明日の真実は今日の嘘になる
「加賀美さん。流石にそれは、迂闊なんじゃないかしら」
図書館に行くと、私と同じように本を借りに来ていたクラスメイトの夢野さんに会った。
夢野さんは、クラスメイトの中では唯一、私とスムースに喋ってくれる。
“友人”と言って刺し使えない、と私が一方的に思っている人物である。
おっさんと分かれた後、やや興奮気味であった私は、たまたま会った夢野さんに、流れで魔法少女になったことを伝えた。
そしたらこの反応だ。
○○○
夢野さんは、私と似てオタクだ。
なので話“は”合う。
彼女は、容姿が良く、所謂クールビューティなので一見オタクには見えない。
私と違い友達も多いし、男の子から告白されることもある。
だが、私以外の友達とはオタトークが出来ないので、時々束縛されない会話をしたくなるらしい。
ぶっちゃけトークが出来る貴重な友人枠として、たまに横に居させてもらっているのだ。
鈍臭くポンコツな私に、学校で会った時は、冷静にアドバイスをくれるので、とても助かっている。
○○○
「おおよそ、その人は人間ではないでしょう?何たってそんなことを」
「だって、なんか可哀想だったし」
「可哀想って......。契約書、本当に金銭要求しか無いみたいだけど、命だって取られかねない状態だったかもしれないのよ」
「うーん」
「それに、魔法少女の正体ってそんな簡単にバラして良いの?前、正体がバレたら蛙になってしまう魔法少女の話をあなたから聞いたわ」
前、と言ってもだいぶ前の話だ。
そんな話を覚えていてくれるとは、オタク冥利に尽きる。
「なってないから大丈夫なのでは?」
「そーね」
何か、正体がバレても問題なかった魔法少女の話はなかっただろうか。
「あっ!散らばったカードを集める魔法少女なら、友達ありきの物語だったわ!」
「......そう」
がっつき過ぎたか。
「それに魔法だって使うつもりは無いわ。こういうのって、調子に乗って使ってしっぺ返しが来るのがお決まりだもの」
「そこは分かるのね」
何か呆れられてしまった気がする。
そんな他愛も無い話をしていたら駄菓子屋に着いた。
○○○
「駄菓子も悪くは無いんだけど、たまにはタピりましょうよ。映えよ、映え。今風感がまるで無いのよ、加賀美さんは」
「今風ねー」
夢野さんの発言に促され、お菓子の棚を見つめる。
今風な駄菓子ってなんだろう。
この梅のジャムを塗る煎餅とかだろうか。
そもそもお金が無いので、タピるが選択肢にないのだが。
「ねえ、加賀美さん。お菓子の予算は?」
夢野さんが私を見る。
「100円!」
「少ないわね。......でも大丈夫ね。これしましょう。これ。今風ですし」
夢野さんが指差す先には、少年誌で人気の漫画のキャラクターのグッズが当たるクジがあった。
「流石に知ってるでしょ?」
「知ってるけど、あんまり興味ないよ」
「私は興味あるの。アニメ面白いわよ。映画化とかしたりしてくれないかしら。邦画ナンバーワンになれる力があると、私は思っているのだけれども」
「ふーん」
生返事で返すと、夢野さんから圧をかけられる。人の好きな物を雑に扱ってはいけない。
夢野さんの圧に負け、2人でクジを引くことになった。
「あら。やったわね」
夢野さんは、主人公の妹のラバーストラップが当たっていた。
私は
「えー、おばちゃん。これだいぶ前からあった奴じゃん。1等なんかじゃ無いよ!在庫処分させないでよ!」
主人公のフィギュアの横に置いてあった天狗のお面をもらうことになった。
○○○
「あんた、自由研究に“山岳信仰”でもまとめるの?」と帰宅したら母に声をかけられた。
もちろん原因は、手の中にある天狗のお面だ。
「夢野さんと引いたクジの景品。主人公を修行で強くした人なんだって」
「へー。お小遣い、無駄遣いしないのよー」
「うん」
まぁ、天狗のお面を買うなんて完全に無駄使いだ。
力説していた夢野さんには悪いが、私には魅力がわからない。
おかげで、私の女の子らしい部屋に異質な存在が同居することになった。
○○○
「そう言えば、明日のニュース、のメールが着ていたんだったわ」と携帯を取り出す。
1日1回、17時に届くメールサービス。
「さて、中身は......
