4.矯めるなら若木のうち─2
それから数刻ばかり経っただろうか。
男たちは話し合いを終えたのか、芙蓉と汀眞のいる部屋の扉を開けると丁寧に二人の後ろ手に縄がかかっていることを確認する。
「ほら出るぞ、お頭がお呼びだ」
そう呼ばれ腕を掴まれた瞬間、芙蓉は汀眞に口を動かして合図をする。
『教えた通りにお願いします』
声に出さずに告げられた汀眞は芙蓉の声を待って身構えた。
「その前にお話ししたいことがあるんですが」
芙蓉が言うと男たちは怪訝な顔をしてその顔に燭台の火を近づけた。
粗末な油なのか時折大きく燃え上がる炎は今にも芙蓉の白い肌を焦がしそうである。
「なんだ、坊主。命乞いなら後でたっぷり相手してやるぜ。女と違って傷物になってもバレないからな」
そんな下品な言葉を浴びせられても芙蓉の目は揺らがない。
それどころか男が芙蓉の顔に近づけた燭台の火によって僅かに銀に煌めくのを汀眞は見た。
芙蓉は男の目を真っすぐに見返すと後ろにある皮袋の方に目線をやる。
「あそこにあるのって、晋官吏からの報酬ですよね」
男たちは妙に落ち着いた芙蓉の瞳に怖気づいたのか、お互い顔を見合わせ始める。
「それがどうしたってんだよ」
「あれ、贋金ですよ」
にこりと微笑んで言う芙蓉の言葉に、にわかに男たちはざわつきはじめる。
挑発するような目つきの彼女の縛られた手首はしかし、汀眞に見える角度でだけ小刻みに震えていた。
嘘をつくことに慣れていない彼女はそうやって緊張を隠している。
何故なら皮袋の中のそれは、まごうことなき本物の金貨なのだから。
「はぁ!?何言ってんだ、俺らを揺さぶろうって魂胆か?悪いが俺らはちゃんと確認してから貰ってんだよ」
男の一人が言うが、芙蓉は挑戦的な態度をやめない。
「あちらの言うことを鵜呑みにしたんですか?」
「このガキっ!!」
男が辛抱できなくなったのか芙蓉の顔を張った。
拳で殴らなかったのは、芙蓉の商品価値を落とさないためかもしれないがそれでも芙蓉はその衝撃で後ろに倒れこんでしまう。
「やめろっ!おんっ……」
女の子なんだぞ、と言いそうになって芙蓉の鋭い視線に制された。
そんなことをここで言ったところで、状況が不利になることは目に見えていた。
頬を張られても、芙蓉の目の輝きは衰えていない。
口の中を切ったのか唇の端についた血を舐めながら芙蓉は言う。
「……それが単なる水だったと、誰も疑わなかったのですか?」
「っなんだと……!」
「ただの水に浸してるのを見て、何の反応も出ないから本物の金貨だって思ったんじゃないんですか?」
男たちがさらに芙蓉に折檻を加えようとしているのが分かった汀眞はその前に出て、まあまあと窘めるように言う。
芙蓉の筋書き通りとはいかないが、男たちは十分芙蓉の言動に揺さぶられているようだったので次の手を仕掛けてみることにする。
「おじさんたち俺の顔見たことない?おじさんたちの仲間が今國府に捕まってるでしょ。そいつがしくじった時に贋金だって見破ったの、俺なんだけどなぁ」
「……思い出した!あの時のガキか!」
汀眞の言葉を聞くと彼らはすぐに取り乱し始める。
芙蓉だけだと説得力はないが、彼らの悪事を唯一見破った汀眞が言うのであれば話が違う。
まだ信じ切ってはいないようだが、徐々に彼らの焦りが見え始めている。
どうやら、芙蓉の作戦はうまくいったようだった。
「どういうことだ、晋の旦那が俺たちに贋金を渡してたっていうのかよ!?」
「よく考えたら俺はおかしいって思ってたんだよ、俺らに助けを借りるのにあんな大金持ち出すなんて」
男たちは口々に取引についての愚痴や不満をこぼし始めたのを見て汀眞が倒れこんだ芙蓉に目線をやると、彼女は頷く。
それを確認した汀眞は仲間内で口論を始める彼らに畳みかけるように言う。
「ね、はっきりさせようよ。あの金貨を俺たちと一緒にお頭の前に持って行ってくれるだけでいいからさ」
彼らの逡巡は僅かだった。
すぐに皮袋のうちいくつかを持つと芙蓉と汀眞の身体を引いて、足早に二人を連れて歩き始める。
芙蓉は血の味のする口内に溜まった唾を、音が出ないように慎重に飲み込んだ。
ここからが本当の勝負である。
芙蓉たちが通されたのは邸宅の中でも小奇麗な一室であった。
男たちが数十人はいるだろうか、その誰もが芙蓉と汀眞を舐めるように見ている。
