閑話 黒猫から白猫に
プランタジネット王国の王都にある、ノーフォーク公爵家の邸宅。
その広大な敷地の一角に、手入れの行き届いた樹木に囲まれ、綺麗に刈り揃えられた芝で覆われている小高い丘があった。
そんな自然あふれる長閑な場所の、なだらかな丘のその頂きに程近い辺りに、立派な木製のベンチがポツンと設置されている。
そして。日当たりの良いそのベンチには、優雅に日向ぼっこする白猫が一匹。
ベンチで寛いでいた白猫が、軽く伸びをすると、閉じていた眼を開けてゆっくりと周囲を見回す。
思慮深く物思いに耽るかのような瞳が、ふっと、ある一点を見詰めて止まった。
『ダリウス』
『...』
『ふん』
白猫が、無造作に、軽く右の前足を振る。
と。
白猫が見詰めていた場所に、一瞬、何やら黒くゴツゴツした巨大な物体の一部が見えて、すぐに消える。
『おいおい、エレノア。無粋な真似は...』
『うるさい』
白猫のヒゲが、ピクリと動く。
白猫が見詰める何もない筈の空間から、動揺の気配が漏れる。
『わ、わわ、分かった』
『ふん』
『ちょ、ちょっと待て!』
白猫がじっと見詰めている空間が、揺らぐ。
ポンっ。
という効果音と共に突如発生した盛大な白煙の中から、黒猫が現れた。
象サイズの巨大な黒猫が、招き猫ポーズで鎮座している。
そして。あざとく、首を傾げてみたりする。
ズドドドどぉ~ん。
突然、巨大な黒猫を目掛けて、その周囲に出現した多数の火球が一斉に突っ込み、爆発。
したのだが...爆炎が消えた後には、少し煤けただけで無傷な巨大な黒猫がいた。
『おい、こら、エレノア!』
『うざい』
『...』
うなだれる、巨大な黒猫。
白猫のヒゲが、ぴくぴくと動く。
『あ、待てマテまて!』
『わざわざ幻影を操って、大袈裟な仕草で細かい感情表現などしよってからに』
『...』
『妾に、喧嘩を売ってるんじゃよな?』
『いや...』
『ん?』
『ちょっとした、お茶目じゃないか...』
『うざい』
『...』
白猫が、ふんっと言わんばかりに、黒猫から顔を背ける。
巨大な黒猫は、不動。
『で。今日は何じゃ?』
『...』
『用が無いなら、とっととアルフレッドの補佐に戻れ』
『いや、それがだな...』
真面目な顔をして再び見詰め合い、念話で話し込む、小さな白猫と巨大な黒猫。
長閑で自然あふれる緑豊かな都会のオアシスで、人知れず不思議な光景が繰り広げられているのだった。
* * * * *
難しい顔をして考え込んでいる、ように見えなくもない様子の、白猫。
そんな白猫からの返事を待つ、かのように静かに控える、巨大な黒猫。
『うむ。相分かった』
『...』
『アルフレッドからの手紙は?』
『これだ』
黒猫と白猫の間に、パッと、書状が現れて、白猫の目の前へと、ふるふらと飛んでいく。
白猫の目の前で、折り畳まれていた紙が開かれ、読み易い角度に掲げられる。
『ふん。宛名なし、簡潔な依頼文、署名はあり、の書状かや』
『ああ』
『子供たちを引き取った。国境の宿場町まで迎えを頼む。アルフレッド』
『...』
『アルフレッドは、誰に渡して欲しいと?』
『アレクといったかな。ほれ、補佐役の』
『う~む。ラヴィニアを経由して辺境伯の屋敷に、という意図じゃな?』
『ああ、たぶん』
『そうは言ってみるが、たぶん、そうはならんな』
『そうなのか?』
『うむ。ラヴィニアがこれを見たら、十中八九、侍女で元冒険者のエカテリーナを動かすの』
『別に、それでも良いのではないか?』
『まあ、取り敢えず。アルフレッドには、妾が責任をもって手配する、と伝えよ』
『承知』
唐突に、黒猫の姿が消失。
その直後に一瞬、何か巨大な物体が飛び立ったような気配が湧いて消え失せた。
白猫が、呆れた、と言わんばかりの仕種と表情をしてから一瞥すると、宙に浮いていた書状が、折り畳まれ何処かへと消えていく。
そして。何事も無かったかのように、白猫が、日当たりの良いベンチで寛ぎの体勢へと入り、長閑で自然あふれる緑豊かな場所に静寂が戻って来たのだった。




