十一話 流石にこの展開は予測できない
七星邸で、俺は想像を絶する歓待を受けた。
昼食にはレストランで出てきた料理よりもさらに豪勢なコース振舞われ、お腹が落ち着いたところで屋敷内にある映画館と遜色ない広さのシアタールームで恋愛映画を鑑賞し(途中で寝てしまった)、そして今――。
カポーーンという擬音が起きそうなほどに広い浴場に、タオル一枚携えた状態で突っ立っていた。
「おーけー、そういうことね」
俺はようやく完全に状況を理解した。
え? なんで? とか、そんな疑問を今更抱かない。
つまり、俺と七星さんでは価値観が違う。
高校生なのに一人暮らしをしている彼女の狭い部屋。ピンク色の家具や装飾品で彩られ、どこかしこから甘い匂いが漂うそんな部屋で、小さなテーブル越しに向かい合って座り、お互いに照れながら会話を繰り広げる。
ご飯時になれば彼女がキッチンで手料理を振舞ってくれて、「美味しい?」「美味しいよ」なんて甘い会話を繰り広げ、何故かお風呂に入る流れになってそこからハプニングが起きたりして――。
――なんてことを少しでも思い描いていた自分の頭を殴りたい。
いやでも、一人暮らしって聞いたもん。一人暮らしって!
まあでも金持ちの暮らしや価値観の一端を今日でそれなりにわかることができた気がする。
そういう意味でも七星さんの部屋……もとい家……いや、屋敷に来た意味があった。
備え付けのシャワーで軽く汗を流してから広い湯船につかる。
誰も見ていないし泳ごうかなと思ったが、辛うじて自制で来た。
「はぁ~」
思えば湯船に浸かるのは随分と久しぶりな気がする。
家では基本シャワーしか浴びてないからなぁ。
じんわりと体の心から暖かくなっていく心地よさにため息が零れる。
……冷静に考えると、彼女の家で風呂に入るこの流れもまあまあ意味がわからないよなぁ。
「って、それを言ったら映画鑑賞とかも意味不明だし、考えるだけ無駄か」
頭の中でよぎったことを口に出して否定する。
なんというか、一つ一つの部屋や施設が広くて人の出入りも多いからか、彼女の部屋に来たという感覚が薄い。
一番近い感覚としては温泉施設だな。
風呂上りにはコーヒー牛乳を飲んで近くの休憩所に並べられている漫画を読みながらダラダラとする。
この世に楽園があるとすればまさにあそこだが、この屋敷はまさにその楽園だった。
「……やっぱ金だなぁ」
こういう贅沢も金さえあれば毎日送れると思うと、やはり俺の持論に間違いはない。
体全体が温かくなったタイミングで湯船を出て脱衣所に向かう。
メイドの人が用意してくれたのか、ふわふわのタオルで全身の水気をとる。
そこで俺ははたと気付いた。
「えっと……どうも」
「…………」
脱衣所の扉近くに、黒髪のメイドさんが静かに佇んでいた。
たぶん俺と同じぐらいの歳だろうか。
俺の挨拶に無言のまま黒い瞳だけを静かに向けてきていた。
「って、うわっ」
慌てて手にしているタオルを腰に巻く。
もしかして全部見られていたかと思うと物凄く恥ずかしい。
「……ただいま、赤坂様の着替えを手配しています。しばらくお待ちください」
「あ、わかりました」
それを伝えるためにずっとここにいたんだろうか。
確かにタオルはあるが着替えはない。
俺が脱いだ服も回収されていた。
仕方がない。着替えが来るまでは脱衣所で髪でも乾かしながらゆっくりしていよう。
そう思いながら洗面台へ向かおうとした瞬間――俺は衝撃と共に天井を見上げていた。
「っぅ」
背中に鈍い痛みが走ると同時に腰辺りに柔らかな重みが圧し掛かる。
気が付くと、俺は黒髪のメイドさんに馬乗りされていた。
「へ、え……?」
俺が困惑の声を上げると、メイドさんは冷ややかな目で見下ろしながら唐突に訊いてきた。
「何が目的だ」
……あなたこそ、何が目的なんですか。