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鴻鵠の娘  作者: 納戸
外伝 鴻鵠の国 1
8/50

燕と子雀

外伝「鴻鵠の国」は芙蓉の父、月英の話なので飛ばしても読めるようにしてます。

「夢を見ているようだった、華胥(かしょ)の夢を」


 葵 月英を、皇帝は生涯華胥(かしょ)の友と呼んで愛しんだ。

 これは芙蓉が生まれる少しだけ前、鴻鵠(こうこく)と称された月英と慶朝、後の暁王(ぎょうおう)が出会い刹那の時を過ごした僅かに残る記録である。



 ※



 栴檀(せんだん)双葉(ふたば)より(かんば)し、という言葉があるように月英は幼い頃から兄弟の中で群を抜いて頭の出来が良かった。五歳にして兄弟の中で彼に碁で適うものはいなくなり、六歳にして屋敷中の書物を読みつくした。


 そしてそれゆえに一族に疎まれた。

 奇しくも彼は三人目の息子だった。


 実の母親ですら、「こんな子供を産まなければよかった」と彼が読んでいた書物を取り上げて吐き捨てた。彼女は美しいが心の弱い女で、当主である夫の機嫌を損ねることをいつも恐れていた。

 葵家は長子崇拝の一族と言われるが、その理由は極端に血族間での争いを嫌うからだ。

 思慮深く、排他的なこの一族はそうやって自分たちを血の穢れから守ってきたのである。

 月英はそれを全て理解したうえでいつも口を閉ざしていたが、今度はそれが不気味だという理由で八歳の時に家の外に放り出された。

 月英が移された場所は月英にたった一人つけられた(えん)という下男の家だった。

 燕は、心は優しいが貧しく身なりの汚い男だった。


「坊ちゃんは悪いことなんか一つもしてないのにぁ」


 と、彼はいつも月英を気遣ってくれたので月英も彼によく懐いた。母からも父からも得られなかった温もりを、彼は燕から得ていた。

 意外にも月英は部屋に引き籠って書物ばかり読んでいる少年ではなかった。

 燕の飼っていた山羊たちを引き連れて山を歩き、草花をよく観察した。

 小さな畑を持ち、様々な栽培方法を試した。花額山にある木々や花々、動物たちについて彼はどんな学者より詳しかった。

 そして、こうやって自然を解き明かし後世に残すことが自分の生きる道なのだと思っていた。下手に学を身に着けると利用されると、彼はこの歳で理解していた。



 そんな折のことである。市場にその乳を売りに出すために飼っていた燕の家の山羊が増えなくなった。  いくら子を産んでもすぐに弱って死んでしまうのだ。

 燕は月英にこのことを話すと彼はこう言った。


「同じ柵に入れるのが悪いんだよ」


 燕には意味が分からなかった。この地方の山羊は一つの柵に入れて飼われるのが一般的で、他の家も同じようにしている。それが原因であるとは思い難かった。


「どういうことですか?」


 燕が聞くと、月英は近くにいた山羊を引き寄せてその瞳を見つめる。その瞳は加齢ですっかり澱んでしまっていた。


「燕、この子たちを飼い始めてどれくらい経つの?」

「うちは代々この家業をやってるからもう何年経つか分かんないですよ」

「じゃあ、最近新しい山羊を買った?」

「いえ、そんな金もなくて…」

「やっぱりそうだ。(よう)、君は(れん)の妹なのに彼の息子を産んだね。(りん)、君は(さん)の息子なのに彼女と子供を作っただろう」


 姚、煉、琳、桟とは月英がつけた山羊の名前だ。

 この家の山羊の違いは月英にしか分からない。山羊の違いなど気にする者はこのあたりの村にはいないのだ。


「ど、どういうことなんです、坊ちゃん」


 真剣に山羊一匹一匹の顔を見て戒めるように言う月英に不思議そうに燕を問う。


「この子たちは全員家族になってしまっているんだよ、燕。家族同士で子を作ったら弱い子供が出来やすくなるんだ。かつて遊牧民族だった茜國(せんこく)ではよく知られていることだよ。人間だって親子で子供を作ったりしないだろう」