その中で最も着飾った男が盃を煽ってから芙蓉の前に立つと、片手でその両頬を掴んで無理やり上を向かせた。
どうやら彼がこの集団の親玉らしい。
「ほう、聞いてた通りなかなか見目の良いガキ二人じゃねえか。お貴族様っていうのは綺麗な顔の奴が多いって言うがこりゃ高く売れるぜ」
飲んでいたらしい酒の匂いが顔にかかり芙蓉は顔を背ける。
余計な会話すらしたくないのか、芙蓉は言われるがままでその山猫のような瞳を尖らせるのみに留めた。
「お前らは人質にしてたんまり國府から金を貰ってから、貴族に売り飛ばすことに決まった。なに、お前らくらい若いのは当分いい暮らしができるさ。そう悲しまなくたっていい」
「丁重にお断りいたします」
まったく悲しんでいない様子の芙蓉を見ておかしな顔をする頭に、手下の男たちが事情を口々に話し始める。
「お頭、こいつらが晋の旦那からの報酬が贋金だとか言い出しまして。自分たちと一緒に金貨をお頭の前に持っていけと」
「はぁ?なんだってそんなことになってんだ?」
頭が手下たちに睨みを利かせると先ほどまで芙蓉たちに強気の態度を取っていた彼らがひぃと小さく悲鳴を上げる。
次いで、馬鹿にしたように芙蓉と汀眞の顔を見た。
「坊ちゃんたち、そんなわけねえだろう。俺たちは贋金と見分けるあの試薬ってやつでちゃんと晋の旦那に確認させたじゃねえか」
「あいつらがそれはただの水だったとか言いやがりまして。しかも赤髪のガキは帆楊のやつがしくじった時に贋金を見破った野郎なんです」
帆楊、汀眞が贋金を見破った際に美術商に贋金を持ってきていた男の名だ。
男は芙蓉の顔から手を離すと、今度は汀眞を見た。
「お前、何者だ?」
「俺の名前は蔦 汀眞。薺家に寄り添う鑑定士一族である俺たちは、人でも物でも森羅万象を鑑定することができるんだよ」
問われた汀眞は芙蓉に言われた通り、大げさに自らを名乗った。
蔦家自体を知っている者は少ないようだが、六大家と並び立つ薺家の名に顔を強張らせる。
「薺家って言ったらあの大商人一族のお抱え鑑定士ってことか!?」
それでも汀眞を疑わしく見守る彼らに汀眞はわざとらしく溜息をつく。
「そんなに俺のこと信じられない?じゃあ見せてあげるよ」
「……何をしようってんだ?」
汀眞はいぶかしがる頭の方に目を据えると、まるで書物を読み上げるように話し始めた。
「銀にして、帯十両、剣三十両、指輪二十両、沓五両。ついでに言うとあんたの母方の婆さんが葵國の出身、だから瞳の色が少しだけ黒に近い」
周りはそれをぽかんと見つめるが、頭だけが汀眞の言葉に目を見開く。
確信がある汀眞は、その査定が合っているかどうかすら問わない。これくらい汀眞には朝飯前だ。
芙蓉は改めてその驚くほどの目の良さに舌を巻いた。
「おっ、お頭今のって」
「……こいつは本物だ」
「その汀眞殿がこれは贋金だと言っているんです」
芙蓉は横からさらに畳みかえる。
彼らはこの嘘を信じ始めているという自信があった。
「はったりじゃねえのか、口ではどうとでも言えるだろう」
なかなか用心深いが、芙蓉には考えがあった。
「私たち官吏は贋金が流通した時のために、晋官吏とは違う方法で確かめるための方法を持っているんです。私の縄をほどいてください。証明してみせます」
「なっ……!」
「心配せずとも私の細腕では逃げられません」
そう言われて男たちは渋々芙蓉の後ろ手に括られた縄を解いた。
もちろん芙蓉は暴れだしたりなどしない。
懐からなにやら瓶を取り出すと頭が酒を煽っていた盃に目線をやる。
「白の盃を、こちらに」
手下が不思議そうに芙蓉の目の前に置いたその盃にとくとくと瓶の中身を注ぐと、皮袋から一枚金貨を取り出し放り込んだ。
「なんだこれは!?」
みるみる青く染まっていく盃に男たちはこぞってその中身を覗き込む。
そんな男たちの後姿を見て、汀眞は今更ながら芙蓉の思いついた作戦の突飛さに笑ってしまいそうになった。
芙蓉が持ち出したのは屍酸だ。
銅が入っていれば、贋金であっても本物の金であっても青く染まるのだ。
本物の金貨を偽物だと信じ込ませて、晋官吏に不信感を抱かせる。
そして彼らを、一時的にこちら側の仲間に引き込む。
こんなはったりが通じるのかと聞くと芙蓉は「きっと大丈夫です」と微笑んだ。
『嬰翔様も汀眞殿も初めて私の実験を見たとき、どう思いました?
