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鴻鵠の娘  作者: 納戸
外伝 鴻鵠の国 4
43/50

白明と月英

「なぁ、月英。異能を持つという蓮家の姫、蓮 白明(れん はくめい)の鼻を明かしてしてみてはくれないだろうか」


「蓮 白明?」


 そう言われた月英はとりあえず持っていた筆を置きはしたが、特に興味があるわけでもない。

 ただ主である慶朝の話に耳を傾けているだけだ。


「知らないか。白明は其方と同じくらいの有名人だと思うのだがな」


 そう言われても貴族に詳しくない月英は彼女が蓮家の女性であることしか分からない。

 慶朝の口から出たということは何か面白い特技の一つでもあるのだろうか。


「その人がどうしたんだい、慶朝」


 月英が、そう言ってほしそうな慶朝に聞くと彼は待ってましたと言わんばかりに話し始める。

 会った当初から勘付いていたが慶朝は騒動や事件を面白がる節があるようだ。


「花興一美しいと言われる白明のもとには多い時には日に百を超える見合い話が来るそうなんだが、彼女に賭けで勝てば話を聞いてもらえるらしい」


「賭け?」


 賭けで勝っても話を聞いてもらえるだけとは強気な話だが蓮家の少女といえば天女の生まれ変わりだと言われる様な美少女なのだろう。


「ああ、挑戦者が真珠を右手に握っているか左手に握っているかという賭けを五回して彼女が三回以上当てられれば彼女の勝ちらしい」


「……それは、運なんじゃないか?」


 運であれば自分が出る幕ではない。時折月英に雨乞いをしろだの人を生き返らせろだのという話をしてくる者もいたが、月英はただの人間で確立や生死を操れるわけでもないのだ。

 どう考えても裏はなさそうな話だが、慶朝は興奮気味に話を続ける。


「そこが面白いところで白明はこの勝負に一度も負けたことがない。()()()()()()()()()()()()()()


「ふむ、それは確かに面白いね」


 確かに面白い話だと思った。

 蓮家の女は美しさと異能を持って生まれると聞く。

 その力が彼女を勝利に導いているのだとしたら、月英にも少しだけ興味があった。

 面白い、と言ったのが運の尽きだったと月英は言葉を発してから気が付く。

 次の瞬間には慶朝の腕が肩に回っており、月英をこの鳳の(かご)から連れ出す気満々なのであった。



「なぁ月英。其方もこのからくりが知りたいだろう?」




 そう言うと彼は強引に月英を連れて宮を後にした。




 ※




 女官として出仕している蓮家直系の姫。

 それが唯一月英が白明について知り得る情報だった。


 蓮家は山の賢者と呼ばれる葵家と対を成すこの國でも有数の名家だが、当然山に隔離されていた月英は彼らを見たことがない。ただ、神仙のように美しいと言われる彼らに会ってみたいというのは本心だった。


 流石は蓮家の姫なだけあって、朝廷の程近くにある蓮家の別邸でその賭けは行われているらしい。


 慶朝が現れたことに、順番待ちをしているらしい周りの男たちは驚いた顔をするが白明がそんなことで手加減をする少女ではないと知っているのか、嘆く様子はない。


 月英の予想に反して、現れた蓮家直系の少女は華美な装いをしているわけではなかった。朝廷から戻ってすぐらしく月英も見知った女官姿で部屋の中央にある椅子に腰かける。

 ただ、その存在感はやはり並の人間ではない。


 気の強そうな銀灰色の瞳は同色の長いまつ毛に縁どられて煌めいているし、白銀の髪はほかの女官たちと同じ程度の手入れしかしていないはずなのに光の膜が張ったように輝いて彼女を神々しく見せている。

