↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鴻鵠の娘  作者: 納戸
白虹 日を貫く 【茜國編】
PR
28/50

4.朱鷺を烏─2

 案外視点を変えると答えは簡単に出ることがある。

 今まで妓楼や花街の関係者ばかりに話を聞いていたが、その対象を茜國の私兵に変えた途端答えはすぐに出た。


 妓女に扮した彼女は緋鶯(ひおう)の侍女の女だと、何人かの兵士が覚えていた。

 名前までは分からないという話らしいが、緋鶯の邪魔となる紅鳶を廃そうとしたことは間違いなかった。


 髪の色が違うだけで雰囲気も変わるらしく、髪色を変えた人相書きでやっと分かったというのもあったようだ。

 まあ化粧も花街風の濃いものであったし、そういう意味でも女は姿が変わる。


 そして目の前の男も、化粧を変えたわけでもないのには芙蓉の前にいくつも違う姿を現す。


 聴取のための無難な質問を終えると、彼に向き直って問いかけた。


()()()()()()()()()()()?」


「ひどい言いようだな」


 紅鳶は笑うが、芙蓉の意図を理解しているようで腹立たしい。


「動機ははっきりしています。緋鶯様のために、貴方を殺そうとしたんですよ。貴方が飲んでいた茶に睡眠薬が混入していました。貴方を眠らせた状態で殺そうと思ったんです」


 しかし紅鳶はこうしてぴんぴんしている。


「捨て身の作戦だと思いました。少しでもへまをすれば部屋の近くにいるあなたの部下に勘付かれる。私なら殺されるくらいなら自分で死にます。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 答えない紅鳶に芙蓉はなおも続ける。


「分かりますか。あなたは死んでいるか、そうでなければ彼女の思惑に気が付いた時点で声を上げていなければおかしいんです。あなたが人を殺したような状況になるのはあなたに不利すぎるんですよ」


 紅鳶が声を上げていれば、その時に彼女が殺されているのが分かったはずだ。そう考えると、彼の目的は自然に読めてくる。紅鳶は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 黒の髪に赤い瞳の女、考えれば嫌なことばかり思いついてしまう。


「私ならこう考えます。そこで声を上げるくらいなら、彼女を死に追い込んだ上で手引きした人間を私が探し出せば二人を亡き者にできる。そうすれば、あなたは自分の命を脅かす人間を一掃できますものね」


 そう言うと、彼は表情を読み取られないためか欠伸をして芙蓉から視線を逸らした。


「長々と話すから飽きてきちゃったよ」


「真面目に聞いてください!」


 彼は頬杖をついてゆっくりと目を細める。


「証拠でもあるの?」


「……それは、ありませんけど」


 だろう、と上機嫌に言われた。

 そう言われると何もないのだ。芙蓉が考えた脚本に都合よく登場人物を(あつら)えただけだと言われたらそれまでだ。

 しかも、きっと答えを見つけてしまった時点で紅鳶が勝つようにできているような勝負に思える。

 芙蓉はその面白そうに細められた赤い瞳を見つめ返すと、せめてもの意趣返しに睨んでから踵を返した。



 ※



「坊ちゃん、随分と綺麗な黒髪だね」


 鈴扇とともに紅鳶が泊まっていたという妓楼の楼主の話を聞いていた芙蓉は急にそう言われて固まった。芙蓉の髪は葵家直系の髪質と髪色で、そう言う意味では目立つ。ただ滅多に山奥から出ない葵家を目にする者は少なく、その色味を知っているのは鈴扇や苑華など高位の貴族のみである。


