51.([前]編-51)
ベッドフォード公国における第二の都市であるシェフィールドの街で、唯一の孤児院。
地元の人たちの話だと、隣接する街外れの小規模な教会に併設された公的な施設の筈なのだが、数ヶ月前の火災で焼失したまま再建もされず放置されている、のだという。
焼け出されて質素な教会に身を寄せる幼い子供たちから聞き出した話と、ちょうどその教会に顔を出して子供たちの世話をして帰っていった近所の奥様方との会話から、そんな現状が浮かび上がる。
まあ、それらの情報収集の大半は、俺の目の前にて現在進行形で子供たちの世話をしているシャロンちゃんが、何度も脱線するご近所さんや子供たちの話を上手に誘導して聞き出した訳なのだが...。
この孤児院の状況は、なかなかに、厳しいものだった。
物理的な面では、孤児院の建屋が焼失しているだけでなく、教会の方も居住棟というか聖職者の生活空間にあたる部分がほぼ焼け落ちていて、現在も子供たちが身を寄せている礼拝堂の部分で何とか寝起きするしかない、という不便で窮屈な状態。
精神的な面では、孤児院の院長でもある教会の神父さんが、この窮状を何とか脱しようと奔走したが埒が明かず直接上層部と掛け合うために公国の首都であるランカスターの街へと数週間前に出向いたが未だに戻らず、頼れる大人の不在が長期化している、という切羽詰まった状態。
幸いな事に、孤児院長である神父さんの人柄か、孤児院の子供たちの普段の行いの成果か、この近所の人たちは子供たちに好意的で何かと支援してくれているようだった。
しかし。残念ながら、この近辺は決して裕福な人々が暮らす地区ではなく、周囲の大人たち自身も決して経済的に余裕がある訳ではなかったので、孤児院の子供たちの生活は徐々に困窮していっているようなのだ。
孤児院が焼失した際には火事による犠牲者など一人もでなかったが、孤児院長である神父さんの頑張りで働ける子供たちに住み込みや寮付きの就職先が次々と手当てされ、ここで暮らす子供の人数は大幅に減ったのだそうだ。
神父さんが不在になってからも、ご近所さんの尽力で、つい最近になって少し幼いが体力はあるので働き手となり得る男の子二人が、住み込みで雇って貰えたらしい。
その結果、最後まで行き場の見つからなかった幼い男の子一人と十歳前後の女の子二人が、現在もここに残っている、という状況なのだそうだ。
シャロンちゃんが中心となり、メリッサちゃんとナタリアちゃんも一緒になって、そんな三人の子供たちの世話をする。
俺も、シャロンちゃんから相談され、お湯版ヴァッシェンの魔法で子供たちを丸洗いする技を披露するなど、それなりには役に立っていた筈だ。
オッサンこと自称ジョージ氏は、気付いた時には姿が消えていたのだが、いつの間にか何やら大荷物を抱えて戻って来た。かと思うと、その大荷物から取り出した物資を気前よく提供し、女の子三人から大絶賛され、ご機嫌になっている...のだが、何だか釈然としない。
今、子供たちと三人娘は、オッサンが持ち帰ってきた腹持ちの良さそうな三時のおやつ各種を、大喜びで美味しそうに食べている最中だった。
風呂代わりのお湯版ヴァッシェンでさっぱりして衣服も改め、生活環境が整備され居心地の良い居場所が確保され、美味しい食べ物をお腹いっぱい食べて空腹も不安も解消。
取り敢えずは、一安心、といったところだろう。
そんな和気あいあいとした子供たちの様子を、微笑ましく思いながら眺めていると、すっとシャロンちゃんが俺の傍に寄ってきた。
何やら考え込みながら、少し思い詰めたように見えなくもない様子で、俺の顔を見る。
「どうかしたかい?」
「ええ...」
思わず、大人びた表情を浮かべるシャロンちゃんを、まじまじと見る。