こんな色の反応をするなんて偽物なんじゃないかって思いませんでした?』
芙蓉の言う通りだった。
初めて彼女が屍酸と呼ばれる液体に贋金を浸したとき、それが銅の質量を測るためのものだとは思わなかった。その金属から発せられるはずのない色に、贋金を見分けるための試薬が存在しているのかと思った。
汀眞でさえそうなのだから、目の前の男たちの驚きは猶更だろう。
こんな話を聞いたことがある。
花興の王家が桜の家紋を持つように、この大陸最大の国である麓の王家は薔薇の家紋を持っている。
そんな彼らは青い薔薇を、『不可能の代名詞』としているそうだ。
例えこの國が青色の都を持とうとも、青は『偽物の色』だとこの大陸の人間の頭のどこかにそう刷り込まれているのだ。
芙蓉の言った通り、彼らは白い器を刻々と青色一色に変えていく金貨を疑いの目で見始めた。
彼らを追い詰めるように、芙蓉は「ほら」と微笑む。
「こんな色を発する金貨が本物だと、あなたたちはこれでも信じられるんですか?」
芙蓉の言葉に彼ら全員が一斉に肩を落としたのが分かった。
全員が芙蓉と汀眞のはったりに騙されたのだ。
芙蓉の手が微かに震えているのを、その細い首筋に汗が一筋流れるのを見たのはおそらく汀眞だけであった。
彼女はその度胸と頭脳だけで彼らの心を支配下に置くことに成功したのだ。
頭の男は芙蓉を見ると、先ほどの勢いを失って何とも言えない表情で語り始める。
「俺たちは今日の仕事で商人と贋金を交換したら仕事を終えるはずだったんだ。それがまさか、こんなことになるなんて……」
「……あなた達が渡された贋金は今日の分で最後だったのですか?」
「ああ、そうだ。もうほとんど運び終わってる。そいつも一週間もすれば薊國に入るだろうさ」
「なんだって!?」
それは芙蓉たちにとって悪い知らせの────はずだった。
汀眞は利口ぶった鑑定士の仮面をつけるのを忘れて驚いた声を出してしまったのに、隣の芙蓉は何故か憑き物が落ちたように微笑んでいる。
「それは良いことを聞きました」
「は!?何が良いことなの!?」
思わず出た汀眞の言葉に芙蓉は微笑むだけで答えない。
恐らく何か確信した彼女の顔を見て、汀眞は腹を立たせながらも口をつぐんだ。
そんな二人を見て頭は口を開いた。
「それでお前らはどうしたいんだ?」
よしきたとでも言わんばかりに芙蓉の瞳が輝く。
「私たちをここから出してくれたら、あなた達がここでやったことを見逃します。あなた達も晋官吏がこのまま捌かれないのは癪でしょう。ここから出たらちゃんと彼の罪を白日の下に晒します」
「……それだけでいいのか?分かった、お前らには恩がある。ここからは出してやろう。おい、赤髪のガキの縄も解いてやれ」
そのあまりにも謙虚な要求に彼らは訝しむが、若い少年たちに企みがあるとも思わなかったのだろう。すぐに二人の縄を解いてくれた。
「まったく、変わったやつらだな。捕まった俺たちに贋金だって教えてくれるなんて」
その言葉に芙蓉と汀眞は内心ほくそ笑む。
ない恩を売られていようとは、彼らの誰一人考えもしていないようだった。
「それからその贋金、持っていてもあなたたちが贋金の鋳造犯だと思われますので國府に持って行ったらどうでしょう。晋官吏の収賄疑惑の証拠にもなりますしね」
すっかり芙蓉を信じ切った彼らはその言葉にそれもそうだと口々に言う。
確かに収賄の証拠にはなるが、贋金鋳造の証拠になるとは言わなかった芙蓉は性格が悪い。
こいつだけは敵に回したくない、と思いながら汀眞は一足早く部屋を出る芙蓉を追った。
※
