これを読もうとしている貴方へ
突然のお手紙を失礼いたします。
あまり時間のない物ですから、推敲もなにもない文章になってしまう事、お許しくださいね。
異世界で暮らす貴方に、どうしてもお伝えしたい事があるのです。
わたくしはいわゆる異世界転生というものを経験したのです。
幼い頃より、膨大な魔力を抱えていたわたくしは、生家の爵位もあって、王太子殿下との婚約が決まっておりました。
わたくしは公爵家の長女でございました。
この辺りでお気づきになった事でしょう。わたくしはなんともテンプレな転生を果たしたようです。
幼い頃より、なんとなく違和感はありました。
美しい景色を見た時、綺麗なお菓子を見た時。思わず掲げた手に何も持っていなかった事。
何年かしてから気がつきましたが、あの時は写真を撮りたかったのでしょう。
他にも、子供でもないのにお世話されながらのお風呂や、箸のない食卓。
口を大きく開けて笑ってはいけないなどなど、書き出したらきりがありませんね。
そんな違和感が、確信に変わったのは王立学園の入学式の日でした。
その日はとてもいいお天気でしたので、入学式の行われた講堂から教室への移動に、中庭を通ることにいたしました。事前に学園内のマップは頭に入れてありましたから、けっして迷ったわけではありませんのよ。本当ですよ?
そんな心地いい中庭に、女性の短い悲鳴が聞こえてまいりました。
何か事件があったのではと、そっと木の影からのぞいてみたのです。
するとそこには、抱き合うひと組の男女が。
長い時間を共に過ごした方ですもの。顔が見えなくとも、そのお姿で誰だかわかります。
ええ、貴方の予想通り、男性は王太子殿下でございました。
女性の方は、わたくし存じ上げなかったのですが、愛らしいお顔立ちのピンクゴールドの髪をもつ方でした。
その姿を見た時、思い出したのです。
今まで感じていた違和感が、異世界で生きた前世の記憶であること。わたくしの置かれた立場が、いわゆる悪役令嬢であること。
きっと彼女はあの中庭で躓いたのでしょう。そこを、殿下がお支えになった。
なんて事のない日常の一コマが、わたくしには絵画の様に見えました。
抱き合い見つめ合う美しい男女。愛らしい花々と木漏れ日さす中庭。
これが出会いイベントで、一枚のスチルなのだと理解しました。
ショックでした。
その日は入学式だけでしたので教室で軽く説明を受けたあと、覚束ない足取りで帰宅いたしました。馬車での移動中、自室での空き時間、ずっと前世の記憶について考えておりました。
わたくしの事。名前、家族、友人、住んでいた家。しっかりと思い出せたのに、自分が死んだ記憶だけ、曖昧でした。
どうやら天寿を全うする事なく儚くなったようだという事くらいしか思い出せないのです。
こんな大事なことを貴方にお伝えできないなんて、申し訳ない思いでいっぱいです。
前世嗜んでいた小説投稿サイトのおかげで、異世界転生についてはそれ程動揺なく受け入れられました。
もしかしたら、わたくしの知っている作品に転生したのかもしれない。
そんな事を考えまして思い出そうとしてみたものの、特に思い当たる作品はございませんでした。わたくしの知らない作品か、はたまた全く関係ないのか。
もし時間に余裕があるのでしたら、色々な作品に手を出してみることをお勧めします。
悪役令嬢物の小説も読んでおけば、役に立つ時が来ると思います。
翌日より授業が始まりました。
暫くは平和な日常でしたが彼女が……。
そう、彼女についても、説明が必要ですね。
彼女は、最近発見された男爵家のご落胤だったらしく、孤児院に預けられているところを引き取られたとか。テンプレなんて言葉が浮かびます。
かなりおてんば、失礼。明るい性格で、賑やかな噂の絶えない方でした。
彼女は成績が優秀なようで、その事からも殿下と親しくなっていったようでした。
他にも、最強と謳われる騎士団長の御令息。
代々宰相を務める公爵家の御令息。
戦で多大なる功績を挙げたことで叙爵された、大魔導士の御令孫。
