([後]編-47)
厳しい自然の洗礼が人災で加速拡大された結果として波状的に発生した自然災害により疲弊し困窮も極まり追い込まれていた農村の人たちが、どのような結論を出したのか。
俺は、ジェイコブさんとシャロンちゃんの様子から、一抹の不安を感じていた。
だから、一番センシティブな問題へと切り込む前に、無難な話題の方から先に片付けておく事にする。
「山林の伐採に関する規制は、受け入れらえましたか?」
「はい。不満を漏らす者もいましたが、懇切丁寧にその理由を説明し納得して貰い、全員一致で合意しました」
「そうですか」
「ただ、村人たちも、まだまだ半信半疑なところがありまして...」
「まあ、仕方ないでしょうね。誰もまだ、復旧した農地を目にしていませんからね」
「申し訳ありません」
「それは、構わないんですよ。明日、その目で見れば、分かることですから」
「ありがとうございます」
「明日は、必ず、今回のような幸運は二度とない、と念押しをお願いしますね」
「はい」
「山で樹木を伐採する際は、間引き程度に抑えて斜面に禿山が出来ないように、キチンと監視して下さい」
「承知致しました」
ジェイコブさんは、更に神妙な少し強張った顔となる。
シャロンちゃんは、少し前から軽く俯いていて、俺からは表情が見えない。
俺は、ジェイコブさんに軽く頷いて見せ、話の続きを促す。
「今回の復旧作業に関しての、村人の口裏合わせの方は、問題なさそうですか?」
「はい。問題ありません」
「そうですか」
「はい。アル殿にご迷惑が掛かる点を説明し、ご本人から提示された条件であることも伝え、聞かれた場合の返答内容も徹底しました」
「ありがとうござます」
「いえ、滅相もございません」
「まあ、あまり強硬に取り締まると、余計に目立って不自然になりますから、程々で構いませんよ」
「はい」
「いざとなれば、俺にも手段が無い訳ではない、ので」
「...」
ジェイコブさんの額に、一筋の汗が流れる。
ははははは。少し、脅かし過ぎたかな。
俺が使えるとは一言も言っていないが、記憶を消す魔法がある、とは教えたし。
まあ、そもそも。これだけな大規模な土木工事を一人でできる時点で俺は、ある意味で怖ろしい人物、ではあるのだ。悲しいことに。
さて。
これで、前振りは十分、かな。
では。本題の方に、入りますか。
俺は、こっそりと腹に力を入れて、慎重に探りを入れる。
「あとは...今後のこと、かな?」
「左様ですね...」
「そう言えば、詳しくはお聞きしていませんでしたね」
「はい」
「今、お聞きしても宜しいですか?」
「...」
「勿論。明日、復旧した農地や用水路を確認してからでも、構いませんよ」
「...」
「まあ。本来は、部外者である俺が口出すことではない、のでしょうから」
「...」
「明日にされますか?」
ジェイコブさんの表情が、硬い。
そう。本来であれば、村人ではない部外者が、口出しをするような事ではない、から。
ジェイコブさんも、俺が今回の件を引き受ける際のその条件の一つとしなければ、決して村人以外には口外しない事項であろう。と、俺も良く分かってはいる。
けど。俺は、シャロンちゃんの態度とジェイコブさん達の様子から、物凄く嫌な予感がして、無理矢理にでも割り込むと決めたのだ。
だから。面の皮を厚くして、何と言われようとも、追及の手は緩めない。
これを見逃すと後で絶対に悔やむことになる、と俺の勘が明確に告げているから。
とは言え。
物事には考慮すべき加減というものがある、というのもまた事実なので、今日はここまで、とするかな。
俺が、そんな事を考えながら、ジェイコブさんの反応を見ていると。
「私から、ご説明します」
「シャロン...」
「伯父さまも、その方が良いでしょ?」
「いや...」
「アル様。私から、ご説明します」
シャロンちゃんが、毅然とした態度で、真っ直ぐに俺の瞳を見て言い切った。
一方のジェイコブさんと村長さん夫妻は、項垂れている。
そんな様子からは、この家族の、役割分担というか立ち位置が、改めてハッキリと見えてくる。
村長さん夫妻は、実質的には既に引退していて、対外的な看板みたいな立ち位置にいるのだろう。
ジェイコブさんが、村長としての実働的な対応をほぼ担っているようだ。
そして。
シャロンちゃんは、後方支援的な実務の担い手であり、たぶん、実質的には司令塔的な役割りを果たしているのだろうと思う。
俺との交渉や対話でも、ここぞという時に前面へ出て来るのは、シャロンちゃんだった。
ただし。でしゃばり過ぎないよう、ジェイコブんさんを立てるように、考慮がされている。
だから。
シャロンちゃんが、楽しそうに張り切って頑張っているだけであれば、敢えて関与する気は無かったのだ。
けど。そもそもが、十三歳の幼い女の子に、明らかに病弱そうで決して良好とは思えない健康状態にあるのが明白な華奢で可愛らしい少女に、友達と遊ばせることなく大人顔負けなレベルで過重労働をさせている、といった状況が気にくわなかった訳なので...。
「分かった、シャロンちゃん。説明してくれるかな?」
「はい」
俺は、静かな決意を湛えた瞳でニッコリと微笑むシャロンちゃんから、災害復旧だけでは解決できなかったであろうこの村の抱える問題について、説明を受けることにしたのだった。




