十八話 奢り
「ふぁるいね、ふぉんなにふぁくさん」
「食うのか喋るのかどっちかにしろ。後お前、全然悪いと思っていないだろ」
バイト先のファミレスのテーブル席でパフェを頬張る大河を睨みながら、俺はグラスの中のコーラを飲み干した。
一日の授業が終わり、俺は一度家に帰ってからいつものファミレスで大河と待ち合わせていた。
わざわざ集まったのは他でもない。
早速、七星さんとのデートプランについて相談するためだ。
いつもいつも何かと付き合ってもらっているから、せめてパフェでも奢ろうという話をすると、大河は嬉々として相談に乗ってくれた。
その話をする前は嫌そうだったのに、現金なものだ。
……現金。やっぱり金か。金だな。
「何頷いてるんだい?」
「この世の真理と向き合ってた」
「それは凄い」
口いっぱいに頬張ったパフェをようやく飲み込んだ大河が不思議そうに訊ねてくる。
「それにしても頼みすぎだろ」
俺はテーブルの上を見ながらぼやく。
パフェにショートケーキにアイス、さらにはクレープまで。
メニューに載っているデザートを手当たり次第に注文した感じだった。
「いやぁ、あの悠斗が奢ってくれるなんてそうそうあることじゃないからね。頼めるうちに頼んどかないと」
「一年分の相談料だからな」
「一年!? ……もう少し頼んどくんだったかな」
「ばか言え」
やたら楽しそうにしている大河に肩を竦めながら、大河が頼んだアイスを一つかっさらった。
「あぁ、僕の」とわざとらしく叫ぶ大河を無視する。
「それで、ちゃんと一緒にデートプラン考えてくれるんだろうな?」
「もちろん、ここまで男気を見せられたら僕だって心動かされるさ。ちょっと待ってね」
そう言って、大河は手持ちの鞄をガサゴソと探って数冊の雑誌を取り出した。
「家に置いてあった良さそうなものを何冊か貰って来た。ま、ちょっと見てみてよ」
そう言って渡されたのは、春のデートコースという見出しが表紙にデカデカと書かれた雑誌だった。
「家に置いてあったって、お前、商品を私的に使っていいのか?」
「ちゃんといつもの手伝いの駄賃を条件に正当に貰ったから大丈夫だよ」
大河の実家は本屋を営んでいる。
こいつがラノベとか漫画にはまったのも、そういう家柄だろうか。
……というか、駄賃と引き換えにこの雑誌を貰ってきてくれたのか。
そう考えるともっとご馳走した方がいいのではという気がしてきた。
早速パラパラとめくると、「春の女の子はここが大変!」とか、「男の子必見! 気になる女の子のハートを射止めるには!」とか、やたら怪しそうな見出しがいくつも並んでいる。
さらによく見るとお勧めのデートコースの見本なんかがちらほらと載っていた。
「こういうのって本当に役に立つのか?」
「極端な話、ここに載っているプランをそのまますれば失敗はないだろうね。服屋さんでマネキンが着ているコーディネートを一式そのまま買うようなものさ」
「ふむ……それはそうか。でも七星さんは俺がしたいデートって言ってたからな。雑誌をそのまま真似するのはちょっと違う気もする」
「変なところで律儀だね。……ま、雑誌は参考程度にね。とりあえずこういうのは一日の予算から決めるのがいいよ」
「予算?」
「そ。デート全体でいくらぐらいまでなら使えるかってこと。デートでお金にケチケチするのはよくないけど、無理するほうがダメだからね。これぐらいなら大丈夫って予算を決めておくのが大切さ」
「勉強になる」
大河は見てくれだけはイケメンだからな。
たぶんそういう経験も抱負なのかもしれない。
予算。予算か。
七星さんの財布は気にする必要がない。
となると俺か。
「千円?」
「……はぁ」
「なんだよ」
「千円なんて、昼食代だけで消えるよ。弁当を持って行くなら別だけど」
「……勉強になる」
「ま、悠斗の場合は悠斗が何をしたいかってのが大事だから、予算は後でもいいのかもね。とりあえずこの雑誌は貸してあげるから、全部に目を通してやりたいことをいくつか選べばいいんじゃないかな」
「悪いな」
「いいよ。ご馳走になったしね」
そう言いながら、大河はショートケーキに手を伸ばした。
それを見届けて、再び雑誌に視線を落とす。
紙面には、にこやかに微笑み合うカップルの写真が載っていた。