「にしても芙蓉が屍酸を持っててくれてよかったよ」
夜道には人の気配もまばらである。
車一つ通らない道を二人は途方に暮れて歩き始めていた。
「芳輪先生の所に返しに行く予定だったんです。思ったより使ってしまったので、新しく買って返したほうがよさそうですね」
「で?ここからどうやって帰るつもりなの?」
汀眞が核心の問いを口にすると、芙蓉は顔を暗くする。
「……それは考えていなかったです」
「あーあ、まあ歩けない距離でもないし気長に帰るとするか。……っていうか芙蓉、何がいいことなんだよ。証拠はもう全部薊國に着いちゃったんだろ!?ああ、どうしよう。さすがの俺も」
「芙蓉殿!汀眞!」
その声に振り返ると、十数人の兵を連れた車が芙蓉と汀眞の前で止まる。
「……ははは、やっぱり生きてた。だから僕は言ったんですよ。放っておいても帰ってくるって」
そこから覗いた赤髪の青年に、二人は思わず声を上げた。
「嬰翔様!?」
「翔兄様!?」
二人が思いもよらなかった人物の登場に驚いていると、止まった車からは嬰翔とそして鈴扇が下りてくる。
嬰翔は二人を見て無事を確認すると一応は心配したのか肩を落とした。
「鈴扇の慌てっぷりときたら見てて面白かったですよ。芙蓉殿がいなくなったと聞いた途端盗人の男を呼び出して自ら聴取したんです。鈴扇の睨みが怖かったのかすぐこの場所を吐いてくれましたよ」
「そ……そうなのですか」
普段ならここで鈴扇が嬰翔に苦言を呈すところだが、今の鈴扇はいつも以上に無表情な顔で二人を見ている。
「芙蓉、こっちに来い」
そう言われて嫌な予感がしつつも芙蓉が素直に近づくと、次の瞬間その頭に拳が落ちていた。
少し痛いだけなのは彼が加減してくれているのだろう。
「痛っ……!!?」
思わず声に出すと、鈴扇はその眉間に皺を寄せ芙蓉を叱る。
「さすがに目に余る。私や嬰翔に相談してから動くように常々言っているだろう。一人で突っ走るのをやめろ」
「……すいませんでした」
芙蓉自身悪いと思っていたところを指摘され、素直に謝罪した。
確かに嬰翔と鈴扇に言われ、気を付けていれば治まっていた暴走癖も汀眞が現れたことで久しぶりに顔を出していたようだった。
「お前のことだから嬰翔か私が迎えに来るんじゃないかと少しは考えていただろう」
「……さすが、鈴扇様。私の扱いを心得ていらっしゃる」
確かに嬰翔と鈴扇なら勘付いて迎えに来てくれるのではないかと、少しは思っていた。
痛いところを次々に指摘されて思わず顔を逸らすと、鈴扇が芙蓉が賊に張られ腫れた頬に触れる。
まだ熱を持ったように熱いそこは、鈴扇の冷たい手で冷やされていくようだった。
「もし私たちが来れていなかったらどうしていたつもりなんだ。お前も蔦副官も武芸の心得なんかないだろう。こんな怪我までして、お前は殺されでもしたらどうするつもりだったんだ」
「鈴扇様の手冷たいですね。ちょっとこのまま冷やしてもらってもいいですか?……って、痛い痛いっ!引っ張らないでください、口の中切れてるんですよ!?」
芙蓉がその手に頬を摺り寄せたと同時に鈴扇はそれを引っ張り始める。
「……お前はちっとも反省していないな」
そんな二人を見て汀眞は乾いた笑い声をあげた。
「……なんか、すごいね。あの月英の娘だよ。今のうちに媚びておけば、後から菫國令にとってもいいことばっかなんじゃないの?」
「まるで芙蓉殿が博士になるような口ぶりですね、汀眞」
嬰翔の刺さるような視線に汀眞は自分がつい口走ってしまったことを正直に話し始める。
