベルはその話を若干呆れ気味に聞いていた。
「毎週毎週よくやるよ、なんの意味があるんだろう」
そのまま通り過ぎようと思っていると、どこからかジェット機のような音が聞こえ出す。
次第に音は大きくなり、何かが通過したと思うと同時に、先程のスピーカー付きの自動車が突如爆発する。
凄まじい爆発音と共に、熱風があたりに広がっていた。
爆発したその衝撃で自動車は横転し、部品やパーツが周囲に散乱している。
その際タイヤの一つが、近くにいた二人組の親子の方に飛んでしまっていた。
親子は突然のことで全く動けず、母親は必死に子供を守ろうとする。
それを見ていたアベルは咄嗟に手を伸ばす。
その瞬間、親子にぶつかりそうだったタイヤは粉々に砕け散り、最悪の結果は防ぐことができた。
急いで親子のもとに駆け寄り、怪我がないか声をかける。
「大丈夫ですか!何処か怪我は__」
そこまで言ったところで母親から睨まれてしまい、アベルは足を止め口を閉じてしまう。
勝手な想像だが、アベルが感じたものと母親が思っていることは同じだと思ったからだ。
母親はその後すぐにアベルに背を向け、何も言わずに走り出してしまう。
一部始終を見ていた周りの人たちから次々に言葉が飛んでくる。
しかしそれは、決して人の命を救ったかもしれない人物に対して送られるような言葉ではなかった。
アイツは我々とは違う、我々人間とは違う。
たったそれだけで賞賛の嵐は、罵声の嵐へと姿を変えたのだ。
周りの視線や言葉に耐えきれず、思わず胸を押さえながら下を向いてしまう。
「なんでだよ」
必死で抑えていた思いが、喉から絞り出すようにして本音が口から溢れる。
その際、アベルの中でさまざまな考えが渦巻く。
どうしてこうなった、俺が悪いのか、こんな事になるくらいならいっそのこと……。
違う!それは違う。……それは違う。
ゆっくりと深呼吸を繰り返し、呼吸を整える。
アベルは少しだけ落ち着きを取り戻し、燃えている自動車の方へと顔を向ける。
自動車に向けて腕を振り払うと強風が巻き起こり、たちまち炎は掻き消えた。
炎が消えると人々は先程のように言葉を発することはなく、呆然とその光景をじっと見ていた。
完全に消えたことを確認し、先程の道を引き返す。
静まり返った道を歩きながらアベルはいない存在に対して質問をしていた。
「なぁ神様、なんで俺はこの役に選ばれたんだ?」
当然、答えが返ってくることはなかった。
返ってくることがあったとしても、そこに意味なんてないんだろう。