 むしろこんな少女と並び立とうという人間がこれだけいることが不思議なくらいだ。


 その思わず平伏してしまうような美しさに月英は驚くより先に彼女の顔を遠目で測量していた。

 後に芙蓉(むすめ)が自分の主の顔の中に黄金比がいくつ隠れているか計算しようとするが、月英もこの時白明の顔の美しさを測っていたのである。


「すごい、こんなに均整の取れた顔を見るのは初めてだ」


 測り終わってその見事さにやっと感嘆していると、隣にいた慶朝が苦笑いをしていた。

 月英より先に挑戦者は数人いたらしく、順番まで月英は静かにその様子を見守った。

 少女が挑戦者たちの手にある真珠の在処を次々と当てていくのは、確かに少し奇術じみている。

 正直こんなものは運だと思って見ていると、月英はあることに気が付いてしばしその賭けに見入る。


「なるほど、これはすごいな」

「何かわかったのか?」


 慶朝が小声で嬉しそうに言うのが早いか、月英の順番が回ってきた。

 呼ばれた月英が前に出ると彼女の侍女や護衛の武官たちが訝しげな顔をした。

 彼もまた慶朝が言ったように有名人であり、何よりその漆黒の瞳や髪もあまりにも目立つのだ。さらに言うと、蓮家の人間は葵家の人間を快くは思っていない。


 白明はその美しい鼻をひくりとさせると少し緊張した面持ちになる。


「あなた、葵 月英?葵家の人間が堂々と私に求婚しにくるとは大胆なことね」


「僕は葵家を追放された身なので、気になさらないでください」


「そう、じゃあ私も妙に身構えなくていいわね」


 そう言われて、月英は横に控える侍女から真珠を受け取って後ろ手に回した。

 容量は分かっている。

 月英の考えが正しければ、最初の二回で彼女を嵌めなければ勝てない。


 まず最初の一回、月英が左に掴んだ真珠を彼女は右だという。

 月英の勝ちだ。

 たとえ外れたとしても彼女は顔色一つ変えず、じっと挑戦者である月英を見ている。


 二回目、月英が右に掴んだ真珠を彼女は見事右だと言い当てる。

 今度は白明の勝ちだ。


 ()()()()、と思った。後はもう二回彼女が月英の誘いに乗ってくれればよい。


 三回目は月英の勝ち、四回目は白明の勝ちと勝負が続くうちに彼女は今までにない勝負の感触に焦りの色を浮かべている。


「……右よ」


 とうとう最後の五回目で、彼女は緊張感のある声で答える。

 月英はにこりと微笑むと、左に掴んでいた真珠を彼女の前に転がした。


「いいえ、左ですよ」

「っ……!?」


 その瞬間の彼女の顔ときたらまるで幽霊でも見るかのようだった。

 それは周りも同じで、一瞬静かになったのち急に騒がしくなる。


「白明様が外した!」

「白明様の負けってことか……?」

「さすがは葵 月英だ……!」


 当然彼女の近くに控える侍女や武官たちも気が気ではない。このままでは自分たちの大事なお嬢様が化け物に攫われてしまうと言わんばかりに騒ぎはじめ、武官などは剣に手をかけようとしている。