「そっ、そうですか?」


 芙蓉が誤魔化すように笑って見せると、楼主は突拍子もないことを聞き始める。


「あの赤髪の男とやけに親しそうだったけどあんたも()()()()かい?」


「……はい?」


 芙蓉が拍子抜けしたような声で聞き返すと、楼主は片手を口に添えて小声で言う。


「ここだけの話なんだけどね、いっつも黒髪の子がいいって指名してくるんだよ。黒髪が好きなんだって」


 隣で鈴扇が僅かに眉を顰めたのが分かったが、楼主にはその表情が変化したことすら分かっていないだろう。


「へぇ……そんなこと聞いたことないですけどね」

「まあ、流石に男はないか。坊ちゃん綺麗な顔してるから疑っちまったよ」


 あはは、と乾いた笑いを浮かべてから、芙蓉はふと思い当たって質問を返した。


「あの、その女性たちって皆さん赤い目をしてらっしゃいませんでした?」


「え、うーん。確かにそう言われたらそうだった気もするけど、全部把握してるわけじゃないしなあ。あのお客さん目立つから帳簿係に聞いたら分かると思うけど、ちょっと待ってくれるかい」


 そう言って隣にいた下男に使いを頼んでいる楼主を見て隣にいた鈴扇が小声で芙蓉に問いかける。


「どういうことだ?」

「黒髪なんか別に好きじゃないと思いますよ。褒められた事もありませんし、なによりあの人は自國至上主義でしょう」

「それは確かにそうだが、お前にはずいぶん気安いように見えたぞ」

「私のことが気に入ってるとしたら外見ではなく中身だと思います」


 言ってから、少し自意識過剰だったかと肩をすくめる。

 彼の話に付き合うことはあるが、芙蓉自体遊びなれた紅鳶にとって珍しい容姿ではないだろう。黒と灰など(くれない)に比べれば喪服のように暗い色だ。彼が好むとは思えなかった。


「……それはそれで腹立たしいんだが」

「心配しなくても引き抜かれたりしませんから安心してください」


 芙蓉は鈴扇を安心させるためにさっと手で制してそう言うと、確信を持った声で話を続ける。


「黒髪で赤い目の女にだけ会いに来てたんです、まるで選んだように。おかしいですよね、まるで密会でも行ってたようじゃありませんか。しかもよりにもよって黒髪ですよ」


「まさか、茜と葵がつながっているとでも言いたいのか?」


 芙蓉はその言葉に神妙な顔で頷く。黒の髪に、赤い目の女たち。()()はそうやって密通していたのだろう。


「ここ最近の紅鳶様は、悩んでいらっしゃるようでしたし、何らかの話を持ちかけられているくらいかもしれません。ただ、そうだとするとかなり厄介です」

「知の葵家と武の茜家が手を組めば相当厄介だな」

「問題は誰が動いているかなんですよね。……もし陶月叔父上ではないとなるとかなり最悪です」

「陶月殿ではない?」

「ほら、いるでしょう。あの()()()()()()()()……」


「坊ちゃんがた!」


 芙蓉が言いかけたところで慌てた顔の帳簿係の男と楼主が戻ってきた。俄かに後ろの方で男たちが騒ぎ始めている。


「みんないなくなっちまったそうだよ」


 彼は芙蓉たちに構っているのももったいないようで、それだけ言うとすぐに下男たちを集め始める。妓女たちを追うつもりだろうが、今更追ったところで間者の役を担った彼女たちの誰も見つけられないだろう。

 芙蓉の読みはやはり当たっているようであった。



 ※



「死んだ女、緋鶯様の侍女だったらしいですね」


 李美は紅鳶の空になった酒杯を下げながら、窓から外を見つめる主人に言う。


「さっきわざわざ芙蓉が聞きに来たよ。ああ心配しなくても、僕は殺してないよ」


 そう言いながら、うっすら微笑む紅鳶はこの状況を楽しんでいるかのようでもある。


「謹慎は楽しめそうですか」

「こうして遊びまわらずじっとしてればいいだけ、気分は楽かもしれない。厄介なのはあの子だ。ちょっとだけ面倒くさい」


朝方すごい剣幕で去っていった芙蓉を思い出したのか、紅鳶は苦笑した。隣で聞いていた李美もそうですねと感情の乗らない声で言う。

 駒はただ何も考えずに事件を解決するだけでいいのに、変に勘がいいせいでつくづく可哀そうな役回りだ。

 下がろうとする李美に催促するように紅鳶は片手だけを向ける。


「文、来てるんだろう」

「こちらに二通あります」

「父上の方はどうでもいい。もうどうせ一週間ももたないことは知ってる」


 言われた通り、一通だけを彼に渡すと読み進めるごとに険しくなるその美しい眉に、何か悪いことがあったことが察せられた。悪いことと言えば李美の方に残った文には、彼の父である离鴇の容体がいよいよ悪化し、血を吐いたとまで書かれているのだが伝えたところで紅鳶は何も言わないだろう。悲しむ役は全て緋鶯の方で引き受けてくれる。


