五十六話 進路
「冬服になるとやっぱり冬服最高だなぁってなるけど、夏服を見るとやっぱり夏服最高だなーってなるこの現象、一体なんなんだろうね」
「知るか」
ホームルーム前のいつもの朝の会話。
今日の大河の言葉はこんなくだらない感慨から始まった。
教室の中にいる女子を眺めながら、大河が悩まし気な声を上げる。
俺は一蹴するが、今日の大河はそれでは引き下がらなかった。
「悠斗だって思っただろう? 夏服いいなぁって」
「…………知るか」
「否定までに凄い間があったけど。まあ無理もないよ。朝最初に会ったのがあの七星さんなんだからさ。暗めの冬服も良く似合ってたけど、明るい夏服もいいよね」
「俺に同意を求めるな」
今朝はいつも以上に面倒くさい。
たぶん夏服で気分まで浮かれているんだろう。
教室全体に弛緩した空気が流れている。
大河との間に頬杖をついて教室内に目を向ける。
教室全体がいつもより白い色で覆われている。
だが、七星さんの存在感はむしろ際立っていた。
制服と比べてもより澄んだ綺麗な白髪。
ぼんやりと眺めていると、頬杖をついていた腕をつつかれた。
視線を向けると大河がにやりと気味悪い笑みを浮かべている。
「なんだよ」
「べっつに~」
思わず舌打ちをしそうになっていると、チャイムが響き渡った。
遅れて教室入ってくる担任に、大河は渋々と言った感じで前を向く。
「あー、今から進路希望調査票を配る。今週金曜日に回収するから、それまでに書いておくように」
そう言って、前から細長い紙が配られる。
第一志望から第三志望まで欄が設けられ、その外には就職を希望する人向けの記入欄もある。
……進路、か。
配られた進路希望調査票を机の上に広げ、何気なしに筆箱から取り出したシャーペンを手の中で弄びながら考える。
俺の将来の目標は金持ちになることだ。
とはいえ、進路希望調査票の第一志望に『金持ち』と書くわけにもいかない。
金持ちになるためにとれる進路としては、やはり有名大学に進学することだろう。
別にいい大学に行けば将来安泰かというとそうとは言い切れないが、特別学びたいことがないのなら、ひとまず学歴優先で選ぶべきだ。
そう考えるとやはり全国トップの実績と偏差値を誇る東帝大学を目指したいが、俺の学力では難しい。
……いや、まだ高校二年。時間はあるな。
以前までの俺なら諦めていたかもしれない。
だが、中間考査の結果が俺に少なからず自信を持たせた。
あの短期間、実質一週間ほどの勉強であそこまで成績が上がったのなら、これから入試までの期間死に物狂いで勉強すれば東帝大学も夢じゃないんじゃないか?
――なんてのは、受験を舐めてるやつの考えだよな。
わかっている。
世の受験生が毎日どれだけ勉強しているか。
塾に通い、予備校に通い、夜も寝る間を惜しんで勉強していることぐらい。
バイトを入れながら片手間に勉強しているようでは到底追いつけないだろう。
「……どうすっかな」
ポソリと、ため息交じりの声が零れてしまう。
いっそバイトをやめるか?
いや、そうなったら卒業後の生活費も、大学の学費も危うくなる。
色々と考えているうちにいつの間にかホームルームが終わっていた。
ガタガタと、周りのクラスメートたちが席を立つ音でようやくそのことに気付いた俺は、ハッと顔を上げる。
いつの間にか俺の方を見ていた大河と目が合う。
なんだか気まずくなって目を逸らそうとすると、大河が突然訊いてきた。
「悠斗、今度の休みうちに遊びに来ない?」