「おっ、お嬢様……!」

「しょうがないわ。そうね、一日だけなら付き合ってあげてもいいわよ」


 白明が意を決したように言うと、月英は慶朝を一瞬振り返って言う。


「いえ、あなたの鼻を明かせたので僕は失礼しますよ」


 その言葉に列をなしていた男たちがどよめく。

 全員彼女と懇意になりたくてこの場所にいるのだから当たり前だ。この朴念仁は何をしに来たのだと、全員が月英を殺意を持った目で見始めた。

 なによりその態度に白明が一番驚いている。


「わっ、私に興味がない…の…あなた?」


 そう、白明が思わず言うとすでに立ち上がろうとしている月英が申し訳なさそうな顔をする。


「はぁ、僕今日は慶朝の代理で来ただけなので。心配しなくても絶世の美女だと思いますよ」


 その言葉に彼女の近くにいた侍女や武官たちも唖然としている。

 なにしろ武官たちは彼女の護衛をするのが誰かと言うだけで揉める日があるのだ。


「…美しいと言われてこんなに嬉しくなかったのは初めてよ。動物として観察されてるみたいで不快だわ」


「女性とは難しいね」


 月英がお手上げだと言わんばかりに言うと、男たちの中で唯一慶朝が声を上げて笑い出した。

 その笑い声に全て理解したらしい白明は顔を赤くして月英を指さした。


「慶朝、この朴念仁はなんなの!?」


「面白いだろう、其方も分からないことがあれば聞けば良い。なんだって知っているんだ」


 笑い涙を拭いながら言う慶朝に彼女はいよいよ怒ったらしく、声を荒げて言う。

 その気安さを見ても二人は幼馴染と言ったところなのだろう。


「結構よ!今日は気分が悪いわ、皆さんにお帰り頂いて!」


 そう言うが早いか彼女はそっぽを向いて部屋を出て行ったので、部屋中が月英への非難の渦となってしまう。

 その夜、邸宅から放り出された月英が「美人が起こった顔は怖いね」と感慨深く言うものだから慶朝は眠りにつくまで笑い続けたという。




 ※


 そんなことがあって三日ほど経った頃のことである。

 すごい剣幕の白明が慶朝と月英のもとにやってきたのだ。


「葵 月英はいらして!?」


 慶朝の私室に入るなり彼女はそう言う。

 一介の女官ならあり得ない話だが、白明は部屋の主の承諾もなしに入ってくるとその勢いのまま月英の頬を張った。

 あまりのことに慶朝が呆然としていると彼女は続けざまに慶朝にも殴りかかろうとしたのでさすがに他の女官たちが止めにかかった。


「女性に引っ叩かれたのは初めてだな」


 大騒ぎになっている中で月英はしみじみと自分の頬を触りながら言う。

 慶朝はその横でまたもや笑いを堪えているが女性に何の免疫もない月英は早くこの状況をどうにかして欲しかった。


「あなたのお陰で私はあれから何人とお茶をさせられたと思っているの!?私を振ったのは百歩譲って許すわよ!なんで必勝法がこんなに出回っているのよ!」


「……だって皆さん教えてと言うから」


 実はあの後、白明を負かしたらしいという噂が広まった月英のもとに男たちがやってきてはその方法を問うてくるので、月英は逐一教えてやっていたのだ。

 彼女に勝つ方法を独り占めすればどんな報復が待っているか分からないというのも本音である。


「あなたは教えてと言われたらなんでも教えるの!?」

「まあ、求められたら」


 その言葉に益々白明が怒ったのが分かったのか慶朝は月英の前に出て彼女の腕を取った。

 流石の彼女も鍛錬している慶朝の力には適わない。


「彼を怒るのはお門違いだ、白。月英はみんなに平等なんだよ。天帝は人間たちが月英を取り合わないようそう産んだんだろう」


 白、その愛称に二人の関係性が現れている。

 白明は月英に食って掛かるのを諦めたのか今度は慶朝を睨みつける。こんなに美しくて吹けば飛びそうなのに、彼女は怖いもの知らずである。


「……あなたが仕組んだのね、慶朝」

「だって其方の調子に乗り方と言ったら見ていて面白かったからな」


 慶朝がくつくつと笑うのが憎たらしいのか彼女は今度は月英の方を向くと問いかける。


「葵 月英、あなたはどこまで分かっているの?」


 その問いに、月英は答えたら襲われでもしないだろうかと身を引きながら慎重に答えた。

 見れば周りの女官たちもハラハラと三人を見守っている。


「あなたは二回見ただけでその人の癖が見抜けるのでしょう」


 彼女がハッとした顔をしたので、それが正解だったのだ月英は確信する。

 彼女は多分、()()()()()()()()()()