「なにか進みはありそうですか」


 聞くと、紅鳶は文を机に置いたまま腕を組む。


「……まだどうにもならないらしい。悪い知らせだ、()が広がった」

「それってやばいんですか?」

「相当」


 病というのは人のものではない。家畜のものだ。人ではないのだから焼いてしまえばいいだろうと李美は思うが、そうもいかないのが茜國の民だ。彼らは常に身近にいる家畜たちに恩恵と、崇拝とも言うべき感情を抱いている。

 そして紅鳶はそれを分かっているから頭を悩ませているのだ。


「どうせ()()()もしばらく顔を出さないだろう。殺されかけたとはいえ、結果的には助かったな」


 ああ、と李美は頷く。

 確かに邪魔が入ったせいで()との取引を進めなくても良くなった。もとよりこちらからは進めたくない取引である。むしろ好都合なのかもしれない。


「僕は土産を持ってあちらに帰る。必ずね」


 そう言った紅鳶の瞳には黒髪の官吏の姿が見えているのだろう。

 可哀そうに、と思った。紅鳶は使える駒は使えるときに使う。自分のように手の抜き方を知らない駒は長くは彼といられない。

 そして駒に飽きた紅鳶はすぐにその手を離してしまう。



 例えそれが、谷底の見えない崖の上であっても。




 ※


 芙蓉と鈴扇の二人は花街を出て大通りを川に沿って歩いていた。時折花街にいた男たちが走っているのが見えるがいくら力自慢の男たちが集まろうが、彼らが再び赤い目に黒い髪の女たちに会うことはないだろう。

 ふと川の方を見ると、一昨日の大水で流れた流木がちらほら見えるが上流で堤防でも壊れたのだろうか。


 そう思ってから話に集中するために咳払いをした。


「話を整理しましょう」


 そう言って芙蓉は広げた見取り図を鈴扇に見せながら言う。


「侍女の目的は紅鳶様の殺害だったと思います。そしてそれを実行するために紅鳶様に睡眠薬を飲ませ、窓の外にいた誰かに縄を引かせた。しかし、()()()紅鳶様は縄を抜け出して代わりに彼女だけが死んでいたんです」

「それが何故か、あの男は話さないだろうな」

「ええどうせ縄が抜けたんだろうとか適当なこと言うだけでしょうね」


 証拠はないだろう、と彼が笑ったのを思い出して芙蓉は苦い顔をする。


「あの女性は、紅鳶様に近づくために髪を黒く染めていたんです」


「紅鳶が会っていた女は皆、葵と茜を繋ぐものだったということか」


 はい、と浮かない声で答える。

 おそらく、その通りだと思う。芙蓉の知っている()()()は当主が代替わりするこの機会を逃すはずはなかった。いつ殺されるかも分からない仲介役に混血の女性を使うあたり、いかにも選民意識の高い彼らしい発想だ。


