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乙女と魔法と現代日本  作者: センチメンタルアスパラガス
天狗の仮面に燃え上がる正義の心
3/22

行くよ今すぐ、君のところへ


「加賀美さん。はっきり言うわ。格安量販店で買うにしてもこの予算じゃ厳しいわよ」


夢野さんが私のなけなしの1200円を見て言う。


「......お金が無いってつらい」



○○○



繁華街の中にあるとある量販店。


ペンギンのマスコットキャラが可愛い量販店のパーティーグッズコーナーに私たち2人はいた。


魔法少女のコスチューム作りのためだ。



「既製品はダメね。諦めましょう。型紙と買える布地を買って、着なくなった服とかで新しいものを作るしかないわ」

と夢野さんが提案してくれた。



「私、家庭科の評価“頑張りましょう”だったよ」


「そう......。口裂け女や八尺様に続く新しい都市伝説になるのはどう?魔法少女というより、異形の魔女的な存在に変わるけれど」


「諦めないでよ」



結局、何も買わずに店外へ出た。


買わずに、というより買えずに、だが。



○○○



「何か興味深い未来予知はなかったの?」

歩きながらに夢野さんが聞いてきた。

なんだかんだ言っても未来予知だって、超常のソレである。

気にならない方が不思議だ。



「国会議員の献金問題で、1人辞任するってニュースだったよ」


「ふーん。本当に満遍なくニュースを出してるのね」


「無料お試し版だもん」


そう答えると、夢野さんは少し考える。


有料版にしろ、とか言わないだろうか。

おそらく言わないだろうけれど。



「多分だけどね、昨日のニュースはわざと調整して地元記事を配布したんだと思うわ。もっと身近なところの事件の予知が欲しくなるはずだもの。だからしばらくは関係ないニュースばかりになると思うわ。正規版を購入させたくなるように」


なるほど。


「あくどい」

「いえ。商売だもの。仕方ないわ」


個人の感情と社会的視野を分けている。

冷めた考え方をしているなぁ、と思う。



「......あっ。間違っても正規版は買うんじゃないわよ!例え、洗剤5箱積まれても!」

「そんなに安く無いよ、私」



○○○



「とりあえずは顔を隠せるものは携帯しておきましょう」

夢野さんが提案してきた。



咄嗟に魔法を使わなくてはいけなくなった時に、少なくとも顔さえ隠せれば、面倒事から回避出来る確率が上がる。


魔法を使って、衣装が変わっただけで個人が特定されないのはフィクションだけだ、と言われた。



顔が隠せるもの。


母の顔のパックか、サングラスか......、昨日駄菓子屋で手に入れた天狗のお面くらいしか思いつかない。



「ネットに風船と和紙と糊で作るマスクの作り方があったわ。それを作るまでは、何かで代用ね」

「他の方法ってないかな?魔法で、とか。魔法少女っぽいし!」

夢野さんに聞く。



「うーん。カタログを見たけど、“1時間、見た者の認識を歪ませる魔法”の値段ね、7万5000円よ?加賀美さんは払える?」

「無理ね」


軽く2年分のお小遣いだ。


逆立ちしても出ない。



「頑張って猫っぽいマスク作ってあげるから」と夢野さんが言う。


結局のところ、図工も家庭科も才能が皆無な私は、夢野さんに頼るしかないのだ。



相方が、魔法少女のコスチュームを作る......


