([後]編-48)
段々とこちらに近付いて来ているその人物は、どうやら、取り立てて特徴のない中肉中背で身なりも悪くはないが普通で平凡な風貌の、中年男性のようだ。
まだ表情までは見えていないが、それなりの速さでスタスタと歩いて来るこの感じは、商人っぽい。
うん。農民ではなく、お偉いさんでもなく、冒険者でもない、と思う。
旅慣れた雰囲気を醸し出しているが、徐々にはっきりと見えてきたその顔は、海千山千の一癖ありそうな商人さん、といった感じだった。
ターゲットは、あの人物で、間違いないだろう。たぶん。
俺は、凭れていた樹からゆっくりと離れ、狭い道のそのド真ん中へと移動する。
姿勢を正し、にこやかに微笑みながら、仁王立ち。
よしっ。と、気合を入れる。
ウェルカム、斡旋業者さん。是非とも、お話し合いをしましょう!
友好的な気持ちを、これでもかと全身で表現してそれを前面に押し出し、待ち受ける。
さあ、来い!
目が合った。
俺の少し不自然かもしれない満面の笑みに、一瞬、彼方が怯んだ、かも...。
けど、気にしない。
そう。気にしたら、負け、だ。
いや、まあ。勝負する訳じゃない、けど。
うん?
いやいや、真剣勝負、だよな。バトルじゃなく、話し合いだけど、ね。
攻撃力よりも、交渉力を求められる訳だが...駄目だった場合には、やはり、力業か?
ああ~、出来れば、平和的に解決したい、と思う。
うん、心の底から、そう思っている。痛切に。
武力行使では、結局は何も解決しない。勿論、権力の行使による物理以外の力業も、同様だ。
目指すは、ウイン・ウインの関係。
お互いに納得し、握手と笑顔で別れを告げる。って感じに、持ち込めると良いなぁ...。
俺は、一人で空回りする自身の思考と格闘しながら、商人っぽい雰囲気を纏った普通で平凡な風貌の中年男性である斡旋業者さんが、こちらに到着するのを待ち構えるのだった。
* * * * *
右に進むと、ラトランド公国。その手前には、その国境まで約一日の距離にある宿場町を兼ねた中規模な農村。
左に進むと、まだまだ距離はあるが、ベッドフォード公国の首都であるランカスターの街。
そして。俺の背後に続く農道と見間違うような寂しい街道を数時間ほど歩くと、シャロンちゃん達の生まれ育った農村。
お日様が中天でポカポカとした陽気を振り撒いている、暖かな昼下がり。
俺は、村に呼ばれて来た斡旋業者である自称ジョージ氏と、シャロンちゃんを含む三人娘と一緒に、今、そんな場所に立っていた。
今日は朝からずっと彼方此方へと右往左往して慌ただしく濃密な時間を過ごしてきたのだが、今現在はまだ、昼が少し過ぎたばかりの時間だった。
はてさて、今日の残り半分の間には、何が待ち受けていることやら...。
はぁ。
と。思わず、溜め息が出る。
どうも偽名っぽいのだが、ジョージと名乗った斡旋業者さん。その彼と俺との交渉は、呆気なく合意に至った。
ジョージ氏と村の代表であるジェイコブさんとの協議も、アッと言う間に恙無く終わってしまう。
村を後にする女の子たち三人の出発準備も、ほとんどが持ち物などなく、すぐに整った。
あれよあれよという間にジョージ氏と女の子たち三人は村を発つことになり、偶然にも同時の出発となったように装った俺と一緒に、今から数時間前には村を後にしていた。
そして。今現在のこの状況へと、至っている。
自称ジョージ氏が親切丁寧に語ってくれた話によると、公国内は不景気で新規の人員の需要がそれ程はなく店の方にも余裕がある訳ではないので対象や条件によっては引き受けを断ることもあり、この村での斡旋を見送ったところで他からの依頼もあるから全く困らない、という状況らしい。
だから、俺からの申し出は、ジョージ氏にとっても渡りに船だ、という説明だった。
下手に村側の事情で粘られたり交渉が拗れると厄介なので、大助かりだ、と宣ったのだった。
ただし。信用第一の商売だと豪語し、信義に厚く誠実さには拘る、とジョージ氏は主張。
次の町までジョージ氏が俺たちに同行し、俺の説明に嘘偽りがなく俺が不埒な考えなど持っていないかどうか見極める、とまで言い放ったのだった。
そんな訳で。俺とジョージ氏との間では、クーリングオフ的な条件付き契約を締結して暫定で合意がなされた状態、という位置付けになっていた。
ちなみに。
村人たちは、ジョージ氏が村の少女三人を奉公先の店へ連れて行くものだと認識している。
何故なら、ジョージ氏が村長に彼女たちの給与前借り名目での金銭を立て替えて支払っている場に何人かの村人が立ち会っていたから、だ。
ただし。
シャロンちゃんは、村人向けにはジョージ氏が奉公先を斡旋したことになっているが、村長さん一家にのみ俺が報酬の代わりに助手として連れて行くと伝え了承を得ている。
ジェイコブさんは、シャロンちゃんの分の金額のみ俺がジョージ氏に予め渡している、と認識していた。
実際には。
俺がジョージ氏に手数料を支払ってこの村には条件を満たす子供が居なかった事にして貰い、ジョージ氏から村には俺が渡した当初支払い予定金額を素知らぬ顔で渡して貰った。
つまり。村の女の子たち三人は、俺が雇用し支度金として給料を前渡ししたことになっている。
というか...正確には、プランタジネット王国はローズベリー伯爵領にある辺境の開拓村が入植予定者として承認し支度金として数年分の給与を前貸した、という体裁を整えていた。
うん。念のため、実際の責任者である俺が作成して署名した書類も準備したので、不正や偽造などではない。
疑り深い自称ジョージ氏と、それを伝え聞いたシャロンちゃんには、穴が開くほどマジマジと、それこそ裏表を何度もひっくり返し太陽光に透かしてまで見分された訳だが、全く問題はない。
用紙は正真正銘の正式なローズベリー伯爵家で使っている物だし、署名も当然ながら俺自身のものなので本物だ。
ただ、まあ。残念ながら、何故そのような物を俺が持っているのか、俺がどのような手段でそれを入手したのか、といった疑問は残ってしまう。
そう。より一層、俺が、得体の知れない人物になってしまった感はある。
けど、まあ、何とか、執拗な追及をノラリクラリと嘘は吐かないよう隠し事もバレないよう言を左右にして曖昧に誤魔化し続け、俺の実績をタテに冒険者としての職業上の秘密だと繰り返し真面目な顔で説明し、白を切って逃げきった。
だから。たぶん、大丈夫。
ちなみに。
職業柄から危険察知能力が磨かれているジョージ氏は深入りを避けながらも野生の勘で、頭脳明晰ながら俺と敵対する気のないシャロンちゃんは胡乱な顔をしながらも客観的な事実に基づき、真偽の程を判断して問題なしとの結論を出した、ようだった。
と、まあ。
以上のような経緯もあり、現状に至っている。
そう。
左に進むと、ベッドフォード公国の首都であるランカスターの街へと続くこの国の主要街道を、俺たちは、迷うことなく、左へと進む。
こうして。俺と少女三人の旅が、始まったのだった。
ただし。当面の間はもう一人、喰えないおっさんも一緒の旅となるのだが...。




