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財閥のお嬢様と始める偽装交際~「これは契約だ」と思っていたはずが、何故か財閥の総力をかけて甘やかしてくる~  作者: 戸津 秋太
一章

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五十四話 軽率な発言

「ち、違うんですっ。あれはなんというか、その……、いえ、全然違うわけではなくて、わたしのミスなんですけど……でも、違うんですっ」


 球技大会の閉会式が終わり、午後の通常授業に戻るまでの間。

 少し遅めの昼休みに、俺たちはいつも通りレストランに来ていた。


 俺も七星さんもジャージのままだからいつもと雰囲気が若干違う。

 そんな中、七星さんは料理が来るまでの間、顔を真っ赤にして弁解にもなっていない弁解を始めた。


 俺たちのクラスは総合で二位という結果になった。

 俺も七星さんも、一試合目以外はお互いのスケジュールのかみ合わせが悪くてじっくり応援することはできなかった。

 だが時折女子のコートの方を窺えば、七星さんが頑張ってプレイしている姿があった。


 それはそれとして、一試合目の凡ミス――観客席の方を見てボールに当たるというヘマを、七星さんは引きずっているようだった。


「まあ練習の成果は発揮できたわけだし、その後だって悪くなかったんだろ?」

「そ、それはそうなんですけど……折角赤坂さんに観てもらえていたのに……」


 俺がフォローすると、七星さんはもにょもにょと小さな声で独り言を零していた。

 何やら葛藤している様子の彼女の姿が楽しくて、つい笑ってしまった。


「ど、どうして笑うんですかぁ……」


 俺がバカにしていると受け取ったのか、抗議の視線を向けた後すっかり俯いてしまった。

 訂正しようとも思ったが、ふと胸の内に湧き上がった俺の気持ちを伝えることにする。


「俺も、七星さんのお陰で結構楽しめたよ」

「わたしのお陰、ですか?」


 不思議そうに顔を上げて小首を傾げている。

 俺は小さく頷き返した。


「七星さん、応援してくれてただろ? あれで俺も頑張ろうって思えて、いつも以上に動き回った。球技大会が終わった時の達成感と周りとの空気感は、なんというかいつもなら味わえないものだ」


 別に普段からこういうイベントごとで手を抜いているというわけではないが、精一杯のことをしようとはしていなかった。

 こういうイベントには俺よりも活躍できる奴がいると、そういう割り切った考えをしていた。


 だけど、七星さんの声援で普段らしくない動きをした。

 大河も驚いていたが、俺が一番自分の行動に驚いている。


 その後の周りとの一体感とか、そういうのは新鮮なものだった。

 この経験が俺の信条にどうこうあるわけではないが、楽しめた、というのは本当のことだ。


「ありがとう、七星さん」

「……っ」


 心からの感謝を口にする。

 すると七星さんは何かを言いたそうに口を開きかけて、それから噤んだ。

 逡巡するようなそぶりを見せて、彼女はゆっくりと口を開く。


「……わたしも……わたしも、赤坂さんに助けていただきました」

「助けたっていうのは大袈裟な表現だな。ただ一緒に練習しただけだし」


 七星さんの声音が真剣そのものだったので少しおどけて返す。

 しかし、七星さんはそんな俺の言動に惑わされず、ゆっくりと首を横に振る。


「わたし、赤坂さんにボールを怖がっているんじゃないかと指摘されて、思い出したんです。昔のことを」

「昔のこと?」

「はい。……わたしがボールを怖がっていた理由、それに心当たりがあったんです」


 少しだけ弱々しい目で俺を見てくる。

 青く綺麗な瞳が不安げに揺れていて、なぜだか胸が締め付けられた。


「わたし、昔虐められていたんです。小さい頃の話ですけど」

「虐められてたって、七星さんが?」


 意外というか、青天の霹靂というか。

 七星さんは誰にでも優しいし、嫌われるような要素を持ち合わせていないように思っていた。

 お金持ちのご令嬢で誰もが羨む立場にいて、嫉妬するような者もいるかもしれないが、七星さん自身はそのことを誇示するような性格ではない。

 ……まあ、金銭感覚のズレを感じることはあるが。


 そんな彼女が虐められていたとは信じがたいが、七星さんの表情は真に迫るものだ。

 とても茶化す雰囲気ではなくなったので固唾を呑んで耳を傾ける。


「もちろん、先生に止められるようなあからさまなものは少なかったです。ですが、その中の一つに、ボールを使ったものがあったんです」

「ボールを?」

「はい。……体育の授業中に、わたしを標的にしてボールを投げつけてくる遊びが、クラスではやって。……それで、たぶんボールに対する恐怖心がついたのかもしれないと」

「酷い話だな」


 先生に指摘されてもボール遊びをしていただけと誤魔化し、そして先生もまたその戯言を真に受けていたんだろう。

 そうでなくても、面倒なことから目を逸らすために真に受けようとしたのか。


 昼食の席なのに、物凄く重たい空気が流れる。

 俺と七星さん以外この場に誰もいないから余計に。


 俺が黙り込むと、七星さんは今度は穏やかな笑顔を浮かべた。


「ですが、赤坂さんのお陰で過去のトラウマも克服できました。本当にありがとうございますっ」

「助けられたって、そのことか。……別に俺はそのことを知らなかったし、たまたまだ、たまたま。むしろそんな過去を知らずに軽率に色々やった俺も悪かった」

「ふふっ、赤坂さんは優しいですねっ」


 淡い微笑みに奇妙な照れくささが湧き上がる。

 ポリポリと頬を掻きながら目を逸らすと、丁度ウェイターが入ってきてテーブルの上に食事が並べられ始めた。


「……それにしても、七星さんにそんな過去があったなんてな」

「小さい頃はよく気味悪がられていましたから。この髪と目は、どうしても目立ってしまうので」

「? どうしてそれで気味悪がられるんだ? 綺麗なのに」

「~~~~っ、あ、赤坂さんは、安易にそういうことを言い過ぎですっ」

「わ、悪い。……って、俺別にそんなに言った記憶ないんだけど」


 七星さんの反応で俺も軽率な発言だったと謝るが、そんなに怒られるほど言っていないと思う。


「だ、だって、初めてお会いした時も……っ」

「初めて会った時?」


 俺が七星さんに偽装交際の話を持ち掛けるまで、彼女と会話したことはなかったように思う。

 そして偽装交際の話をしたときに、そんな言葉を口にした記憶はない。


 俺が不思議がっていると、何故か七星さんは不機嫌そうに唇を尖らせた。


「やっぱり覚えてないんですね。……わかってましたけど」

「何を?」

「もういいですっ」


 ぷいっとそっぽを向いた七星さんに、俺は何が何だかわからなくて肩を竦める。

 話が思わぬ方向に転んでしまった。


「まあ俺ばかりが七星さんの世話になっているわけじゃないみたいで安心したよ。引き続き、お互いのメリットとデメリットの天秤が平衡を保つ限り、この偽装交際を続けていこう」


 俺がそう纏めると、七星さんは俺の顔を見て小さく一言呟いた。

 その声量は明らかに俺に聞かせるものではなくて、俺の耳には届かない。

 やや間を置いて、七星さんは今度は聞こえる声量で口を開いた。


「……よろしくお願いします、赤坂さん」


 その表情は、やっぱり不機嫌そうだった。

 これにて一章完結となります。

 もしよろしければ、広告下にあります評価欄から評価などしていただけると嬉しいです。

 次話更新は少し空いて9/17からの予定です。

 よろしくお願いします。

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