「葵と茜の混血の女性が紅鳶様に近づけると知っていた人間はかなり少ないと思います。それこそ、紅鳶様に近い人間ではないと知らない話だと思います」

「従者の中に間者がいるということか」


 そう考えておかしくはなさそうだった。彼の行きつけの妓楼や葵家との関わりまで知っている人間は少ないだろう。


「はい、そしてその人間が侍女の手引きをしていたんです。……この事件は私たちが思っているよりもっと大きいものなのかもしれません」


 彼女が止めようとしたのは紅鳶の当主襲名か、それとも葵と茜の同盟か。可能性は零に等しいが、もし紅鳶が当主になろうとしていたらどうだろう。

 そのために葵と手を組むというのは納得できる話だ。


「しかし皮肉なことに緋鶯の侍女のおかげで一時的にではあるが二國の取引を止められたのか」

「そういうことになりますね。解決できなければ彼女の思惑通り緋鶯様が無事当主となられますし、いいことしかないんじゃないですか?」

「あんな男だが殺人を犯していないなら無実の男を牢に放り込むことになるぞ」

「……それはさすがに良心が痛みます」


 そう溜息をついたところで、「芙蓉くん」と呼ばれたので声がしたほうを見ると河原で芳輪が芙蓉を手招いていた。見ると周りには職人風の男たちがこちらを不思議そうに見ていた。


「少し降りても?」

「手短に済ませろ」


 鈴扇の方を見ると何だろうという顔をしているが怒っているわけでもなさそうだったので彼を連れて河原に降りた。


「芳輪先生、どうされたんですか」

「芙蓉くん。そちらも大変そうですね」

「その割に嬉しそうですが」


 苦い笑いを浮かべる彼も官吏たちと同様に紅鳶には悩まされていた口だ。彼はすぐにその顔をやめると、芙蓉に問いかけるように言う。


「昨日の大雨で舟が傷ついたそうで釉薬の相談を受けていました。塗りなおすのにも傷に強いものが良いそうで」

「舟ですか?」

「遊覧船です。物好きが妓女を侍らせて川を下るそうですよ」


 芳輪には訳が分からないことらしく手を広げて呆れた顔をしている。

 なるほど、周りの男たちは舟を修理するために集められた職人たちだったらしい。

 芙蓉が来るまでも知恵者な上に暇人として有名で何でも屋のようになっていた芳輪のことだから今回も相談を受けたのだろう。

 彼らは皆やけに派手な舟の周りで話し合っていると思ったが、妓女を乗せるための遊覧船となると納得がいった。


「なるほど、でしたら木の樹脂に酒精を混ぜて使うと良いと思いますよ。溶剤が揮発すれば、樹脂が塗膜となって残るんです。確か、舟にも使われていたと思います」


「なるほど、それは良いことを聞きました」


 こういったことはひょっとしたら汀眞に聞いたほうが詳しいのかもしれないと思いながら、舟をなぞっているとふと気になったことがあって塗料のはがれた部分を凝視した。

 四艘止まっているうちの全ての傷を確認して回っていると、その様子に芳輪と鈴扇は何かあったのだろうと顔を見合わせるが、他の男たちは不思議そうに芙蓉を追いかける。


「坊ちゃん、何してるんだい」


 四艘目の、一等上等な舟を見ている芙蓉に男のうち一人が声をかけると彼女は塗料に触れながら逆に問いかける。


「この舟って普段こんなふうに痛むんですか?」

「ああ、多分互いに擦れあって塗料が剥がれたんだろうな。いつもは雨だと分かったら陸に上げるんだが、昨日は水の勢いがすごくてね」

「この舟だけ遠くまで流されていたんですね?」

「んっ?……ああ、よく分かったね」


 舟の塗料の禿げ方は一様に見えて一部がズレている。おそらく、この舟だけが違う長さの縄で繋がれてたのだろう。

 芙蓉は昨日妓楼の窓から見た風景を思い出しながら、目の前の物証と頭の中の考察を照査する。

 ふと赤く染まった縄が目に入り、鼻を寄せると錆びた鉄のような匂いがした。


「この縄、元からこの舟についていたんですか」

「ああ、元からついていたと思うけど。塗料が付いたのかね」


 芙蓉は近くまでやってきた鈴扇と芳輪の前に縄を出して言う。


「血です」


 しかし、縊死体に血は着いていなかった。

 だとすると答えは一つのはずだ。


「この舟って普段はどこに止めてあるんです?」



 そう彼らに聞いたとき、既に芙蓉の頭の中の欠片は一つの真実を形作っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。