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十九話 手紙

「お帰りなさいませ、アリス様」

「ただいま、陽菜」


 家に帰るといつものように陽菜が出迎えてくれる。

 鞄を手渡しながら気になったことを口に出す。


「あのトラックは?」


 斎藤さんのリムジンから降りた時、不意に裏手にトラックが数台停まっているのが目に留まったのだった。


「アリス様が注文された家具や衣類が届いたのです」

「あ、赤坂さんの部屋の?」

「表向きは客室ということになっていますが、その通りです」


 陽菜の言葉で得心がいった。

 先日赤坂さんがこの家に遊びに来てくれた時に、赤坂さん専用の部屋を作ろうとしてデザイナーの方に丸投げしたのだ。

 家具はもちろん、手ぶらでも泊まれるように衣類も頼んである。


「もうできてるの?」

「はい、ちょうど」

「早速見に行きましょう!」


 早足で自室に入って、急いで服を着替える。

 ゆったりとした部屋着に着替えて、足早に廊下へ出た。


「本当はこの部屋を赤坂さんの部屋にしたかったのに」


 自室の隣の部屋を見て呟く。

 最初はこの部屋を赤坂さんの部屋にしようとしたのに、陽菜に止められてしまった。


「まだ言っているんですか。ダメに決まっているでしょう」

「どうして?」

「…………客室は家の主人の部屋からある程度離すものだからです」


 絶対今必死に理由を考えたぁ!


 ジーッとジト目で陽菜の背中を見続けていると、目的の部屋に辿り着いた。

 陽菜が静かに扉を開く。

 中に入ると、数日前に見た部屋の内装とは雰囲気がガラリと変わっていた。


「わぁ、すごいすごい!」


 この家の部屋は殆どアンティーク調の落ち着いた家具か、わたしの好みの少し可愛らしい家具で埋め尽くされている。

 だけど、この部屋はなんだか凄く男の子っぽい感じだ。


 十畳ほどの少し狭い部屋の中央にはローテーブルとイスのセットが置かれていて、その奥には深い黒を基調としたシングルベッドが置かれている。

 カーテンもこの部屋は黒に変えてある。


 もちろん、黒が赤坂さんの好きな色だからだ。

 以前何の色が好きかを訊ねた時、赤坂さんは少し考えた後で「黒かな。静かで落ち着く感じがするし、何より黒字はいい」と答えていた。

 ちょっと質問の意図と違う理由も含まれていたような気がするけど、ともかくデザイナーさんには黒を基調とするように注文しておいた。


「楽しそうですね」


 わたしがキョロキョロと室内を見回していると、陽菜が少し呆れた様子で言ってきた。


「ええ、もちろん! なんだか赤坂さんと同棲しているみたいじゃない?」

「……はぁ」


 どうしてかため息を零した陽菜をよそに、部屋に備え付けのクローゼットに歩み寄る。

 丁寧に開けると、中にはちゃんと男性ものの衣服が揃えられていた。


「この衣装棚は?」


 スーツやシャツがかけられているハンガーラックの下に木製の衣装棚が並べられている。

 開けながら後ろの陽菜に訊ねる。


「下着です」

「~~~~っ!!!!」


 陽菜の返答と同時に、見慣れないものが視界に飛び込んできて慌てて棚を閉める。

 バクバクと激しく動く心臓を落ち着かせる。


「し、下着?」

「はい。男性ものの下着です。宿泊を想定されてのことでしたので、当然ご用意いたしました」

「そ、そそそ、そうよね……ここにある衣類は、赤坂さん用のものだものね……」


 改めてそのことを認識すると、なんだかソワソワとしてくる。

 ハンガーラックにかけてある、自分のものよりも大きいシャツ。

 ただのシャツで、新品で、店頭に並べられているものとまったく同じものなのに……。


「…………」


 喉を鳴らして、ジッと衣装棚を見つめる。

 あ、開けてもいいわよね? だって新品だし、わたしのお金で買ったものなんだし、……ね?


「アリス様?」

「ひゃ、ひゃい!」


 その場で飛び跳ねる。

 振り返ると、陽菜が怪訝そうにわたしを見つめていた。


 小さく咳払いをして立ち上がる。

 ……ここには立ち寄らないようにしよう。ここは危険、危ない、近寄っちゃダメ!


「そういえば、ご祖父様方からお手紙が届きました」

「手紙?」


 自室に戻ると、待っていたと言わんばかりに陽菜が切り出してきた。


「はい。以前、お見合いのお話をいただいた際、交際相手がいることを理由にお断りになられましたが、その件で」


 そう言って、陽菜は懐から一通の手紙を取り出して渡してきた。

 ……正直読みたくない。

 読みたくはないけど、読むしかない。


 一緒に手渡されたレターオープナーを使って封を切って中の手紙を取り出す。

 そこに書かれた文字を追っているうちに、気分はどんよりと沈んできてしまった。


「……やっぱり、そうなるわよね」

「どうされましたか?」

「お前の交際相手について、書類に纏めて送ってきなさいって。わたしが誰とお付き合いしているのか知りたいみたい」

「そうでしょうね」

「そうでしょうって……」


 他人事みたいに陽菜は言うけど、わたしにとっては大きな問題だ。

 祖父も祖母も、わたしに凄く干渉してくる。

 進路を普通の公立高校に選んだ時も物凄く反対されたものだ。


「……近いうちに紹介するとだけ伝えておいて」

「よろしいのですか?」

「仕方がないじゃない。あ、でもいつ紹介するかは指定しないでね」

「……先延ばしにされるおつもりで?」

「とりあえず、後二回ぐらいお手紙をいただくまでは」

「……承知いたしました」


 これで一ヶ月ぐらいは時間を稼げると思う。

 その間に、せめて赤坂さんと本気の交際をできるように頑張れば……。


「恐れながら、ご祖父様方は赤坂様の素性を知れば――」

「ええ、わかってる。……でも、わたし、本気だから」

「…………」

「本気なの」

「……なるべく時間をかけてお返事のお手紙を用意いたします」

「ありがとう、陽菜」

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