 

 燕はたった九歳の子供の口から聞く異国の話に半信半疑である。


「そう言われましても何をどうしたらいいんです?」

「まず他の家の山羊と雌をそっくり入れ替えてしまうんだ。燕の家の山羊たちはよく乳を出すから喜んでもらえるだろう。それから山羊に布で目印をつけて、近親関係にある山羊を同じ柵に入れないようにしてごらん。そうしたら山羊は死ななくなるよ」


 燕はすぐに月英に聞いたことを試した。

 すると彼の言った通り、山羊の子供が衰弱して死ぬことはほとんどなくなった。

 これがおそらく月英が初めてこの国に投じた一石と言って良いだろう。これを機に、この地方では徐々に近親関係の濃い動物の生産性について知られ始めることになった。


 月英が与えた知恵はこれだけではなかった。

 この地方の野菜の価値を高めたのも月英の教えである。

 あるとき、村人たちが月英のところに来て、畑に痩せた野菜しか育たず実も小さいものしか付かないと相談してきた。月英は彼らに「間引き」というものを教えた。密集して育った野菜から、少数の苗を残して他を抜いてしまうことで一つの苗が摂取できる栄養分を増やすのだ。


「僕の言う通りにしたら収穫できる野菜は半分になるがその売値は三倍になるだろう」


 村人は半信半疑だったが、月英が実際に彼の言う方法で作ったという野菜を見て興味を持った。月英の言う通りその年収穫された野菜は丸々と太っており、しかし彼の言う通り収穫量も減っていた。たとえ太った野菜であってもとても三倍の価格では売れまいと村人たちが月英に抗議をすると、彼は野菜を黒佳の貴族の邸宅が並ぶ区域で売るように言った。


「その時は家で一番いい服を着て、わざと仰々しくしているんだよ」


 彼の言う通りにしていると三倍近くの値段で売れていく野菜を見て、彼らは絶句した。それは彼らの知らない世界の出来事であった。

 付加価値というものは心に余裕のある裕福な人間にのみ、その効力を発するのだと月英は知っていた。庶民にとっては無駄だと切り捨てられるものが、貴族社会で宝石のように愛でられることがある。詩歌や芸術がその良い例だ。丸々と太った実も青々とした葉もその一つであり、彼らの傾倒する長寿信仰に適うものだ。それをまんまと利用したのだった。


 これに気をよくした燕は自分のお仕えする坊ちゃんは仙人様のように知恵が回ると言って回った。すると月英のところに人々が続々と訪れるようになった。月英は来るものを拒まず知恵を与え、ときには旱魃や水害を予測した。

 葵家では端に追いやられていた彼はこうやって自らの場所を手に入れた。




 古来より人間は人知を超えたものを目にすると囲って祀り上げる習慣を持つ生き物だ。

 月英が十を迎えたころ、すっかりその名は本物の仙人のように人々に知られていた。

 見返りは求めず、ただ知恵を与えるのみというのがまた彼の名を高尚なものにしていた。 

 月英の父はこれを大変に危惧した。厄介払いしたはずの息子がいつの間にか人々の羨望を集める存在となっていたのだからそれもそのはずだ。

 月英が民と関わるとろくなことがないと判断した葵本家は、今度は彼をたった一人で別邸とは名ばかりの山小屋に入れた。葵家の邸宅を通らない限り険しい山を登らなければ辿り着けないその小屋には訪れてくる人間などいなくなった。