「やっぱり、魔法少女のバトルコスチュームは親友が作るのが王道なんだよ!頼んだね、夢野さん!」


「......そうね」

その返事はとてもとても生暖かい目だった。



○○○



天狗のお面をカバンにいれ、加賀美と夢野は道を歩いていた。


おしゃれな文房具屋さんが、あるのでマンション通りを突っ切って進む。


因みに、サングラスもパックも加賀美の顔のサイズに合わなかった。

サングラスに至っては、顔をかけることすら叶わず、耳に引っかかってプランプランと揺れるだけになっていた。



「ジャストサイズのそのお面をフチ取ることにしましょう。型紙と和紙を買いに行きましょう」と夢野が言い出し、天狗のお面を元に、ネコマスクを作ることになったのだ。



方針は決まったものの、色は?どのネコにする?などの話題になり、あーしよう、こーしようと話しながらマンション通りを歩いていると、夢野がふと立ち止まる。



「えっ」



夢野の視線の先に加賀美が目を向けると、真向かいのマンションの5階のベランダ、その手すりに小さな子どもが身を乗り出していた。



親はおらず、本人が1人いるだけ。


徐々に手すりの外に映る体の方が多くなり



そして



バランスを崩し



重力に任せ、マンションの下へ身体が落ちていこうとしていた。



○○○



「......大丈夫?」

私は声をかける。



空中でキャッチしたにせよ、私ですらかなりの重さを感じた。


小さい子なので、その重さは痛みにもなるだろう。



私と目が合ったその子が大声で泣き出した。



大声が響く。


すると、私がこの子をキャッチした上の階からガタガタと窓を開ける音がした。



上を見ると、この子の母親らしい人がハッとした顔を手で覆い、私とこの子を見ている。



手がプルプルしている。

「ママー!ママー!」と泣きながら暴れるこの子を、私も落としかねないので、さっさと引き渡すことにした。



「ノ......ノゾム!」

「ママーッ!」



ベランダで解放すると、その子は母親に抱きついた。


母親はその子を見ながら、ごめんねごめんね、と言っている。



ーーーもし、本当に人助けをするんなら、正体を隠して、見返りを請求するのよ。助けてもらった人がみんなお礼を言うとは限らないし、逆に完璧に助けろ、なんていちゃもんをつけて来るかもしれない。助けられなかった人から逆恨みされるかもしれない。でも見返りを要求する正体不明の存在になら、強くは出れないと思う。献身の心も自己犠牲も美しいけれど、労働には対価があるのが正義なのだから。



そうだ。夢野さんが言っていた。



飛び去ろうとするが、一旦止まる。

そして、泣いて我が子と抱き合う母親に声高に怒鳴った。



「まずは“ありがとうございました”ではないのですか?本当なら、あなたが目を離した間に、その子はベランダから落ちて死んでたんですよ!助けてもらった相手への礼儀も知らないんですか!」



○○○



「あなた......誰なん......ですか!?」

ごめんね、が止まり私を見る。



「命の恩人ですけど!」


「......浮いてます......よね?」



「浮いてるから助けられたんでしょうが!助けなきゃ良かったんですか!」


「いえ、そうではなく。......ありがとうございます」


「......目を離すなら、チャイルドロックをかけときなさい!」


そう言って、ベランダから立ち去ろうとした私だが、夢野さんの言ったアドバイスを更に思い出した。



「......感謝しているなら、寄付というか......お気持ちというか......誠意を形にしたものを見せてくれてもいいんじゃないかしら?」と言い、ポケットに入れていたがま口を開けて示した。


最後の方は、自分でもか細い声になっていた気がする。


赤の他人にお礼を要求したことなんてない。


子どもをキャッチした時や怒鳴った時よりもドキドキした。



慌てた母親が、ズボンのポケットから500円玉を出し、震える手でがま口の中に入れた。


「......さらば!」


そう言って私はベランダから飛び降りて、死角になる場所へと飛行した。



後ろから母親の声がした。



「ありがとうございました、“天狗さん”!このご恩は決して忘れません!」



○○○



夢野さんと合流した後、急いで帰った。

誰にも見つからないように、だ。



終始、夢野さんは私のことを「馬鹿だなー」という目で見ていたが、全て夢野さんのアドバイス通りだ。


そんな目で見ないで欲しい。


助けない、という選択肢なんてなかったのだから。



帰宅後、天狗の正体がバレなかったや、お金を要求したことを警察に咎められるのではと、心臓が痛くなり、気持ち悪くなっていた。



夕食で母に呼ばれた。



夕方のニュースに、私が助けた子のお母さんが出ていた。

番組視聴者提供の映像に、小さいながらも天狗が空を飛んでいるのが確認できた。



ああ、もう終わりだ。



「この近くで天狗が出たんですって」

「......そう、ね」


「あんたの好きな魔法少女とかじゃなくて残念ね」

「......そう、ね」


夕食は味がしなかった。


ニュースはそこまでで、天狗の足取りや強請りに関しては報道されなかった。



○○○



「加賀美さん?あの子助けた後、本当にお金を請求したのね」

お風呂上がりに夢野さんから電話が来た。


アドバイス通りにしただけよ!と答えるとため息が帰ってきた。



「もう少し、何というか間接的に。御賽銭、とかって表現出来なかったのかしらね。......後でネットの掲示板のURL送るから確認しておきなさいな。じゃあおやすみ」



切られた電話に対して、なら最初から御賽銭って言うように教えてよ!と言いたくなった。



まぁ、自分では思いつかない対処法を教えてくれた夢野さんに、何もしていない私が噛み付くなんてお門違いな話なので、一旦落ち着くことにした。



○○○



送って来られたURLは、匿名掲示板のスレッドだった。



そこには『天狗じゃ!天狗の仕業じゃ!』『天狗はフェイクではない。いいね?』『古来からの伝承とおり、人里に降りては子どもを連れ去るのだ』と言った奇妙な書き込みが乱立していた。



魔法少女としてのデビューを2度続けて失敗したことにショックが隠しきれず、バレませんように、と祈りながら眠るのだった。



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