爵位は無いものの、王室御用達として、絶大な資産を持つ商家の御令息。
彼女と彼らは仲が良いようで、よく勉強会をしたり、街にみんなでお出かけ、なんて事もあった様です。
別に監視していた訳ではないんですのよ。噂でね、聞いたのです。
わたくしにもお友達がおりますから。
といっても、わたくしに群がるお友達は、皆未来の王太子妃のわたくしと仲良くなりたい。
そんなご令嬢達です。
そのご令嬢達がわたくしへの点数を稼ぐため、ただ面白そうだから、わたくしの失脚を狙っての方もいたかもしれません。
日々寄せられる噂話に、わたくしの心は沈んでいきました。
彼女と殿下達の親密度と反比例するように、わたくしと殿下の交流は減りました。
寂しかった。学園に通う前は、週一回のニ人きりのお茶会や、ダンスの練習だって、一緒にしていただけたのに。
たとえ政略による婚約だったとしても、わたくしは殿下の事をお慕いしておりましたから。
だからわたくしは彼女に言ったのです。
婚約者のいる殿方との距離が近すぎる。殿下は将来王になる尊い身、本来なら男爵家の方とお話されるような立場ではないのです。と。
引きました? そちらの世界には、厳しい貴族制度なんて身近にありませんものね。
でもこれが、こちらの常識的な思想なのです。わたくしも幼い頃より淑女教育に加え、王妃教育も受けておりましたから、きっちりと刷り込まれておりますの。
今思えば、あれは完全に悪手でした。
わたくし達の不穏な空気を察してか、殿下が現れました。わたくしのお友達が告げ口したのかもしれません。
殿下に庇われた彼女は、大きな瞳に涙を溜めておりました。制服のスカートを握りしめ、小さく震えています。
大丈夫だ、と、殿下が声を掛けたのは彼女に対してです。
震える手で殿下の制服の裾を摘み、はにかむ彼女。
これはなんとも、庇護欲をくすぐる仕草だと思いました。彼女はこうして、彼らを籠絡したのでしょう。
彼らのスチルがまた一枚増えました。
殿下のわたくしを見る目は、とても冷たいものでした。
彼の柔らかな笑顔の瞳に映るのは、わたくしではないのでしょう。
本当はわたくしも泣いてしまいたかった。ですが、淑女は人前で泣いたりなんてしません。
泣いて縋れば、何か変わったでしょうか?
この頃から、彼女に対するいじめが始まった様でした。
わたくしが主導となって、殿下に擦り寄る毒婦を排除するべし。なんて事になっていた様です。
ええ、わたくしは都合の良い隠れ蓑にされてしまいました。
これもテンプレですね。
その後も、何度か彼女に苦言を呈しました。そのせいでいじめも激しくなったらしいですよ。
ある時、彼女はわたくしに反論しました。
彼を愛している。あなたにどんな酷いいじめを受けようとも、私たちの愛は揺るがない。
ですって。
彼女、殿下のことを愛称で呼んでいたわ。わたくしには許してくださらなかったのに。
それはもうはらわた煮えくりかえりそうでしたけども、それよりも。
彼女がいじめられてるなんて、その時はじめて知りました。
少し考えれば、その可能性にたどり着けた筈なのに、わたくしはなんと愚かだったのでしょう。
なんのための淑女教育か。貴族社会は魔窟です。わたくしは、魔物達の格好の獲物だったのです。
なんという体たらく。もっとはやくこの事態に気がつき、彼女と距離を取っていれば。
いいえ、いじめを阻止するべきでした。
そうすれば、こんな事にはならなかったのかも……。
今更考えても仕方のない事ですね。どうせもうすぐわたくしは死ぬのですから。
その後立て続けに彼女が事件に巻き込まれました。
ええ、貴方の予想通り、階段落ちです。幸い、軽い捻挫で済んだ様ですが、誰かに背中を押された様です。
それから誘拐事件も。颯爽と救助に向かう殿下の姿が素敵だったようで、クラスのご令嬢達が沸いておりましたわ。
人ひとり拐われている状況で、黄色い悲鳴をあげるなんてどうかしてると思いますけどね。
この二つの事件、犯人はわたくしらしいですわよ?