 葵家は仙人様を山に隠してしまった。そんな噂がまことしやかに國都である黒佳では囁かれた。

 そうまでしておいて父は月英の威光と知恵を借りて政治を行った。

 彼の言う通りに治水工事を行い、彼の言う通り新しい政策に金を注いだ。

 それというのも月英は生来、異様なほどにすべての人間に平等だったのだ。

 天帝は人間たちが月英を取り合わないようそう産んだのだろう、と後の君主となる慶朝は彼に苦言を呈したことさえあるほどだった。



 ※



 月英が山小屋に移されてから一年が経ったころ、月英の前に珍客が現れた。


 丁度その時、月英は風邪を引いて寝込んでいたこともあり、窓から入りこんできた八歳の少年がまさか現実のこととは思わなかった。

 一週間以上熱が下がらず、とうとう天から迎えがきたのかと観念しようと思ったら彼が月英の頬をつねり始めたのでようやく熱にうなされて見る幻覚ではないと気が付いたのだ。


「……君、何をしてるんだい?」


 痛む喉でようやく尋ねると少年は「あっ、生きてた」と言う。

 薄い黒髪に茶に近い黒い瞳の少年だ。明らかに葵家の人間ではない。

 来ている服は粗末なうえに大きさも彼の身体に全く合っていないのはおそらく貧しいからだろう。育ちがあまりいいようには見えなかった。

 葵家以外の人間がここにいると言うのは月英には信じがたいことだった。


「どこから来たんだい?」

「山の麓から登ってきた」


 この別邸は特に監視を置かれているわけではないが切り立った崖が多く、葵家本邸を通らない限りは登ることは大の大人でも難しいと言われている。

 この、自分より小さい少年がそれを成し遂げたと聞いて月英は素直に驚いた。


「……それは随分元気だね」


「なあ、あんた何でも知ってる仙人様なんだろう。母さんを生き返らせてくれよ」


 その言葉にまたか、と月英は溜息をついた。

 この手の相談を月英は何度かされたことがあるが、死者を生き返らせるなど荒唐無稽(こうとうむけい)な話だ。


「僕は仙人じゃないから、人を生き返らせることはできない」

「嘘だ!」

「嘘じゃない、他人の命を救えるなら自分の風邪くらいどうにかするはずだろう」


 熱でぐったりした月英を見て、それもそうだと思ったのか少年は押し黙る。

 月英は皆に平等だが、けして優しい少年ではなかった。

 優しくされたことが殆どなかったから、どう優しくしたらいいのか分からなかったと言っても良い。

 そのきっぱりとした物言いに少年の目に涙が溜まり始める。


「……母さんは生き返らないの?」

「生き返らない、当たり前だろう」


 熱で朦朧としているせいもあり、少年を見つめる漆黒の瞳はどこか人間離れして澱んでいた。

 月英にとって死はただの現象だ。

 朝が来て目が覚め夜が来て眠る、それを幾度も繰り返し最後には死を迎える。

 月英の死を憂う人間もいないし、大切な人間がいるわけでもないので彼自身もいつ死んでもいいと思っていた。


「……う……うぇ……ここまで来たのに……」


 少年はいきなり月英の布団に突っ伏して泣き始めるのでさすがに月英も困惑した。


「勘弁してくれよ、僕は妹が何人かいるけどみんな僕を恐れて寄ってこなかったから慣れてないんだよ」


 おかげで月英は熱で痛む頭を押さえながら体を起こし、自分とそう変わらない歳の少年を慰めてやらなければならなくなった。

 彼の頭を撫でていると不思議と本邸にいた頃、生まれたばかりの妹の頬に触れたことを思い出した。それは母が目を離した一瞬の隙のことで、興味本位で触れた赤子の体温の高さに驚いたものだった。

 彼女が三歳になるころには既に月英は両親からも疎まれており、ほとんど会話も交わさないまま家を出されたのでそれ以外の記憶は殆どない。

 半刻ほどそうしていただろうか。

 少年が泣き疲れたころ、月英は彼の頭を撫でながら尋ねた。


「君の母親はなんで死んだんだい?」


 これも随分な聞き方だが、月英に礼儀を教える人間はいても口の利き方についてどうこう言う人間はいなかったのだ。

 国と国を隔てるほど高いこの花額山を月英の住む別邸まで登った胆力は凄まじいものだ、と月英は素直に感心していた。

 月英は降りることすら面倒で、もう一年は麓に降りていない。たまに来る葵家の使いが、書物と食料を置いていくのでそれを受け取るくらいでしか人と接する機会もなかった。

 その胆力に敬意を表して話くらいは聞いてやる気になった。


「二か月くらい前からよく胸が悪いって言ってて食べたものも戻しちゃって、最近はましになってたんだ。なのに昨日急に苦しみだして、息がうまくできなくなってそれで死んじゃったんだ」

