6番線の噂
『6番線を、電車が通過します。危ないので、白線の内側まで──』
駅のホームに響き渡ったアナウンスに、俺は腰を上げた。
「ねえねえ、“6番線の手招く男”って知ってる?」
「なにそれ、聞いたことない」
そして、不意に聞こえた若い女の声にふと顔を上げた。ああ、またあのくだらない噂話か、と。
「なんか、この6番線で、誰かに電車の前に突き落とされて死んだサラリーマンがいるんだって。そのサラリーマンが地縛霊になって、疲れてたり悩んでたりで心に隙が出来ている人を手招いて、電車の前に誘い込んで殺しちゃうらしいよ」
「えぇ~なにそれ怖~」
まったく、バカバカしい。
疲れてたり悩んでたりする人間が死ぬのなら、ただの飛び込み自殺と区別が付かないじゃないか。
その人間の死が霊によるものだと言うのなら、当人に自殺する動機がないことは最低条件だ。そんなことも分からないとは……見れば、2人揃って時代遅れなルーズソックスだ。きっと、靴下だけでなく頭の中もゆるいに違いない。
「そして、その“手招く男”は……この話を聞いた人の前に現れるらしいよぉ?」
「ちょっ、やめてよ~」
お決まりのパターンだな。怪談ではよくある話だが、冷静に考えれば明らかにおかしい。
その話を聞いた人が死ぬなら、誰がその話を広めるのか。噂がある以上、生き延びた目撃者がいるはずだろうに。全く辻褄が合わない。この時点で、ただのデマだと気付いてもいいと思うんだが。
俺はホームの端へと歩みを進めながら、くだらない噂話もあるものだと鼻で笑った。
「でもぉ、だったらアンタが生きてるのはおかしくない? 別についさっき聞いたって訳でもないんでしょ?」
ほう、そこに気付いたか。思ったよりバカではないらしい。
だが、そう言われた方は、我が意を得たりとばかりにニンマリとした笑みを浮かべる。
「それがおかしくないんだなぁ~。なぜならその“手招く男”が現れるのは……自分が撥ねられた急行列車が通るタイミング。つまり、今この時だから!」
「えぇ~! ちょっ、シャレにならないじゃん!」
近付いてきた急行列車を楽しそうに指さす女と、口元を引き攣らせる女。
まあ、これまた怪談でありがちなパターンだが……奇しくも、これに関しては正解だ。
「まあこれはただの噂話だけど、実際この駅で人身事故増えてるらしいよ?」
「ああ、たしかに最近よく電車止まるもんね~」
そこで、ようやくホームの端に辿り着いた俺は、ホームの上に身を乗り出して2人の足首を掴んだ。
「えっ!?」
「うわっ!? なに!?」
混乱する2人の片足を引っ張り、強引に線路の上に引きずり落とす。
「痛っ!!」
「あぐっ! な、なにが……」
砂利の上に体を打ち付けて悲鳴を上げる2人。だが、すぐに猛スピードで突っ込んでくる電車に気付いて顔色を変えた。
「やっ、誰かぁ!!」
「助けて! 助けてぇ!!」
ホームの上の人々に助けを求めるが、誰も彼も右往左往するばかり。
無駄だよ。誰も助けてなんてくれない。俺の時だってそうだったんだから。
「ひっ──」
「いや──」
電車が通過し、血飛沫が舞う。
「7人目」
俺は、それを見て淡々と呟くと、再び線路の上に腰を下ろした。