階段落ちは目撃者が、誘拐事件に至っては、わたくしが街のごろつきに依頼した書類が出てきたんですって。
学期末パーティーで証拠を突きつけられましたの。殿下も彼女もその取り巻きも、盛り上がっちゃってまるで劇を見ているようでしたわ。あぁくだらない。
念のため言っておきますけど、犯人はわたくしではありませんよ?
彼女の自作自演ではないかしら。
だって彼女、笑ってたもの。
婚約破棄からの殿下と彼女の婚約。
殿下への想いはとっくになくなっていたけれど、それでも悲しかったし、悔しかった。
そして恐怖があった。
わたくしの体は、騎士団長のご令息によって、地面に押さえつけられました。
鍛えてもいない女性の体を無理やり床に押さえつけるなんて、最低よね。
どうやら謝罪させたかった様ですけど、謝るわけないじゃありませんか。何も悪いことしてないのですもの。
抵抗できず這いつくばった体が痛みました。
恐怖と痛みで涙が出てきます。泣かないなんて言っていたのにね。
この男に命を握られているなんて、恐ろしくてしかたありません。なぜならこの男は脳筋だからです。
加減ができる程の知能はないでしょう。
恐怖が臨界点に達した時、わたくしの魔力が暴走しました。
最初に述べた通り、わたくしの魔力は膨大です。王家よりずっと多いのです。
きっと、転生者特典というやつなのでしょう。
わたくしの起こした魔力嵐により、講堂はぐちゃぐちゃ。怪我人も何人もでました。
一番近くにいた脳筋は切り刻まれ、欠片しか残りませんでした。
殿下と彼女も怪我を負ったようで、それが殿下の殺害を企んだと捉えられ、わたくしは斬首刑になったのです。
この薄暗い地下牢では満足できる筆記具もありません。
仕方がないので指先を噛み切り、それで壁に文字を書いています。
ああ、文字は日本語ですから、誰かに読まれることはありませんのでご安心くださいな。
きっと、わたくしの頭がおかしくなったと、判断されるでしょう。
奪われ、残り少なくなった魔力で、この手紙を送ろうと思います。
実は以前より、あなたにコンタクトをとろうとこの魔法を研究していたのです。
テストもなくいきなりの実践ではありますが、私の理論は完璧です。ご安心くださいね。
問題があるとすれば、どうやって貴方に届くかが不明と言うことかしら。
流石に壁をそのまま転移させるわけにはいきませんから、文章のみ転移させるようにいたしました。
紙に現れるのが一番わかりやすいかしら? それとも、脳内に直接知識として送り込まれるかもしれません。それか、スマホとか?
スマホなんて、転生してから一度も声に出したことないわ。そういった技術は、こちらにはいっさいありませんの。
本当はもっと色々かきたいことがあるのですが、そろそろ夜明けですのでまとめませんとね。
血も足りないし、指先もズキズキするけど、それほど不快ではありません。まだまだ書けそうです。
よあけとともに、わたくしの刑が執行されます。
わたくしはあきらめてしまったけれど、あなたはどうか諦めないでほしいのです。
なんだかうまくまとめられないけれど、つまりあなたは近いうちに命を落とすかもしれない。
そしてこの世界に転生するかもしれないってことです。
あなたにはそれを回避してほしいのです。
健康にきおつけて、夜道にちゅういして あととらっくとか 人間かんけいも気おくばって
おせっかいなのはわかてます。ごめんね。
もししっぱいして てんせいしても、あきらめずにあがいて
生きて欲しい
おねがいします
みらいのあなたより あいをこめて