ショートカットにした癖のあるブラウンの髪に、焦げ茶色の澄んだ瞳。
後ろ姿だと十歳になるかならず位の幼げな感じにも見える、小柄で華奢な体格。
理知的な面差しが印象的で、毅然とした態度や静かな決意を湛えた瞳でニッコリと微笑む姿ばかりを見てきた為かついつい忘れてしまいそうになるのだが、彼女もまた、両親を亡くしている幼い女の子だ。
あの村を出てからは、悟りきって何処か諦めが混じったような感じを見せることも無くなっているのだが...。
「これだけ大きな街の孤児院がこんな状況になっている、なんて予想外だよね」
「そうですね...」
「もしかして、これから先の行動として思い付いた計画が、何かあるのかな?」
「...」
「シャロンちゃんは、真面目だからなぁ」
「いえ...」
「俺たちが考慮すべき点は、何処まで関わるか。更にその上で、何が出来るか、だよね」
「...はい」
「う~ん、難しいよね。個人で出来ることには、限界があるからなぁ...」
況してや、政情不安な隣国に対して、プランタジネット王国の辺境伯という俺の地位を連想させるような行動は拙い。バレたらご隠居様に怒られる、とかいう以前のレベルで大問題だ。
まあ、少し前まで滞在していたラトランド公国では色々とバレバレ状態をスルーして来たし、シャロンちゃんを引き取る際にも自称ジョージ氏とシャロンちゃんに限定してではあるが辺境伯が管轄する開拓村への入植許可証を用意して見せたりしているので、今更のような気もする。
けど、まあ。これまでも、表向きは単なる冒険者で通してきているし、公的機関に開示した訳ではないので...。
ついつい考え込んでしまった俺を、シャロンちゃんが、不安そうな表情で見ていた。
いかん、いかん。頑張る子供に不安を与えてしまうようでは、大人として失格だな。
「シャロンちゃんは、やっぱり、あの子たちを助けたいんだよね?」
「はい。他人事とは思えなくて...」
「まあ、そうだよね。俺も、困っている子供を見捨てるつもりはないんだが...」
「何があの子たちにとっての幸せか、ですか?」
「うん。そこ、なんだよね」
「...」
シャロンちゃんが、真剣な顔をして考え込む。
俺は、そんな彼女の思索を支援するため、改めて状況を整理してみる。
「まあ、そもそも。この街を訪れたのは、シャロンちゃんに、と言うよりは寧ろメリッサちゃんとナタリアちゃんに、生まれ故郷に近い場所で生活するという選択肢を用意するため、だったんだけど」
「残念ですが、選択肢になりませんでしたね」
「そう、なんだよね。では、次善の策として、他にこの近辺の大きな街を見てみるか、なんだけども」
「止めた方が良さそう、なんですよね?」
「うん。まあ、最終的には彼女たちの希望を聞いてから決めるつもりだけど、俺がこれまで見てきたこの国の様子からすると、お勧め出来そうにない」
「ですよね。私も、そう思います」
「と、なると。君たち三人は、隣国に移民として移住することがほぼ確定となる」
「はい」
「であれば、あの子たちも一緒に。といった考えも、思い浮かぶ訳だけど」
「...」
「大っぴらには、言えないよ」
「...あの。そもそも、一緒に連れて行ったとして、受け入れて貰えるものなんですか?」
「う~ん。シャロンちゃんは、どう思う?」
「...」
「ズバリ、と答えると。辿り着けるのであれば如何様にでもなる、かな」
「辿り着ければ。ああ、問題は...」
「そう。今でも、三人の子供連れでの旅は悪目立ちしている、よね?」
「はい」
「それが更に、幼い子も加えて総勢六人の子供が一緒ともなると、明らかに怪しげじゃないかな?」
「そうですね、確かに」
シャロンちゃんが、再び考え込んだ。
俺は、そんなシャロンちゃんを、何となく微笑ましく思いながら見守るのだった。