「君の母親は死ぬ前に手足が震えたりしていなかったかい」

「……!してた!なんで分かるの!?やっぱり仙人様なの!?」

「残念ながら人間だよ」


 あまりに素直な反応に可愛く見えて思わず月英は笑みをこぼした。

 少年の話を聞いて、ある可能性を思いついた月英は少年にさらに質問を重ねる。


「君の家は君以外に兄弟が何人かいるのかい」

「うん、兄ちゃんが二人と姉ちゃんが二人あと弟と妹が一人ずついる」


 合計で七人兄弟とは大所帯だ。月英も二人の兄と二人の妹がいるが、平民で七人兄弟となると随分と生活は苦しいだろう。


「……細いね、何日食べてないんだい?」


 枝のように細い彼の腕は月英の指で作った輪にすっかり収まってしまう。


「二日に一回しかご飯は食べられないよ。弟と妹に食わせないわけにはいかないもん」


 そうか、とだけ言うとその瞳に僅かに光が差し、先ほどまで沼の底のようだったそれは黒曜石のように一瞬鋭く光った。


「僕は多分、なんで君の母親が死んだか分かったけど聞きたいかい」


「…うん」


 一呼吸おいて、少年は真剣なまなざしで頷いた。


「君の母親はおそらく君の妹か弟を身ごもっていたんだ」

「子供がいたの!?そんなこと一回も…」

「二ヶ月くらい前から胸が悪くて食べたものをもどしていたと言ったのはおそらく妊娠していたからだ。君はこの山の麓の村に住んでいると言ったね。葵國は水害が起きやすい。去年の作物はほとんど駄目になったんじゃないのかい」


 月英はたまにくる葵國からの使いに聞いたことがあるが、昨年の水害はひどいものだった。

 それが原因で餓死するものも増えたと聞いて、月英は特に胸を痛めはしなかったが、何とかしようとは思っていたのだ。


「うん、稲も野菜もほとんど水に浸かって駄目になったよ…」

「君の家は子供が七人もいる。そんな中でその人数の子供を農家が養っていけるわけがない。ましてやもう一人増えようものなら尚更だ」


「……母さんは子供を墜ろしたっていうのか?」


 なかなか賢い少年だ。

 貴族の子弟なら知らないことだろうが、堕胎は遊妓や庶民の間では普通に行われている行為である。その際に命を落とすのも珍しいことでない。


「この地方では煮詰めた鬼灯(ほおずき)を使った堕胎方法が昔から行われている。呼吸困難、痙攣は鬼灯の毒の症状と同じだ」

「そんな…!そんなの!」


 月英が体勢を崩して倒れたのは、少年がそう言って立ち上がったのと同時だった。


「仙人様!」

「ちょっと本格的に熱が上がってきたみたいだ。単なる風邪だが感染ったら厄介だ。早く帰りなさい」


 床になげうった体は痛み以上に自分の身体の重さで潰されそうで本当に死ぬのかもしれない、と思った。

 少年は駆け寄ってきて月英の身体を揺するがその拍子に頭をぶつけたらしく、目の前に火花が散った。


「……ここから早く出なさい」


「そんなわけにいかないよ!薬はないの!?あんた葵家のお坊ちゃんなんだろ!?召使とか……!」


「そんなものいないよ。僕はどうせここで野垂れ死ぬ。君まで付き合う必要はない。父様は僕に死んでほしいんだ。小さいころからよく言われてきた、邪魔な三男だってね。風邪でうっかり死んでくれたら幸運だろうよ」


