幼馴染みがウザいくらいかまってくる
高校2年生の夏休み。
学校から出された宿題をほっぽり出し、「まあ明日やればいいか夏休みだし」と、そうそうに投げ出した僕。
だいたい、夏休みなのだから休ませて欲しい。宿題なんて文明は滅べ。
などと、来年受験生とは思えない意識の低いことを考える僕であった。我ながらダメ人間だ。
僕はクーラーの効いた自分の部屋でゴロゴロしながら、ポツリと呟いた。
「暇だな……」
なら宿題をやれ。
なんて声が聞こえてきそうだ。
宿題ってやるまでが面倒なんだよな。やり始めたらできるんだよ。
僕は山積みの宿題を見ては、「はぁ」とため息を吐く。
そんな折に、コツコツとベランダの窓ガラスから音がした。
振り向くと、向かいのベランダから1人の少女が身を乗り出し、僕の部屋の窓からガラスを軽く叩いていた。
もと水泳部だったからか、やや赤みかがったセミロングの髪で、部屋着なのかボディラインのくっきりとしたキャミソールを着ていた。
むしろ、上はそれだけだった。
なんともまあ破廉恥な格好である。思春期男児には、目の毒だ。
僕は窓を開けた。
「お前に淑女の恥じらいはないのか。服を着ろ」
「ああ、薄着は興奮しちゃう感じ?」
「誰が幼馴染みで興奮するか!」
宇佐美つばさ。
我が家のお隣さん、宇佐美家の一人娘。お隣さんということもあって、昔から宇佐美家とは家族ぐるみの付き合いがあった。
同い年で一人っ子だった僕とつばさは、家族みたいに育った仲だ。ゆえに、どんなにつばさが魅力的な女性に育とうと、家族同然に育った幼馴染みを相手に、性的興奮なんてしない。
つばさは、「にはは」とわざとらしい笑い声をあげた。
「まあ、いいじゃん。あたしがあたしの部屋で薄着になってるだけなんだしさ? 誰も見てないし」
「僕が見てるだろ」
「あ、そっち行っていい? ゲームやらせてよ」
「おいバカやめろ」
つばさは、自分の部屋の窓から僕のベランダに飛び移り、ガラガラと勝手に部屋へと入ってきた。
「お邪魔しまーす」
「お前な……」
僕は幼馴染みに抗議しようと……。
「おい待て。なんで下もそんな短いんだよ!」
「え? ホットパンツ知らないの?」
「知ってるよ」
「きゃーえっち〜」
「なんでだよ」
つばさは、スラッと伸びる白い生足を惜しげもなく見せるホットパンツを履いていた。上はキャミソール、下はホットパンツ……肌色の面積が多すぎる。
「お前は露出狂かなにかなのか?」
僕はガサゴソと、ゲームソフトが並ぶ棚を漁っているつばさに言った。
「別に露出趣味なんてないっての。外でこんな格好するわけないじゃん。恥ずかしい」
「恥ずかしいのはお前だ!」
そう言うと、つばさはふいに僕の方を見たかと思うと、真面目くさった表情で口を開いた。
「私が、こんな格好するの……あんたの前だけだよ」
ふわりと、甘い香りが鼻腔を擽った気がした。
つばさが真剣な表情でそんなことを言うもんだから、僕はドキリとしてしまった。
そんなことを言われてしまうと、否が応でも意識してしまう。
と、急につばさの表情が崩れて、にへらっと僕を嘲笑うものに変わった。
「ふふふ……どうだった? ドキドキした?」
「……」
「おやおや? 幼馴染み相手に興奮しないんじゃないんですかー? 顔が真っ赤ですよー?」
か、からかわれた……!
この女……と、僕は頬を引きつらせる。
つばさは「にしし」としてやったり顔で、気に入ったゲームソフトがあったのか、テレビの前に座ってゲーム機の電源を入れた。
そして、流れるようにつばさはゲームを始める。
こいつ……絶対泣かす……とはいえ、さてはてどうやって泣かしてやろう。
つばさは普段から、こうやって僕をからかってくることが多い。自分が可愛いからって調子に乗っているのだ。
しかし、仕返しをしようにも、たいていぼくが返り討ちに遭うだけなのだ。どうにかしてつばさのやつを、ぎゃふんと言わせられないだろうか……。
僕は顎に手を当てて、その方法を考える。
「ねえ、一緒にゲームしないの?」
「ちょっと待って。今、僕はお前をぎゃふんと言わせるための作戦を練っている」
「へー。一緒に考えてあげよっか?」
「お前はバカなのか。敵の助けなんていらん」
「でも、私本人だし。良い助言ができると思うの」
「それをお前が正直に話すわけがないだろ」
「あはは〜」
なに笑ってんだこいつ。
僕は、「うーん」と考え――やがて思いついた。
「なあ、つばさ」
「おーなんか思いつい……え?」
僕はつばさがなにか言う前に、つばさを後ろから抱きしめた。突然のことに困惑するつばさに、僕は畳み掛ける。
「ちょ……え……ど、どうしたの……?」
「……さっき、僕に興奮してるかどうか聞いただろ。興奮してるよ。可愛いつばさにそんな格好されたらさ」
「うええ!?」
つばさが顔を真っ赤にさせて、なんだかよく分からない悲鳴を上げた。
僕はつばさの耳元で、そっと囁く。
「ずっと我慢してたんだ。いつも。本当はこうして、つばさを抱きしめたいって思ってた」
「ひう!?」
つばさは擽ったいのか、首を埋めて僕から逃げようとしていた。
僕はすかさず耳元で、「つばさ」と名前を呼んだ。
すると、遂に耐えきれなくなったのか、つばさは声を張り上げた。
「ギブ! もうギブ〜! わ、私の負けだから! も、もう許して……」
数分後。
つばさを解放すると、彼女はなぜか肩で息をしていた。
「はぁはぁ……」
「おいつばさ。これで分かったか? 分かったなら、そんな格好でうろつかないことだ」
「ね、ねぇ……」
「ん?」
つばさはなにかを訴えかけるように、僕を上目遣いで見ている。
はて、なんだろうかと僕が首を傾げると……。
「その……ま、また仕返ししてもいいから……」
「は?」
「仕返し! だから……えっと……い、いつでも受け付けるから……」
つばさはもじもじと顔を赤らめて、そんなことを僕に言ってきたのだった。