『パチンコ屋の駐車場にて児童2名死亡。炎天下の車内で脱水症を来たしている状態で発見された。通報があり救急車で病院に搬送されたが、すでに死亡しているのが確認された。保護者は朝から店内におり、子どもの存在を失念していたとーーー
やばいものを読んでしまった。
明日の夕方のニュースだ。
私が何もしなければ、この2人の子が死ぬ。
隣町のニュースだが、パチンコ屋の名前は書いていない。何とかするには、パチンコ屋をしらみつぶしに探すしかない。
無い頭をフル回転させて方法を思いつく。
明日朝から夢野さんの家に勉強しに行くと伝えて、自転車で隣町に行き、本格的に暑くなる前に2人の子を見つけ出す。
そうすれば、大丈夫なはずだ。
○○○
10時30分。
すでに茹だるように暑くなっている街中を自転車で爆走し、4店目のパチンコ屋の駐車場に入った。
一睡も出来なかった頭がぐわんぐわんしている。
寝不足、不安、過剰な運動、脱水、熱中症なりかけ。
数えればキリがないくらいの不摂生だが、そんなことに構っていられない。
肩で息をしながら、車の中を覗き込んでいると、車内ですでにぐったりしている2人の子どもを見つけたのだった。
○○○
すぐに警備員の人に伝えた。
店内に親を呼びに行くと言われたので、その間に救急車と警察を呼ばせてもらった。
親が店員と一緒に外に来た時には、救急車が来ており、バールのようなものでドアがこじ開けられていた。
親が何やら罵詈雑言を吐いていたが、子どもをこんな目に合わせたクソだ。
誰も取り合わない。
警察も来て、子どもと親は別々に運ばれていった。
一安心したところで、現場に目を戻すと残っていた警察官が、通報者を探していた。
ここで思い出す。
校区を跨いでの移動、娯楽施設への立ち入りは補導されることを。
通報者としては名乗り出ず、汗だくになりながら、私は帰路に着いた。
○○○
『本日昼前、◇◇◇町のパチンコ店の駐車場で、車内に放置された2人の児童が発見されました。2人は病院に運ばれましたが、いずれも軽症とのことです。保護責任者遺棄の疑いでーーー
『また、小学校高学年の女児が2人を発見したとのことでしたが、現場からは立ち去っており、警察は感謝状のためーーー
○○○
「ニュース見たけど、アレ加賀美さんでしょ?全然魔法少女じゃないじゃん」
夜、夢野さんからダメ出しの電話が来た。
「魔法で未来予知して人助けした少女なんだから魔法少女でしょ?」
「違うと思うわよ。“メールで運命を変える作品”は私も知っているけれど、魔法少女は出てきていないでしょう?」
うーむ。
確かに。
主人公は魔法少女ではなく、マッドサイエンシストだった。しかも自称の。
「魔法少女要素が足りない、ということね?」
「.......」
「......まぁ、でも、人助けはすごいわね」
話を夢野さんか変えてくれた。
ありがたい。
私にはコミュニケーションを円滑にするスキルはない。
いつまでも沈黙してしまうところだった。
「でしょう?」
「でも、今後も未来のニュースを見て、全員助けるつもりなの?」
「もちろん」
「そう。やめた方がいいと思うけどね」
夢野さんが人助けを制止する。
「何で?」
「そうね。いつか限界が来るわ。それに未来予知が出来ると分かったら、きっと悪い人に騙されて悪用されるわ」
「......そうかな?」
「そうよ。加賀美さんは、良い人だもの」
えへへ。
「もし、本当に人助けをするんなら、正体を隠して、見返りを請求するのよ。助けてもらった人がみんなお礼を言うとは限らないし、逆に完璧に助けろ、なんていちゃもんをつけて来るかもしれない。助けられなかった人から逆恨みされるかもしれない。でも見返りを要求する正体不明の存在になら、強くは出れないと思う。献身の心も自己犠牲も美しいけれど、労働には対価があるのが正義なのよら。......私は、友達がそんなクソみたいな奴らのせいで落ち込むところなんて見たく無いわ」
「ありがとう、夢野さん」
「うん。おやすみ」
明日は魔法少女のコスチュームを考えようと決意を固め、眠りについた。