五十一話 俺のことを見続けて
ボールが投げられても目を開いた状態を保てるようにすることが一番大事だと思った俺は、笹峰さんにある物を用意してもらうように頼んだ。
流石七星財閥といったところか。
三十分ほどで目的のものが俺たちのもとに届けられた。
俺が頼んだのは当たっても痛くない、少し力を入れると凹むほど柔らかいボール。
ドッジボールと同じぐらいの大きさではあるが、これなら目を瞑ってしまっても怪我をする心配はないだろう。
とはいえ、これを投げる時に目を開けろと言ってもできないことはできない。
なので俺は別の指示を出すことにした。
「七星さん、今からこれを投げるけど、ボールのことは目で追わなくていい」
「追わなくていいって、でもそれじゃあ捕れませんよ?」
「とりあえずボールが投げられてる状態でも目を開けれるようになった方がいいかなと思ってさ。だから、ボールのことはあまり意識しないで、……そうだな、俺のことを見続けて欲しい」
「赤坂さんを見続ける、ですか」
「ああ。それで目を開き続けることができるようになったら、そこでボールを意識して捕る練習に切り替えようかなって。どうだろう」
俺は別にスポーツの専門家でもないし、正直正しいのかわからないけど、目の前の問題を解消するためにいくつかの段階にわけた課題を用意し、それをこなしていくのがいいと思う。
ちょうど試験勉強と似たイメージだ。
俺の精一杯の提案に七星さんは顔に緊張を走らせると、「わ、わかりましたっ。赤坂さんを見続けます!」と気合の入った声で頷いた。
三メートルほどの距離をとって、ボールを構える。
投げる直前に再度、俺の方を見るように念押しをする。
当たっても痛くないボールとはいえ、顔にぶつけるわけにもいかないので、足下に当たる程度の軌道でふんわりと投げた。
俺が言った通り、七星さんはボールを目で追わずに、俺の顔を見つめ続けている。
七星さんが目を開いているかどうかを確認するために俺も彼女の顔を見ているから当然視線が交わる。
「~~~~っ」
上手くいける。
そう思った瞬間、七星さんが突然目を瞑って俯いた。
ぽて、と。
七星さんの膝に当たってその場にボールが落ちる。
目を瞑ったことを自覚しているんだろう。
七星さんは顔を赤くして若干潤んだ目を向けてきた。
「あ、赤坂さん、やっぱりこれ無理ですぅ……」
「大丈夫だって。別に一回でできるとは思ってないし、さっきも言ったけどあくまでこれはデートなんだしさ」
「そ、そういうことではなくて……」
「……? まあ実践あるのみってことで。ほら、行くぞ」
もじもじと躊躇う七星さんに心を鬼にしてボールを構える。
諦めたように七星さんが俺を見つめてきたタイミングで、もう一度ボールを投げた。
――が、やはり七星さんは目を瞑ってしまう。
……別の方法を考えた方がいいか?
七星さんに言ったように別にすぐにできるようになるとは思っていないが、それにしても手応えがない。
俺が悩んでいると、静かに傍観していた笹峰さんが割ってきた。
「あの、赤坂様。あたしが代わりましょう」
「代わるって、笹峰さんが投げるってこと?」
「はい。……その方が上手くいくかと」
「別にいいけど……」
それで本当に上手くいくなら別に構わないが、なんか、暗に俺の投げ方が下手と言われたような気がして釈然としない。
……下手なのか?
「そ、そうね! 赤坂さん、陽菜にお願いしてもいいですか?」
「……じゃあ、どうぞ」
七星さんに元気にそう言われては俺が否定するわけにもいかない。
若干落ち込みながら笹峰さんにボールを渡した。
「アリス様、行きますよ」
「うんっ」
横から七星さんの顔を見つめる。
笹峰さんの手からボールが投げられ、放物線を描く。
七星さんは目を開き、笹峰さんの顔を見続けて――そして、ボールが膝に当たった。
その間、七星さんは瞬き一つせずに笹峰さんの顔を見続けることができていた。
……え、やっぱり俺が悪いのか。
落ち込む俺をよそに、「やった、やったっ」と七星さんがぴょんぴょんとその場で跳ねて喜んでいた。




