48.([前]編-48)
主要街道からは外れた少し辺鄙な場所にある少し寂れた農村の、主要な農地のど真ん中を流れる少し流れが急な河川。
俺は、鳥の囀りも賑やかな朝の早い時間帯に一人、自身で昨日にこっそり補強し整備した見た目は素朴な土手に座って、そんな川の流れをホケっと眺めていた。
未だに思い返すと頭に血が上りそうになる悲しいが不快な話を、冷静に受け止め消化した上で、前向きでかつ現実的な対処策を考えるために。
そう。
淡々と話すシャロンちゃんから聞いた話は、衝撃的だった。
思わず修復した農地ごとこの村を吹き飛ばしてしまおうかと考えたくらい、俺には受け入れられない話だった。
当事者であり犠牲者として選出された少女三人の中の一人であるシャロンちゃんは、終始冷静で落ち着いた様子ではあったが、納得できる話ではない。
最終決定を下したジェイコブさんも、承認し決定事項とした村長さんも、決して納得できていないことはその様子を見れば分かる。
これまでの経緯であるとか、この村が置かれた状況であるとか、客観的に判断した場合に導き出される犠牲が少なく費用対効果の高い方法であるとか、そういう理屈も全く分からない訳ではない。
けど、やはり。俺には、女の子を犠牲にするという思想が、受け入れられなかった。
シャロンちゃんの説明は、こうだ。
今のこの村には、農地が完全に復旧しても、これから耕作する農作物が収穫できるようになるまで耐え切れるだけの余力が全くない。敢えて誰かを犠牲にして生き延びるか、結果的に誰かが犠牲になるのを傍観するか、その二択しかないのだと。
農地の復旧に目途が立つ前から既に、斡旋業者へは依頼を出しており、業者とも概要は合意済みで、担当者が明日にも到着する予定となっている。何の斡旋業者かというと...子供を奉公に出すという名目で親が借金をし返済は子供本人がする形態での雇用先の紹介、実質的な子供の売り渡し。
つまり。子供をかたに臨時収入を得てその収入を分け合い作物が育つまで何とか食い繋ぐ、というのが村の総意、決断だという話だった。
しかも。その犠牲者となるのは、立場の弱い、年端もいかない幼い三人の女の子。二人は今回の災害が原因で親を失い孤児となった女の子であり、もう一人はシャロンちゃん。
ただし。シャロンちゃんは、自ら志願した、という。
この村には、もう売り払う物はなく、これ以上の借金も担保とする物がなく引き受け手がいない。
人を減らすしか解決策はないのだが村での働き手を失うと村の未来が消えてなくなるし、出稼ぎに出るにしても労働力としての価値がないと受け入れ先もなく、更にはここ暫くは単純な労働力に対する需要が少なく報酬も減りがちだ。
結果的に、非力で労働力としては価値が低いが奉公先によっては高い給与が得られてより多くの対価が支払われる成人前の女の子、が候補となる。
そして。その中でも、より弱い立場の者がそのターゲットとなってしまう。
だから。シャロンちゃんは、自ら志願したのだ、と言う。
論理的な理由は理解した。が、そうであれば、犠牲者も客観的な判断基準で選ぶべきだ、と。
自分は村長の孫という立場にあり頭脳面で村に貢献してきたつもりではあるが、代替は利くし、病弱なため将来に渡って労働力としては期待できない上に、年齢的にも妥当であり、候補の筆頭になるのだから、と。
村を救うため、経済効率的に最も適した者が、村を出て行き生活の場を他所に移す。
成る程、合理的な判断だ。
村を出て行く者が借金を背負うという理不尽はあるものの、村への恩返しであり村に残る者にも困窮が当面は続くという困難もあるので、一見すると一方的な不公平は無いように見えなくもない。
が、しかし。建前ではなく、実質的な部分で見ると、その様相は一変する。
何故なら、犠牲者となる少女たちの引受先となるのが、娼館や色街の売春宿などになるからだ。
勿論。建前上は、住み込みの下働きとしての奉公となっている。
確認したところ、この国でも、人身売買は犯罪であり、公には認められていない行為だそうだ。
だから。建前上は、あくまでも下働きとしての奉公であり、職種の転換を強制される事はない筈だが、現実はそこまで優しくない。優しい筈がない、のだ。
そんな事を、つらつらと考えながら、遣る瀬無い思いを持て余している、と...。
いつの間にか。俺のすぐ横に、シャロンちゃんが立っていた。
吹っ切れたようなスッキリとした表情になったシャロンちゃんが、川の土手に座る。
「アル様。心配してくれて、ありがとうござます」
「...」
「でも、大丈夫です。私は、都会にでて、私の限界を試してみたいのです」
「そう、か」
「はい。この村に居ても、これ以上は学ぶ機会など殆どありません」
「ああ」
「でも。それなりに大変でしょうが、街にでれば、例えば学校に行くチャンスもあると思うんです」
「そうだね」
「まあ、可能性は微々たるものだ、と分かっていますよ」
「...」
「私の売りは、この頭脳、ですから。これからも、その方向で頑張ろうと思うのです」
「...そうか。分かったよ」
で、あれば。俺に、何が手伝えるか、よくよく考えてみよう。
そう、だ。周囲にバレなければ、多少の依怙贔屓は問題ない、よな。
うん。シャロンちゃんとそのお友達、俺とも浅からぬご縁がある女の子三人への、ちょっとしたお節介。
この国、というよりはこの世界の将来を担う、貴重な人材である未来ある少女たちの為に、折角持っている俺の能力と資産と地位を使わずして他に何に使う!という奴だ。
よしっ。という事で、俺の腹は決まった。
あとは、具体的な手段と段取りと手順。と、交渉相手、だよな。
俺は、気分も新たにし、シャロンちゃんたち三人の少女が借金を背負わずこの村から別の場所へと遅滞なく生活の場を移す方法に関する検討に、なけなしの頭脳を極限まで駆使して取り組み始めるのだった。
* * * * *
シャロンちゃんたちが住む農村から、主要街道へと向かって歩くこと約二十分。
周囲の山々が心持ち迫って来て少し窮屈な感もある農地の中を通る、農道のように狭くささやかな街道の、その道すがらにポツリとある、旅の途中で休憩する為に設けられたかのような空間。
一本の樹の他には何もない、ちょっとした広場にも見える、空き地。
俺は、そんな場所で、その一本だけ立っている大木というには少し頼りない感じの樹の幹に凭れ、斡旋業者に派遣されて来るという担当者さんが、通り掛かるのを待っていた。
シャロンちゃんから聞いた話だと、今日、昼前には、問題の担当者が村に来る、という事だったのだ。
主要街道からこの村に来るには、この道しかなく、この道はこの村が終着点となっているし、例え無理矢理に道を外れて農地の中など歩いて来たとしても見晴らしの良いこの空き地から周囲を見ていれば分かる筈なので、まだ、村には着いていない。たぶん。
俺は、少し強張り気味の顔面筋を解しながら、この後の交渉で使えそうな手札とその活用法を考えつつ、主要街道の方からこの道を来る人がいないかと眺める。
ん?
あれ、かなぁ。
村へと続く寂しい街道を一人、まだまだ距離があるため細かい所まではよく見えないが、こちらへと向かって歩いて来る成人男性っぽい人影が、見えた。




