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九話 メリットとデメリット

「おかえりなさいませ、アリス様」

「ただいま、陽菜」


 家に帰っていつものように出迎えてくれた陽菜を連れ添って自室へと向かう。

 脱いだ制服を陽菜に渡しながら、わたしはラフな部屋着へと着替えた。


 ふと、わたしの制服を丁寧に仕舞っていた陽菜が何かに気付いたように声を上げた。


「アリス様、これは……?」

「あ、忘れてた……」


 陽菜がポケットから取り出したのは、今朝赤坂さんからもらったおにぎりのゴミだった。

 ポケットに仕舞っていたのを忘れていた。


「赤坂さんからいただいたの」

「ゴミをですか?」

「そんなわけないでしょ!」


 真剣なのか冗談なのかわからない表情で訊かれて、思わず突っ込んでしまう。


「朝食のおにぎりを一つわけてもらったの」

「アリス様はこちらですませてから向かわれたはずでは?」

「そ、そうだけど……」


 朝食を食べたのにおにぎりを貰ったことを陽菜が訝し気に見つめて来る。

 やがて、何か結論を得たのか納得したように頷いた。


「明日から朝食を増やすように伝えておきます」

「大丈夫、大丈夫だから!」

「……ひとまず、こちらは処分しておきますね」

「う、うん。……あ、待って」

「はい?」


 おにぎりのゴミを捨てようとする陽菜を止める。

 ……よくよく考えると、あのゴミも赤坂さんから初めて貰ったものになる。

 だったら捨てるのはなんだかもったいない気がする。


「……やっぱり残しておいて。記念にとっておくわ」


 そう伝えると、陽菜は「一体何を言っているんだろう」とでも言いたげなジト目で睨んできた。


「……捨てます」

「待って! 有効活用するから!」

「どういう風にですか」

「……しおり?」

「捨てました」

「捨てられてる!?」


 目の前でゴミ箱に放り入れられてしまった。

 わたしが中から拾い上げるのを防ぐためにか、陽菜はそのままゴミ箱を抱えた。

 流石にそんなことしないのに。……たぶん。


 自分の手元を離れると途端に名残惜しくなって、わたしは陽菜が抱えるゴミ箱を目で追った。

 そんなわたしに陽菜は呆れた様子でため息を零して部屋を出て行った。


 わたしも部屋を出て食堂へ向かった。

 部屋に入るとすでに陽菜がいた。


 席に着いて夕食をとりながら、わたしは後ろに控える陽菜に話しかける。


「そうだ、今週末に赤坂さんがいらっしゃることになったの。最大限のおもてなしをするように伝えておいてくれる? 場合によっては本宅から人員を借りてもいいわ。お父様たちには私の方から伝えておくから」

「いくつか確認したいことがあります」

「なに?」

「その赤坂……様は、本当にアリス様の恋人なのですよね?」

「そ、そうよ……ええ」


 気恥ずかしくなりながら頷き返す。


「では、ご友人をおもてなしするというよりは、将来のアリス様の伴侶をおもてなしするということですか?」

「伴侶って、そんな……気が早いわよ、えへへ、へへ……」


 って違う違う! これは契約で、今のところ赤坂さんにはその気がないんだから……!


「……………………」

「どうしてそんなに泣きそうな顔をしているんですか」


 空いた皿を下げようと前に来た陽菜が心配そうに訊いてくる。


「……なんでもないの。そうね、ひとまず赤坂さんのことはお友達ということでいいわ」

「かしこまりました。ところで、なぜ突然赤坂様をこちらに?」

「今のところわたしは彼に甘えているだけだから、愛想を尽かされたくないの」

「愛想を、ですか?」

「ええ。彼には贅沢してもらわないと」


 自分の中でどう取り繕っても、わたしと赤坂さんの関係はただの契約。疑似交際。

 メリットとデメリットのバランスで成り立っている関係。

 わたしの方から契約を打ち切るなんてことはあり得ないけど、赤坂さんはわからない。


 今のところ、彼がわたしと交際することで得られているメリットはないに等しい。

 ……正直、最初に彼から契約の話を聞いた時もそれは感じていた。


 赤坂さんがわたしと付き合うメリットよりもデメリットを大きく感じて契約の打ち切りを提案してくるよりも先に、わたしは彼に好きになってもらわないといけない。


「赤坂さんに意識してもらえるように頑張らないと……っ」


 どれぐらい時間がかかるかはわからない。

 だから、当面はこの契約を続けるメリットを提示し続ける。


 そのためにも使えるものはなんだって使うんだ。


「……やはり、おかしい」


 お皿を下げながら、陽菜がボソリと何か呟いた。


「何か言った?」

「いえ、なんでもありません」


 恭しく頭を下げて来る陽菜に、わたしはそれ以上の追及をやめる。


 ……週末、何を着よう。

 あとで陽菜と一緒に選ばないと。

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