 異能だと称されてもおかしくないほどの能力で、彼女の目は挑戦者たちの仕草を追っていた。

 例えば代表的なもので言えば、真珠を入れた方の拳に向かって鼻先を向ける人間がいる。真珠を入れた方の腕に妙に力が入って血管が浮く人間がいる。

 そういうちょっとした仕草をたった二回で捉えて、三回目以降の結果を見抜いていたのだ。


 その証拠に月英が最初の二回を鼻先の方向に合わせて答えを用意していると、三回目以降彼女は鼻先を向けた方の拳を選んでいた。

 それ以外で絶対に体のどこも動かしてはいけないので案外難しい賭けだったが、彼女は月英の策略にまんまと嵌まってしまったのだ。


「……その通りよ、だけどあなたはそれを一回で見抜いたというの?」


「一回ではないですよ、五回見ていました。あなたには適いませんね」


 彼女は信じられないという顔とともに、今度は泣きそうになって慶朝に食って掛かった。


「それをあなた、皆にばらしてしまったの!?なんてことよ、縁談が断れないじゃない!」

「断れないのは白明さんが良い人だからですよ」

「負けず嫌いなんだよ、月英。売られた言葉は買わないと気が済まないんだ」


 月英が珍しく気を使って彼女の怒りを鎮火しようとするのに、先程から慶朝が火に油ばかり注ぐので月英は気が気でならない。


「慶朝!もとはと言えばあなたが悪いんだから真剣に考えなさい!」


「ははは、存分に悩めばいい」


「縁談くらい断ってしまえばいいんじゃないですか、それができない家柄でもないでしょうに」


 とうとう二人の言い争いが面倒になった月英がそう言うと白明は深い溜息をついた。


「白の見合い話というのは多分其方の予想を大きく超えているぞ。神仙みたいな扱いだから験担ぎに出すだけ出してみるかって奴もいるらしいし」


「みんなに平等だと言うなら、私にも教えるべきよ。どうやってこの縁談を断るかをね」


早く出ていってもらおうと彼女の方を向いて月英は簡潔に答える。


「良いですよ、慶朝と懇意であると言えばいいんです」


「嫌だ!」

「嫌よ!」


 月英はすぐに解決方法を弾き出したのに、二人は揃いも揃って大声でその提案を却下した。

 慶朝の態度に、自分が彼女との縁談を断って怒られたのを思い出した月英は理不尽さを感じる。


「君も僕と言っていることが変わらないじゃないか、慶朝」


 慶朝は訝しそうにしている月英に言う。


「よく考えろ、王族と蓮家だぞ。そんなこと言ったら本当に結婚させられかねないだろう」


「私だって慶朝は願い下げだわ」

「はぁ」


 身震いまでして言う二人が月英には不思議で仕方なかった。

 結婚と言うのは基本あまりしたくないものであり、二人ほど気心が知れているのであればむしろマシなのではないかと思ったからだ。

 両親くらいでしか結婚の実情を知らない月英にはその反応がどうもおかしく感じる。


「しょうがないな。じゃあもう、架空の思い人を作るしかないですね」

「架空の思い人?」


 月英の言葉に、白明は眉を寄せ、慶朝は目を輝かせた。

 どう見ても面白がっている慶朝を白明がもう一度肘で小突く。


「白明さんは好きな人間がいるから縁談は受けられないと言うんですよ」

「でもそんなことで縁談がやむの?」


 そう問われたときには既に月英の中で一つの筋書きが出来上がっていた。

 乗り気ではないがこのまま恨まれ続けるのも月英の本意ではない。



「僕とひとつ芝居を打ちましょう、白明さん」




 ※



『蓮 白明は死んだ思い人に会うために、死後の世界と現世を行き来しているらしい』


 月英の仕掛けた策によって、数日後にはこんな噂が朝廷内に回っていた。

 医局で修行しているかつての弟子、子雀も巻き込んで噂の火種を撒いてみると想像をはるかに超えた速度でその噂が広まったのは彼女の知名度のおかげだろう。

 慶朝は月英と並んで有名人だと言ったが、男たちの彼女への関心と言うのは並々ならぬものを感じた。


 そして今日も一芝居打つために月英と朝廷の一角で会っている白明は物陰からこちらを熱心に覗く男たちを見ていた。


「よくもみんな飽きずに見に来るわね」

「こういった話は皆さん大好きですからね」


 そう言うと、彼女はかなりげんなりとした顔をする。

 美人は国を傾けるというが、確かにこの調子で朝廷が傾いても困るので月英はそう言う意味で国を救っているのかもしれないと思った。


「じゃあ、今日も行くわよ」


 そう言うと白明は軽やかな足取りで庭の中腹部分に進んでいき、涙を流すふりをしながら祈るように手を合わせる。

 ここ最近、毎日見ている月英でも本当に泣いているのかと疑う程彼女の演技はうまい。


 月英は向こうの廊下に隠れたつもりになっている男たちの呆けた顔を見ながら、自分のしていることに少しだけ申し訳なさを感じていた。

 みんな彼女の美しさに魅入られてしまっただけで何も自分から進んで恋に落ちたわけではないのに、と彼らしくもないことを考えてしまう。


 彼らを現実に引き戻すのは本当に、まだ恋も知らない自分でいいのだろうか。


 そう思いながらも月英は手燭から火を移して焚くとあたたかな空気を扇を使って送り込んだ。


 そうすると、()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()


