52.
二泊三日なんだが、実質的な滞在は一日半。
一日めは夕方着で四分の一日、二日めは丸々一日、三日めの今日は早朝である今まさに出発しようとしているので四分の一日。
つまり、合計で一日半。それが、俺たちがここ、シェフィールドの街に滞在した時間だ。
何だか慌ただしくて内容の濃い滞在となってしまったが、あっと言う間の二泊三日だった。
俺たちは今、シェフィールドの街のメインストリートを、公国の首都であるランカスターのある方角へと向かって歩いている。
俺が先頭を歩き、この街で一行に加わった孤児三人に、農村から一緒に来た三人娘と続き、ちょっとした団体の御一行様のような様相になっていた。
ただし。異常にお子様比率が高く、先導する俺自身も外見は年相応に十五歳の容姿なものだから、違和感ありと言うか周囲の景観から浮くこと半端ない。
ある意味で異様な集団が白昼堂々と街の主要な通りを闊歩している訳なんだが、何処からも制止される事なく誰何もされず、順調に目的地へと向かって進んでいた。
まあ、確かに、子供たちの表情は明るく皆が和気あいあいと元気に歩いているので、犯罪臭が欠片もないから良心的な大人による介入も発生していない、のだとは思う。
が、しかし。実際問題として、現在のこの国では行政機関が機能停止しているも同然の状態らしいので、多少の不審な行動も見逃されがちなようで、ある意味では当然の結果なのだった。
俺が、それとなく周囲を警戒しながら、逸れる子供がでないよう注意して、意識的にゆっくりと歩いていると、何処からともなく自然な感じで街並みの中から湧いて出てきた。というか、横の細い路地から合流してきたジョージ氏が、俺の横へと並ぶ。
何やら微妙な表情をしたジョージ氏を横目に、俺は、歩くペースを変える事なく話し掛ける。
「どうかされたのですか?」
「いや...」
「えらく殊勝な顔をして、らしくないですね」
「うるさいわ...」
「まあ、良いのですけど。ジョージさんは、別方向に行かれるのでしたよね?」
「ああ、そうだ」
「こちらの通りでは、なかったのでは?」
「ああ、そうだ。あっちだな」
そう言ってジョージ氏は、自身がでて来た方角、今の俺たちの進行方向からすると左側の少し後方寄りを、指した。
確か、少し前に通り過ぎた交差点から、そちらの方向にも大きな通りが続いていたなぁ。と、俺は思い出す。
「彼方にも、この街から街道が続いているのですよね?」
「そうだ。俺は、あっちの方に次の仕事が決まってたからな...」
「では、もう、良いですよ?」
「そうだな。まあ、お前は、彼女たちを任せるのに値する、と言えなくもないからな」
「はい、はい。では、契約は成立、問題なし、ですね」
「ああ。シャロンちゃんがしっかりしているから、大丈夫だろ」
「はい、はい、はい。俺に、お任せ下さいな」
「ふん。仕方がないな...」
何やら、また考え込む様子の、ジョージ氏。
俺が改めて周囲に危険がなくお子様六人が全員ちゃんと後ろに続いているのを確認しながらペースを変えずに歩みを進めていると、ジョージ氏の纏う雰囲気が、唐突に切り替わった。
いつも通りの、見慣れたニヤニヤ笑いを浮かべたジョージ氏が、口を開く。
「首都に行くなら、いけめん狩り、とかいうのに、気を付けることだな」
「イケメン狩り?」
「ああ。何かよく分らんが、新しい公女様が、一時期、見目の良い若い男を城に集めていたらしくてな」
「はあ」
「集められた男たちは、暫くすると腑抜けになって帰って来る、っていう、怖ろしい出来事が起こっているらしいからな...」
「ふう~ん」
「まあ、まだやってたとしても、アル殿は、対象外だろうがな。わっはっはっはは...」
「うるさいわ!」
「金髪や赤毛や青毛なんかの、派手な容姿の男ばかりが集めらえたそうだから、大丈夫だ!」
「成る程。キラキラ系のイケメンを、集めた訳か...」
「ん?」
「いや、何でもない」
「そうか。まあ、兎に角、この国の首都に行くなら気を付けることだな」
「それは態々、御忠告、ありがとうございます」
「まあ、それだけ、ランカスターの街が不穏な状況だ、と認識してくれれば良いさ」
「...」
「ところで、だ」
「?」
「この後は、具体的に、如何するつもりなんだ?」
「あ、あ~、それは...」
俺は、少しばかり言い淀み、視線を進行方向のその先へとそっと向ける。
さて。約束通りに、奴は、現れるかな...。
流石に俺も、このままゾロゾロとお子様六人を連れてランカスターの街へと探索には行けない、と分かってはいた。
とはいえ、このまま王国に戻ってしまうと、もう一度この国に入るのは少しばかり骨が折れそうなのも明白だ。
という事で、俺の周りを無意味にウロウロしている無駄に高性能な暇人、ではなく暇な存在を活用しようと思い立ち、昨晩に声を掛けておいたのだが...。
おおっ、いた居た。
「あれに、手伝わせる」
「んん?」
「...」
「どれだ?」
「あれ」
俺は、この街の外、建物が途切れて、幅広で立派に整備されていた首都へと続いて真っ直ぐに伸びている主要街道が、広大な平野の中で浮き上がるかの様に存在感を示し始めている、まさにそのスタート地点とも言えそうな場所で、道の端っこに不機嫌そうな顔をして仁王立ちしている人物を、指差した。
そう。白猫ドラゴンであるエレノアさんの下僕であり、今は巨体で厳ついイケメンなおっさんの人間形態を幻影として見せている、ダリウス氏だ。
いや、まあ。本当に、不機嫌そうな雰囲気を醸し出しているなぁ。
やっぱり、調子に乗って、漆黒のドラゴンであるダリウス氏をガキの使いよろしくパシリとして使ったのは、拙かっただろうか?
しかも。この後、お子様の引率と護衛というかお守りまで任せることになるのだが...。
「...大丈夫か?」
「ははははは。まあ、腕前については、問題ないよ」
「...」
「うん。勿論、信用できる」
「...」
「と言うよりは、引き受けた仕事はキチンと完遂する、かな」
「...まあ、胡散臭さはない、な。微妙に漏れてる威圧感が、半端ないんだが...」
「ははは。子供たちを届ける先に、しっかりと手綱を握っている存在がいるから、大丈夫」
「そうか。まあ、アル殿がそこまで言うなら、信じるしかないわな」
「ははははは。どうも」
またまた微妙な表情となってしまったジョージ氏と連れ立ち、元気一杯の少女五人と幼児一人を引き連れて、俺は、少し先で待つダリウス氏と合流すべく、テクテクと歩くのだった。




