八話 契約変更
「や、おはよう。今日は重役出勤だね」
「その言葉は遅刻してから言ってくれ」
教室に着いて席に鞄を下ろすと、すでに登校していた大河が話しかけてくる。
俺は適当にあしらいながら席に座った。
「今日は七星さんと一緒に登校したのかい?」
「まあな。契約の履行だ、履行」
「ふーん」
意味ありげな笑みを刻む大河。
そういえばこいつにデコピンするんだった。
「いてっ、何するんだよー悠斗ー」
「昨日のあのメッセージはなんだ」
「クラスの皆の疑問を代弁してあげたんだよ」
「余計なお世話だ」
代弁されるまでもなく連中の考えていることなんてわかっている。
……それにしても、あの感覚は久しぶりに味わったな。
七星さんと教室に入ってすぐに教室内が一層ざわついて、かと思えば静まり返り、まるで皆が意識していないように振舞っている。
そんなに気になるなら話しかければいいのにとは思うが、そういうクラスの雰囲気の中で話しかけられるやつがいたらとっくにそうしているだろう。
七星さんも気にしていないといった様子でいつものように教室の真ん中に座っている。
「そういえばさっき七星さんに言われて気付いたんだが」
「うん」
「俺ってどうやって人脈を広げたらいいと思う?」
「うん?」
俺が訊くと、大河は怪訝な表情を浮かべた。
俺は軽く朝の七星さんとの会話を説明する。
「……つまり、悠斗はお金持ちの家の子の彼氏になれば勝手にお金持ちの知り合いが増えるだろうという安直かつ短絡的で凄くお間抜けな直観的な考えで七星さんに偽装交際の契約を持ち掛けた、と」
「長い長い。いや、七星さんに言われて気付いたんだが、冷静に考えると向こうから接触してこない限り人脈が増えないなと」
「…………」
何を当たり前なことを、とでも言いたそうに大河がジト目で見つめて来る。
「悠斗がここまでバカだとは思わなかった。いや、バカという罵倒すら生温いね! 今日から君の名前はバカバカバカトだ!」
「名前の原型最後に〝と〟しか残ってねえじゃねえか!」
あまりにも酷い言われようだ。……正直何も言い返せないが。
「アニメとかラノベだとこういう時どうやってるんだよ」
「こういう時だけ頼られてもね。……まあそうだね、大抵の場合は人脈を持っている方から主人公に接触してきてくれるものだけど、悠斗の場合それに当てはまらないからね」
なんだかんだでしっかり考えてくれている。
持つべきものは金と友だな。
「やっぱり七星さんに紹介してもらうとか、そういう場を設けてもらうしかないんじゃないかな。……問題は七星さんがそこまでしてくれるかってところだけど、そこは大丈夫だと思うな」
「そうか? 七星さんからしたら何もメリットはないように思うけど」
「あくまで僕の私見ではだけどね。――っと、じゃっ」
話の途中で先生が入って来た。
大河は軽く手を挙げて俺に背中を向けた。
ホームルームが始まり、先生からの連絡事項を聞きながらぼんやり考える。
……七星さんに財界人を紹介してもらう、ね。
言葉で言うのは簡単だが、言葉ほど簡単ではない。
もし俺と七星さんが本当に付き合っていたなら交際を重ねるうちに自然とそういう場もできたかもしれない。
だが、俺たちはそういう関係じゃない。
「……契約内容を人脈を紹介してもらう、にしておくんだったな」
ボソリと呟く。
……いや待て、契約、そう、契約だ。
天才的な発想が閃く。
俺は取り出したルーズリーフにガリガリとシャーペンを走らせた。
◆ ◆
「――契約変更、ですか?」
昨日と同じくレストランで昼食を摂りながら、俺はその話を切り出した。
俺が口にした言葉を小首を傾げながら反芻した七星さんに、頷き返す。
「そうだ。今朝七星さんに言われて気付いたんだ。七星さんの彼氏になっても、向こうに俺のことを知ってもらえていないとそもそも人脈を増やすことなんてできないと!」
「は、はい」
「だから契約を一部変更、というか追加したい。七星さんさえよければ、今後そういう人と会う時それとなく俺の名前を出して欲しい」
まずは知ってもらうこと、そして俺の名を少しでも広めておくこと。
そうした地盤づくりを七星さんには頼みたい。
「赤坂さんをご紹介すること自体は構いませんけど……わたし、赤坂さんがいないところで彼氏自慢のようなものをするんですか? その、少し恥ずかしいというか、その……」
「自慢はしなくていいから、名前を出してくれればそれで」
「……あっ、そうですよね……あはは」
誤魔化すような笑顔を浮かべて七星さんは視線を彷徨わせる。
小さく咳払いをして居住まいを正した。
「……わかりました。そういう機会があればそれとなく赤坂さんのことをお話ししてみます」
「助かるよ。礼というのもなんだけど、逆に七星さんが俺にして欲しいこととかないかな」
「して欲しいこと、ですか? …………っ」
眉を僅かに寄せて真剣な表情で考え始めた七星さんだったが、突然顔をぶんぶんと振り始めた。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫です……っ!」
焦った様子で強く言われた。
それきり特に会話が生まれることはなく黙々と食事を進める。
そして、デザートの焼き菓子が届いたところで、七星さんが思いついたように口を開いた。
「でしたら、週末わたしの家に遊びにいらしてくださいませんか?」
どうしてそうなった?