 まるで彼女自身が幻であったかのように。


 人々のどよめく声が月英の方まで伝わってくると、白明に合図を送ってお互い急いで退散する手はずである。


(しん)という妖怪を知っていますか?』


 そう月英が聞くと、慶朝も白明も知っているがそれがどうしたのかという顔をした。


 蜃、春や夏に現れては海中から気を吐いて楼台を作り出すという伝説上の巨大な貝の化け物だ。その幻のことを蜃気楼とも呼ぶらしい。

 月英はその化け物が作り出すという幻が冷たい空気の上にあたたかな空気がのることで起こる自然現象だと知っていた。

 この現象が起こると、下方にあるものが上方に浮かんで見えたり、さらに条件が揃えばものが反転して見える。

 実は月英は彼女の足元に葵國から取り寄せた雪を敷き詰めていたのだ。今は真夏で空気も温かい。

 条件は十分にそろっているのだ。


 男たちが最初に見ていた白明は本来は丘の下にいた彼女であり、月英があたたかな空気を送ることで彼らの前からは幻のように姿を消していく。


 連日噂になっている『蓮 白明は死後の世界と行き来をしているらしい』という噂の顛末がこれであった。

 彼らが見ている幻は、月英が自然現象を利用して作り出した異界への扉なのだ。


 美女が涙を流しながら消えていくのは、さぞ神秘的な景色だろう。

 月英が扇を仰ぎ始めて少し経つと彼らは次第に騒めきはじめ、白明がいたはずの草むらに何もないことを確認しては感嘆の声を上げている。

 いくら月英でも自然現象を操れるわけではないため、日によってその見え方は様々だろうがそれが逆に怪しさを増しているようだ。

 一度慶朝が変装して向こう側から見ていたらしいがたいそう興奮していたのでうまくいっているのであろう。

 この芝居をかれこれ一瞬間続けただけで彼女のところに来る縁談の話は半分以下に減ったらしい。

 それは月英が彼女との約束を守ったなによりの証拠だった。

 バレないように手蜀を吹き消してそそくさと去ろうとしていると、いつの間にかこちらに帰ってきていたらしい白明が後ろに立っていた。


「あなた、私を置いて帰るつもり?」


 暗闇でも月の光に照らされて目立つ姿を隠すために黒い布を羽織っているが、それでも一房零れ落ちた髪が発光するように輝いている。

 月も霞むほどの美貌というものを、月英はその時初めて見た。


「白明さんは本当に美しいですね」


 思ったことを素直に口にしただけのはずだったのに、月英はこのとき再び白明に怒られた。



 そのときの白明の耳が赤かったのを知る者は、朴念仁の月英はもちろん誰もいない。



 ※


 こういったことを何度も繰り返しているうちに次第に白明に会いに行くのはあまりに可哀そうだという話になったらしい。

 ぱったりと見合い話も来なくなった。


「それはそれでどうなのかと思うけどな」


 慶朝はそう言うが、白明は余程嬉しかったらしく連日月英のいる鳳籠宮に姿を現すようになった。


 人と関わることが苦手な月英も始めこそ恐れていたが、素直な彼女のことは自然と受け入れていった。

 今では月英も慶朝が呼ぶように、白明のことを「白」と愛称で呼んでいる。

 葵家にとって黒が特別な色であるように、蓮家にとっても白は特別な色らしくその名を持つ彼女は特別美しく生まれたのだそうだ。

 白明は最初は自分を特別扱いしない月英を珍しがっているだけのようだったが、次第に彼自身に興味を示すようになっていった。



 それは月英が博士位を拝官するちょうど一か月前、いずれ花のもとで別れる二人はこうして出会ったのであった。



この小説を書き始めて一番書きたかった部分がとうとう書けました。

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