四十七話 ドッジボールデート……?
「ち、違うんですっ、体育の時間のあれは、その、目を離していただけでっ」
昼休み。レストランへ移動するためにいつものリムジンへ乗り込むと、早速七星さんが弁明を始めた。
いやまあ、俺は今のところ体育での七星さんのプレーについて何も言っていないから、弁明とは違うか。
ともかくとして、顔を真っ赤にして羞恥に悶える七星さんの弁に耳を傾けながら適当に相槌を打つ。
「そ、そもそも、赤坂さんがわたしを見ているのが悪いんですっ。集中できなくなります!」
俺が見ていることに気付く前にも色々とやらかしていたような……。
そのことは口にはしないで、七星さんが抱いている誤解を解く。
「別に七星さんを見てたわけじゃなくて、たまたま目が合ったというか、目立ってたというか」
「わ、わたしを見ていなかったって、じゃあ、誰を見てたんですかっ」
「う、うぉぅ」
突然前のめりに乗り出してきたものだから変な声が出てしまった。
七星さんの勢いに気圧されながら、俺は正しい意味での弁明を始めた。
「男子の方が先に終わって手持無沙汰だったから適当に眺めてただけだよ。別に誰かを見ようとしてたわけじゃない。たまたま七星さんが目に入って追ったのは認めるけど」
「そ、そうでしたか……えへへ」
先ほどまでの憤慨はどこへやら、にへらと表情を緩める七星さん。
感情の浮き沈みに俺は置いてけぼりをくらった。
「それにしても七星さん、ドッジ苦手なのか?」
「……ほんの、ほーんの少しだけですけど、そうですね、苦手かもしれません」
「いやあれは少し苦手っていうレベルじゃ」
「ほーんの! 少し! だけです!」
何故だかムキになる七星さん。
その様子がおかしくて俺は少し笑ってしまった。
「……どうして笑うんですかぁ」
ぷくぅという擬音が似合うほどハッキリと頬を膨らませて七星さんは不満そうに声を上げる。
俺は慌てて「ごめんごめん」と宥める。
「馬鹿にしたわけじゃなくて、なんというか、七星さんにも苦手なことがあるんだなって安心したんだよ」
「わたしに苦手なことがあると安心するんですか? ……いえ、別にドッジボールが苦手というわけではありませんけど」
「安心って表現は意地が悪く聞こえるかな。まあ七星さんとこうして偽装交際を始めてから、色々知ったけど、俺の中ではなんでもできる人っていうイメージができてたからね。人間、できないことの一つや二つあった方が親しみやすい」
「……わたしは、赤坂さんにはなんでもできる人って思ってもらった方が嬉しいですけど」
「本当になんでもできるならね。できないことをできないって変に取り繕う必要もないってことだよ」
隠して誤魔化して欺いて、そうすることに意味はない。
結局バレてしまうことだ。
俺が話の流れで持論を零すと、七星さんは虚を突かれたように固まった。
ぽかんとした表情を浮かべて、それから僅かに俯いた。
「……取り繕う必要もない、ですか」
ボソリと呟いたその声音にどんな感情が含まれているかわからない。
何か気に障ることを言ってしまっただろうかと不安になってしまったが、直後にパッと顔を上げてにこりと笑顔を向けてきた。
「赤坂さん、わたしドッジボールが苦手かもしれません」
「……うん、だろうね」
別に七星さんのドッジボールの件に関してはそもそも取り繕えてすらなかったんだから改めて告白しなくてもいいが。
「わたし、小さい頃から怪我をするといけないからとあまりボール遊びをしてこなかったので、どうしても慣れなくて……」
「友達と遊んだりは?」
「…………」
「いや、なんでもない」
触れてはいけないことを触れてしまったような気がする。
そういえば七星さんが学校で友達と話している姿を見たことがないような。
「まあでも、ちゃんと苦手なことでも逃げずに授業に出てるのは偉いよ。球技大会も出るんだろ?」
苦手なことから逃げようとサボる奴なんてそれなりにいる。
ちゃんと出るだけ偉いというものだ。
「授業を休まないことがこの高校に入る条件の一つだったんです。祖父母に紹介された学校を断ったので」
「……七星さんも色々と大変なんだな」
まあ財閥のお嬢様がこんな公立高校に来てることを不思議には思っていたが、そんな事情があったのか。
しかしどうしてまたわざわざこの高校に?
疑問が浮かぶが、考えても仕方がないので振り払う。
そうしているうちに、ふと俺の中に一つの考えが閃いた。
「じゃあ折角だしドッジボールの練習でもしてみるか? 勉強会の、ドッジバージョンみたいな」
七星さんには俺の学力を上げてもらった。
今度は七星さんの苦手なことを克服する手伝いをするぐらいのことはしてもいいんじゃないだろうか。
俺が提案すると、七星さんは先ほどまで沈んでいた表情を一転、好奇に満ちた表情で俺を見上げてきた。
「あ、赤坂さんと二人で、ですか!?」
「……ま、まあそうなるかな。軽く遊ぶだけでも練習になるだろうし」
「つ、つまりっ、デートってことですよね!」
「デート、かなぁ……?」
七星さんの確認の声に首を傾げる。
まあスポーツが好きなカップルがバッティングセンターやゴルフ場でデートするなんてのはこの前読んだ雑誌にも書いてあったし、広義の意味ではデートなのかもしれない。
俺が納得していると、七星さんはさらにずずいと身を乗り出してきた。
「やりましょう、ドッジボールデート! やりましょうっ」
デート、なのかなぁ……?




