47.([前]編-47)
プランタジネット王国のお隣、連合公国を構成する国の一つであるベッドフォード公国に、同じ連合公国の構成国であるラトランド公国から通じる主要街道の一つ。
その主要街道を、ラトランド公国との国境からベッドフォード公国へと進むと、約一日の距離にある宿場町。
その宿場町から、更に農道と見間違うような主要街道から枝分かれした街道を数時間ほど歩いた場所にある、少し寂れた農村。
俺は、そんな長閑ではあるがノンビリと過ごす余裕など欠片もない危機的な状況に追い込まれていた農村で、一仕事を終えたところだった。
「お帰りなさい、アル様」
「ああ」
「お疲れさまでした」
「うん。まあ、流石に、疲れたかな」
「あのぉ...首尾の方は、どうでしたか?」
「ははははは」
「あっ。お疲れのところを急かせてしまって、ごめんなさい」
「いいや、良いよ。当然、気になるだろうからね」
「はい...」
すっかりお馴染みとなった、理知的な全てを見通すように澄んだ瞳をした痩せて体の線が細い美幼女が、俺の方を不安げに窺う。
まあ、それも致し方ない事だ、とは思う。
いくら自ら考え言い出した事とはいえ、約束通りに村長宅へ篭ったまま全く外も視ずに一日を過ごしていたのであれば、不安にもなるだろう。
外では巨大な物体が何度も上空を舞っているような物音や気配がし、遠くで轟音や爆音が鳴り響いていたりしていたのだから...。
「明日の朝にでも、ジェイコブさんと一緒に確認して回ることになるけど、復旧作業は問題なく終わったよ」
「...そうですか。良かったです」
「まあ、流石に、農作物はこれから植えて育てることになるけど、収穫は期待して貰っても良いと思うよ」
「そうなんですか?」
「ああ。復旧作業を行った農地の土壌は、周囲の農地より質の良い物になった筈だからね」
「...凄い、ですね」
「まあ、手間自体はそれほど変わらないので、ちょっとしたサービス、かな」
「ありがとうございます!」
「用水路の方も、底に軽く積もっていた分も含めて全ての土砂を除去し、側壁の補強もしておいたので、当面は問題が発生する事はないと思うよ」
「本当に、ありがとうございます」
「どう致しまして」
心底ホッとした表情になり、肩の力が抜けたシャロンちゃん。
その横で静かに俺たちの話を聞いていたジェイコブさんと村長さん夫妻も、安堵の表情だった。
そんな村長さん一家を、微笑ましく思いながら眺めつつも、俺は、表情を少し引き締める。
「ところで、ジェイコブさん。村人たちの様子は、如何でしたか?」
「会議の参加者については、休憩中も含めて、私と父とで行動を制限して全員を我が家の建物内に止めおきました」
「そうですか。特に反発する方は、居なかったのですか?」
「はい」
「それは良かった」
「小さな子供や体調を崩している者は、一つの部屋に集めて、母が世話をしながらキチンと監督しておりました」
「成る程。では、約束通りに、俺が作業している様子を覗き見したものは一人もいない、という事で大丈夫ですね?」
「はい」
「シャロンちゃんも、特に気になる事はなかったかな?」
「はい...」
「ん?」
「村人たちの行動には、特に問題はありません」
「けど?」
「いえ。私も含めて、我が家の外で何が行われていたのか、誰も見ていませんが...」
「ははははは。まあ、敢えて、音や気配は消さなかったので、余計に気になった、かな?」
「はい...正直に言うと、物凄く気になりました」
「けど、約束は守って、家の外には出なかった、と?」
「はい。それは、大丈夫です」
「そう。それならば、良かった」
「...」
「まあ、あれは、大部分が単なるコケ脅しで、効果音みたいなものだけどね」
「ええっ?」
「うん。シャロンちゃんには、機会があれば、多少の種明かしはしてあげるよ」
「...」
恨めしそうな表情のシャロンちゃんを笑って眺めながら、俺は、取り敢えず胸を撫で下ろす。
念には念を入れ、俺の方でもある程度は違反者がいないか警戒して確認はしていたのだが、あまり余裕もなかったので一抹の不安があったのだ。
本当に、大丈夫だったようだ。良かった、よかった。
流石に、いくら俺の魔力が膨大だとはいえ今回の作業量は半端なかったため、段取り良く進めないと厳しかった。ので、昨日の午後から夜中にかけてその検討と下見と事前準備に奔走し、何とかギリギリ間に合わせたような状況だったのだ。
保険的な役割として少しばかり当てにしていたダリウス氏も、思ったより頻繁に俺の近辺を彷徨いていたようで、直ぐに捕まえられたのも幸運だった。
村人たちにはジェイコブさんが昨日の内に根回しを済ませ、今日は、朝食の後は速やかに村人全員が村長宅に集まり全村民集会を開催。と同時に、全員が村長宅から日没まで一歩も出ずに窓等から外部を極力見ないという誓約も、無事に得ていた。
そうやって苦労して隠蔽と扮装と誤魔化しの準備万端で臨み、俺は、今日一日かけて無事に、突貫作業で力業の魔法による大規模かつ大量の土木作業を成し遂げたのだった。
ちなみに。ダリウス氏には、光学迷彩のみ有効なままの視覚的には全く見えない状態で、威圧感は全開にして巨大な体躯による物理的な影響はセーブせず、村の上を低空飛行したり広い空き地に遠慮なく着地して地響きたてたりと、面白おかしくお楽しみ一杯で朝から晩まで存分に暴れてもらった。
ほど良いストレス発散に、なったようだ。
日暮れ前に、スッキリした表情(?)で満足そうに機嫌良く、何処ぞへと飛び去って行った。
という事で。まずは、目出度しめでたし、と。
「ところで。村人での話し合いは、どうなったかな?」
「滞りなく、終わりました」
議事進行を担当したジェイコブさんが、姿勢を正し生真面目な表情で、俺の問いに答える。
シャロンちゃんは、どこか諦観が混じる悟りきったようなあの澄んだ瞳で、俺を唯々黙って見返していた。