「……いや、俺も分かったよ。芙蓉は月英とは違う。あの子には孤独な椅子なんて似合わないよ。それに本人も博士になるつもりないって言ってたし」
「聞いたんですか、あなたは!?」
思わず声を荒げる嬰翔の口を押えながら、汀眞は急いで付け足す。
「翔兄様になにか言われでもしたのかって言われちゃった。あーあ、情けないな。人の心を読むのは俺たちの専売特許のはずなのに」
嬰翔は驚いた顔をするが、すぐに肩を落として自分の杞憂を恥じた。
「……お見通しですか」
このなんでも分かってしまう少女を心配するなど出過ぎた行為だったのかもしれない。
未だに口喧嘩をしている芙蓉と鈴扇の間に割って入るのは気が引けたが、遊んではいる場合ではない。
ところで、と二人の間に割って入ると賊の懐に入って何も得ずに帰ってくるはずのない芙蓉に嬰翔は問いかけた。
「どうします?さすがに賊全員をこの暗闇で捕縛するのは難しいんですが」
「それなら大丈夫です。明日にでも自分から金貨を持参して國府にやってくるでしょう」
「……芙蓉殿、今度は何したんですか」
また面白いものが見えるのだろう、と興味はあったが今は芙蓉の話を聞くことにした。
「それより嬰翔様、良いことが聞けました。今日蘭國を発った商人を最後にして、贋金は殆ど薊國に到着しているようです」
その言い方に、汀眞がケチをつける。
「良い情報なわけあるかよ!もう贋金は運び終わっちゃったんだろ?もう証拠も今頃金に戻ってるころだろ!」
既に証拠が薊國に流れていることが良い情報なわけがなかったが、何故かそれを聞いた嬰翔もしばらく考えた後に頷いた。
「ああ、なるほど。それはいい情報ですね」
横を見ると鈴扇も少し考えた後、なるほどと頷いている。
「はぁ!?」
完全に自分だけが理解できていない状況に汀眞が憤っても、芙蓉は話を続ける。
「とにかく、薺家とそれから蔦家とすぐにでも連絡を取る必要があります。そうですね、おそらく最後の商人が薊國に入る一週間後までには」
「一週間ですか、馬を飛ばせば二日で着くとは思いますが。僕や汀眞でもすぐに本部に取り次ぐのは難しいんです」
芙蓉は少し考えこむがすぐに思いついたように目を見開いた。
「……鳩、そうだ鳩です!鈴扇様の鳩を使えば一日もかからず薊國に着きます」
菫家が実用化したという鳩による文通方法は、一日もあれば國をまたげるはずだ。
鈴扇もその言葉に頷いた。
「薊國ならうちも別邸を持っている、働きかけることは可能だ」
「待って俺だけ状況が理解できてないんだけど!?」
話がまとまった様子に汀眞が堪忍袋の緒が切れて声を大きくすると何故か嬰翔が大きな溜息をついて汀眞の方を見た。
「汀眞、あなた本当に殊璃様から教育を受けているんですか?こんな基本的なことに気が付かないなんて」
「はぁ?」
芙蓉は汀眞を見てその瞳を輝かせて言う。
「汀眞殿、早すぎるんですよ」
その言葉にピンときた汀眞は嘘だ、と思わず零していた。
芙蓉の言葉が正しければ晋官吏は贋金鋳造と同等の罪を犯している。
「それって、どっちにしろ極刑の大罪じゃん……!?」
ええ、と芙蓉は言ってから汀眞の顔を見て決意したように言う。
「私たちが名を上げる好機です。協力してくださいますね、汀眞殿」
その有無を言わせぬ瞳に、汀眞は黙って頷く。
勝ちとか負けとかもうそんな次元の話ではない。
この少女はきっとこの国を変えると、汀眞はこの時初めて心の底から思った。
余談ではあるが盗賊団が持参金とでも言わんばかりに、本当の金貨を贋金だと言って國府に持って登場したのは蘭國府に語り継がれる珍事となったのであった。




