さあ、反省を共にしよう
“借金で首が回らない”と言う言葉がある。
私の今の状況がまさにそれだ。
「何でタクシーには深夜料金って言うよく分からないものがあるの!2000円近くも高い!」
初めて乗ったタクシーには、“深夜料金”という水増し加算としか思えない料金設定があった。
同一労働同一賃金的なことを考えれば、ボッタの一言だ。
憤慨せざるを得ない。
「足元を見た異常な制度だわ!取り締まる法律が必要よ、夢野さん!」
「あなたがぼったくりだと思っているそれは、労働基準法で定められたきちんとした請求よ、加賀美さん。他人を働かせた以上は、正当な報酬を払うべきよ」
「......つまり私は、正当でないことをしたので働いたけど借金をしていると」
「Exactly。だから、こうやって返済のためのバイトを紹介してあげたじゃない。ほら、首を動かさない!」
むう。
○○○
悪さをしたとして、母に夢野さんと会うのを禁止されて分かれた翌日。
その後の説教で、「次悪さしたらマジな」と最後通牒を下されたことを、土下座の写真と共に夢野さんに送った。
土下座の私に気分を良くしたのか、借金返済のため、夢野さんの紹介で絵画教室のモデルのバイトをすることとなった。
お金を扱うことになるので、母に伝えたところ「今月のお小遣いはすでに渡しています。汗水垂らして、きちんと働いて返しなさい」と激励の言葉をもらった。
そして今にいたる。
動かないで過ごすだけで、借金が返せるなんてちょろい、と思った40分前の自分を殴りたい。
超きついのだ。
なので苦言を呈したくもなる。
「借金をかたに女の子を働かせてお金を稼ぐ......女衒のやることでは?」
「ボランティアで負った借金を、綺麗なお金で返済する手伝いよ。加賀美さん。人聞きが悪いわ」
むう。
夢野さんと私のやりとりを聞く周りがクスクスと笑っている。
味方がいないこの悲しさよ。
するとにこやかな笑顔で、絵画教室の先生が私に声をかけてくれる。
「頑張って下さいね、加賀美さん。後20分で休憩です」
救いはないんですか。
○○○
休憩中。
私は母から持たされた水筒の麦茶を飲みながら、みんなの描いていた私を見てまわっていた。
働く以上は、その生産物の評価もしたくなる。
その生産物が私であるならば、なおのことだ。
「!?もっと可愛くない?私」
夢野さんの描いていたのっぺりした私の似顔絵を目にして、思わず立ち止まる。
どっかで見たことある画風。
確か、モディリアーニ?
「そりゃあ、本物が可愛すぎると創作物が拙く見えるのは仕方がないわ」
「比較対象が違くない?これだと私かどうかも疑わしくないかしら?」
「目が二つに鼻が一つに口。加賀美さんを構成する要素は全て満たしているのに、何が不満だと言うのかしら」
「色々とあるのよ。画風からチェンジを要求するわ!写実的に描いて欲しいわ!」
「前向きに善処することを検討するため、一旦社の方に持ち帰らせていただくわ」
「社ってどこなのよ......」
このやりとりにも周囲の笑いが生まれる。
そんな私たちに絵画教室の先生が茶封筒を渡してくれる。
中身を確認して、そのまま夢野さんにパスだ。
怪訝な顔をされるが、これは仕方ない。
「借金をかたに働かされているんです。およよ......」
「そうなのね、加賀美さん。頑張って返済しましょうね」
「......はい」
救いは無いのでしょうか。
○○○
ーーー救いといえば。
私が天狗キックをお見舞いしたかの男性は、ニュースになっていた。
1件は、天狗に名誉を毀損され、その上で蹴りまでお見舞いされた上に、殺人予告をされたこと。
もう1件は、その男性の付き合っていた女性が日常的にその男から暴力を振るわれていたこと。
警察に言ったら殺すと口止めをされていたそうだが、天狗が殺してくれるかも知れない上に、周りが警察だらけであったため、自供したのだそうだ。
天狗にボコられた後の保護が別の意味になったのだそうだ。
○○○
「そう言えば、2人は何でお金を稼ごうとしたの?」と絵画の先生が聞いてきた。
「加賀美さんが天狗を見たいと、ニュースになった場所にタクシーで行ったからですね」と夢野さんが答える。
「あら。ならだいぶ働かないと行けないわね」
「そうなんです。だいぶ働いてもらわなくてはいけないんですよ」
絵画の先生と夢野さんが楽しそうに話している。
このままでは、私の貴重な夏休みが借金返済のためのバイトで終わるかもしれない。
魔法少女の契約をしてから、財政悪化に歯止めがかからない状態だ。
破綻が近い。
○○○
元々私の町には天狗の言われはない。
あるとしたら、山のお寺のとんがった岩が“天狗の鼻”と呼ばれていたくらいだ。
観光名所でも何でもない岩だったが、この1週間で賑わいを見せている。
天狗の住処かも知れないという噂だ。
「そんなところに住むはずないのにね」
モデルの仕事を終え、夢野さんと帰りながら話す。
雨風凌げないのに、よくそんな噂が立ったものだ。
「何でそんな噂が立つのかしら」
「町おこしに使うのよ」
「町おこし、ね」
魔法少女を起用してくれたりはないだろうか。
おっさん曰く、魔法使いはスポンサー付きが当たり前だった時代があるらしいし。
「加賀美さんが何を考えているかは知らないけれど、ポッと出のマスコットじゃあ、無理難題を押し付けられて終わりよ」
「何考えてるか、わかってるじゃない。そうなると、借金返済は遠いなぁ」
「ゆっくりじっくり返してくれれば良いわ。利息も取ってあげようかしら?」
「無慈悲!」
夕方5時。
校区全体にトロイメライが流れる。
同時に、私の携帯にメールが来る。
“明日のニュース”だ。
「加賀美さん。もうそれ、ブロックしたら?お金がない時に見てもどうしようも無いでしょう?」
「どうしようもないかは、見てから考えるよ」
○○○
『新観光名所で事故。昨今話題となっている天狗の鼻で、転落事故が発生。天狗の鼻のある羅漢寺は、断崖絶壁に足場を組まれたお寺として有名でしたが、天狗の出現で、観光客が殺到していました。老朽化した足場の上での飛び跳ねなどによる荷重負荷に、柱が耐えられず、足場が崩壊。男女14名が30m下の木や地面に叩きつけられ、4名が死亡。10人が重軽傷を負いました。現場は岩に囲まれており、救急隊やヘリコプターでの救助も難航。手遅れになった者もいた、とのことです』
○○○
「......どうせ助けに行くんでしょう?」と夢野さんが私にジト目を向ける。
そうだけれども。
「はぁ......、私や加賀美さんは天狗関係のことをしばらく禁止されているのよね?次破ったら、会えなくなるかもしれないのよね?」
「......そうだけど。でもこの人たちが」
「そうよね。あなたはそう言う人だもんね」
深い深ーいため息をつく夢野さん。
「......作戦を考えましょうか?」
「流石!私の軍師!サンキューよ、陳宮!」
「響きが良いから陳宮を選んだんでしょうけれど、どう言う人か調べてから喋りなさいよ」
「三国志で最強の武将とその参謀でしょ?」
「裏切ったろうかしら」
今日一深いため息をついた後、夢野さんが作戦を教えてくれた。