「なんでそんな他人事みたいなんだよ」


 こんな時でも涙は出ない。

 死ぬ直前の人の頭には今まであったことがぐるぐると流れるのだと聞いたことがあるが、月英にはそんな思い出すらない。


「死なせてくれ、もう辛い。だれも僕を欲しないのは」


 その時ばかりは、月英はたった十一の子供であった。

 喉から絞り出すようにそう言ったまま月英は意識を手放した。





「君、また来たのかい?」


 月英が倒れて一か月が経ったころ、少年はたびたび月英の家に顔を出すようになっていた。

 結局月英が倒れた時、少年は小さい身体で月英を寝床に戻したらしく、目が覚めると頭の上に水で濡らした布がのっていた。

 それから丸一日、少年は目覚めない月英の傍にいてくれたらしい。

 思い返すと風邪で死ぬわけもないのに恥ずかしくなってくる。

 熱で意識が朦朧としていたせいだろうが、見知らぬ少年に自分の胸の内を打ち明けたことに対する恥ずかしさが月英の頬を火照らせた。


「ここに来たらご飯が貰えるから、俺のぶんの食料が他の兄弟にいっていいんだ」

「そうか、なかなか賢いね」


 実際少年は賢かった。

 月英が言う前に山に熱を冷ます薬草を取りに行ったり、水脈を辿ってきれいな水を汲んできてくれたりした。


「なあ、毎回ここまで登ってくるのもしんどいし、ここで働いてやってもいいよ」

「じゃあ、頼もうかな。僕はこの通り何もできないしね」


 月英もそこだけは他の貴族と同じで料理も家事もほとんどできず、食べられるものを適当に口に入れるだけで生きていたので正直その申し出はありがたかった。


「あんたがいなくなったら俺は死ぬんだ。俺はあんたを必要としてる。だから死ぬなよ」


 それが少年の親切心なのか食にありつくための方便だったのか、月英にはいまいち分からなかった。


「ご飯のために?」


 念のためにそう聞いてみると、


「そう、飯のために」


 少年は微笑んでそう言ったから、少しだけ気が軽くなった。

 自分のためにこんなところに住む人間がいたらさすがに可哀そうなのではないかと思ったからだ。


「面白いね。君、名前はなんて言うの?」

「シジャク」

「どんな字を書くんだい?」

「わかんない、俺字が読めないから」


 ふむ、と頷いて月英は手元にあった紙にいくつか文字を書いた後、合点がいたように「これにしよう」と頷いた。


「シジャク、子すずめか。いいね、良い名前だ」

「子すずめ?」


 少年が覗き込んだ月英の紙には筆で「子雀」と書かれていた。


「僕の最初の下男は燕と言ったんだ。わかるかい、ツバメのことだ。だから君のことは子供の雀、子雀と呼ぼう」


「なんか弱そうじゃない?」

「良い名前だよ、雀は成長したら鳳凰(ほうおう)になるとも言われているしね」

鳳凰(ほうおう)って?」

「鳥の王様だよ、伝説の鳥だ」


 そう言うと少年は嬉しそうに「ならいいや」と言う。

 燕雀(えんじゃく)安んぞ鴻鵠(こうこく)の志を知らんや、燕や雀のような小さな鳥には、大きな鳥の志すところは理解できないという言葉を、実のところ思い出して名付けたことを彼は大人になって月英に不満を言うかもしれないと心の中でだけ月英はほくそ笑んだ。


「それから僕のことは仙人様じゃなくて月英と呼んでくれ。三つしか歳の変わらない君にそう呼ばれるのはこそばゆいんだよ」


 それから子雀は月英のことを月英先生と呼ぶようになり、二人は師弟としてともに暮らし始めることとなった。

 この少年が後に医師を志し、月英の主である慶朝の侍医として登用されるのはまた別の話である。



 この年、葵國は月英の提案により大規模な治水工事に着手することになる。

 それが慶朝の目に留まり彼が月英を訪れるのはこの三年後の話である。


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