二十二話 アリスの準備
「…………!」
自室のベッドでのんびりしていると、テーブルの上に置いてあったわたしのスマホがぶるりと震えて飛び跳ねた。
わたしの連絡先を持っているのはお父様とお母様、それに運転手の斎藤さんと陽菜の四人。
それと赤坂さんだけだ。
お父様とお母様が連絡をしてくることは稀だし、陽菜は今隣にいるし、斎藤さんは業務連絡しかしてこない。
つまり、夜のこの時間にわたしのスマホが震えるということは赤坂さんからメッセージが来ているということに他ならなかった。
わたしがいきなり動き出したことに陽菜は一瞬驚いた様子だったけど、テーブルに駆け寄る様子を見て納得したようにため息を零している。
スマホを手に取って画面をつけると、予想通り赤坂さんからメッセージが届いていた。
急いでアプリを開いて赤坂さんにしては珍しい長文に目を通す。
一通り読み終えて、わたしはパッと背後を振り向いた。
「陽菜! 今度のデートの予定が届いたわ!」
「それはよかったですね」
「水族館に行くみたい! 赤坂さんって、お魚が好きなのかしら? 今度レストランにいいお魚を取り寄せてもらう?」
「……仮に赤坂様が魚を好きだとしても、水族館に行くのとレストランで出されるのとでは意味合いが違うように思いますが」
「そ、そうよね」
陽菜の冷静な指摘に我を取り戻す。
日程にさらに詳しく目を通す。
赤坂さんが頑張って色々と考えてくれたことがわかって、なんだかとても嬉しくなった。
「……あ、ここの水族館って七星の子会社が運営してたわよね」
「少し失礼します。……はい、確かにそのようです」
スマホを覗き込んだ陽菜が頷く。
赤坂さんはメッセージの中でゴールデンウィーク中は混み合っていることを懸念していた。
「そうだ、水族館を」
「ダメです」
「ま、まだ何も言ってないじゃない!」
「アリス様のことですから、水族館を貸し切ろうと仰るのでしょう」
「エスパー!?」
思考を完全に読まれてしまっていた。
愕然としているわたしに、陽菜がため息交じりに諭すような声で語りかけて来る。
「いいですか? アリス様が普段通われているレストランとは訳が違います。連休中の水族館を貸し切ればそれだけで経営に大きなダメージが行きますし、何よりも水族館に足を運ばれた方たちが気の毒です」
「……そ、そうね。陽菜の言う通りだわ」
折角の休みに遊びに来て閉まってたら悲しいものね。
陽菜の言葉で思い直していると、再びスマホが震えた。
目を落としてわたしは固まった。
「アリス様?」
訝しんだ陽菜がスマホを覗き込んでくる。
「『念のために言っておくけど、デートで行く場所を貸し切ったりしなくていいからね』。アリス様、どうやら赤坂様もエスパーのようですね」
「ひ、陽菜の意地悪!!」
真っ赤になった顔を隠すようにベッドに飛び込む。
陽菜にからかわれたのもそうだし、赤坂さんに見透かされていたのも恥ずかしい。
……恥ずかしいけど、ちょこっとだけ嬉しかったり。
「何をされてるんですか」
「っ、な、なんでもない!」
ベッドの上でゴロゴロと転がっていると、陽菜が呆れた眼差しを向けて来る。
慌てて上体を起こして、ボサボサになった髪を手で梳かした。
「そ、そうだわ! デートの服を選ばないと!」
ベッドを降りてクローゼットに歩み寄る。
開けると中には色とりどりのドレスが並べられている。
デザインも露出の多いものから肌一つ見せないものまでたくさんある。
「どれがいいかしら……」
お気に入りのドレスを数着クローゼットから取り出してベッドの上に並べておく。
赤坂さんは黒色が好きだから黒のドレスにしたいけど、どうしても黒の服は暗くなってしまう。
「う~ん、ねえ、陽菜。どれがいいと思う? やっぱり新しいのを買った方がいいかしら」
「……あの、アリス様」
「なに?」
「まさか、ドレスでデートに行かれるおつもりで?」
「……? ええ」
陽菜の要領を得ない質問に困惑しながら頷き返すと、陽菜はその場に崩れ落ちた。
「ちょ、ちょっと、大丈夫? どこか悪いの?」
慌てて駆け寄る。
そんなわたしを陽菜は手で制しながらフラフラと立ち上がった。
「だ、大丈夫です。少し眩暈がしただけなので。……悪いのはアリス様の頭」
「?」
言葉尻に何か呟いたようだけどよく聞こえなかった。
「あのですね、アリス様。普通の人は水族館のデートにそんな社交界で着るようなドレスを選びません」
「そ、そうなの!?」
「……はぁ、わかりました」
わたしが驚きの声を上げると、陽菜は大きなため息を零して何かを決意した。
「アリス様。明日あたしと買い物に行きましょう」




